EP 7
Love & Money! ~水底のオーロラ~
「……出番だぞ、リーザ」
帝都マルシアの地下深く。
エルフの天才魔術師リーシャが隆起させた『特設ステージ(コロシアム)』の中央に、エンジ色の芋ジャージを着た少女――リーザが立った。
彼女の四方には、四肢を強力なワイヤーと鎖で縫い付けられ、呪いの首輪に苦しむ巨大な深海獣『マッド・クラーケン』がそびえ立っている。
「優太プロデューサー。……完璧なステージ、ありがとうですの」
リーザが両手でマイクを握りしめる。
ステージ袖の特設PAブースでは、優太が音響ミキサーのツマミに指を這わせていた。
「リーザの歌声の波長と、クラーケンの脳に食い込んでいる『呪いの魔具』の固有振動数を同期させる。……治癒周波数、432Hzに設定。エフェクト、最大」
カチッ。
優太がメインフェーダーを押し上げた瞬間。
ズゥゥゥゥン……ッ!!
地球の最新鋭スタジアムスピーカーから、腹の底を震わせるような重低音と、細胞を修復するような心地よい高周波が混ざり合った、未体験の『音』が地下水路に響き渡った。
『ギョ……!?』
苦痛に暴れようとしていたクラーケンが、その未知の音波に驚き、動きをピタリと止める。
「いくわよ、帝都の地下! 私の歌で、お前らの全部を奪ってやるんですの!」
リーザがマイクを天に掲げた。
伴奏はない。だが、優太が作り出した治癒のベース音が、完璧なリズムトラックとなって彼女の歌声を先導する。
『――愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ!』
透き通るような、それでいて圧倒的な魔力を帯びたリーザの歌い出し。
それに呼応するように、優太のインカムから仲間たちの声が飛んだ。
「(Fu Fu!)」
「(Yeah!!)」
なんと、最前線でクラーケンを警戒しているイグニス、マンミア、キャルル、そしてPAブースの優太までもが、真面目な顔で『コール&レスポンス』を入れたのだ。
「ガハハハ! こういうのはノリが大事だって、さっき公園で教わったからな!」
イグニスが斧を肩に担ぎながら笑う。
『――マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ!』
リーザの歌が加速する。
ただのポップスではない。海を統べる王族としての『水属性の魔力』が、マイクとスピーカーを通して何万倍にも増幅され、空間全体に波及していく。
『――のんびりな私は、1LDKに置いて行くわ!(バイバイ!)』
『――扉を開ければ、私が主人公!(オ・レ・の! アイドルー!)』
マンミアが顔を真っ赤にしながら「オ、オ・レ・の!」と叫んで合いの手を入れる中、地下水路に『あり得ない現象』が起こり始めた。
「……信じられないわ。空間の魔力概念が、完全に書き換えられている……!」
リーシャが魔導書を落としそうになりながら、頭上を見上げた。
『――今日も私の為に世界が動く!(まわって! まわって!)』
リーザの歌声と、優太の治癒周波数が完全に共鳴した瞬間。
地下水路を流れていたヘドロ混じりの汚水が、ブクブクと泡立ち、一瞬にしてクリスタルのような『透明な清流』へと浄化された。
それだけではない。
浄化された水が、重力を失ったかのように無数の『光の泡』となって、フワフワと空中に舞い上がり始めたのだ。
「すげぇ……」
優太はミキサーから手を離さないまま、その光景に息を呑んだ。
リーシャの魔法による淡い照明が、空中に舞う無数の水球に乱反射する。
暗く、臭く、冷たかったはずの帝都の地下水路が。
今、まるで深海の底から見上げる『水底のオーロラ』のような、息を呑むほど美しく幻想的な空間へと変貌を遂げていた。
これこそが、アナステシア世界が秘める魔力の神秘。
そして、リーザという強欲な人魚姫が展開する、絶対領域――『Love & Money』の真の姿だった。
『――愛も富も一つの物!(どっちもちょーだい!)』
『――ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪(Want You! Want You!)』
「クーちゃん! 届いてますの!? あなたの痛みは、私が全部強奪してやりますわ!」
リーザが歌いながら、拘束されているクラーケンへとウインクを放つ。
光の泡がクラーケンの巨体を優しく包み込み、優太の治癒周波数が、脳に食い込んでいる黒鋼の首輪にビリビリと干渉し始めた。
ピキッ……!
呪いの魔具に、小さな亀裂が入る。
『ギ、ギギギギギギギギ……ッ!!』
だが、魔具に込められた闇ギルドの呪いは、そう簡単には屈しなかった。
破壊されまいと自己防衛システムが起動し、首輪からドス黒い雷が放たれ、クラーケンの脳を強烈に刺激したのだ。
『ギョォォォォォォォォォォッ!!!』
激痛に発狂したクラーケンが、ワイヤーで縫い付けられた状態のまま、その巨大な口をガバッと開いた。
口腔の奥で、全てを溶かす『超高圧の猛毒水流』が圧縮され、ステージで歌うリーザめがけて放たれようとする。
「危ないッ、リーザ!」
マンミアが叫ぶが、リーザは歌うのをやめない。一歩も引かず、マイクを握りしめたままだ。
彼女は知っている。自分が歌い続ける限り、彼らが必ず守ってくれると。
「……アイドルのステージに、泥を吐きかけるんじゃねぇよ」
シュバァァァァッ!!
誰よりも早く動いたのは、PAブースから飛び出した優太だった。
彼は右手に薙刀を構え、猛毒の水流がリーザに届く直前の空間に滑り込む。
「『無双薙刀流・水月』!」
優太は薙刀の刃を水流の正面に当て、一切の力みなく、コマのように自らの体を回転させた。
システマの脱力と、八極拳の化勁を応用した防御技。
放たれた超高圧の猛毒水流は、優太の薙刀の軌道に沿ってクルリと方向を変えられ、そのまま真上の岩盤へと綺麗に受け流された。
ジュバババババッ!!
天井の岩が猛毒でドロドロに溶け落ちるが、ステージ上のリーザには一滴の飛沫もかかっていない。
「お前ら! リーザの歌が止まるまで、俺たちがアイツの攻撃を全部捌くぞ! 俺たちはこのステージの『バックダンサー』だ!!」
優太の粋な号令に、仲間たちの闘気が爆発的に跳ね上がった。
「ガハハハハ! 最高だぜプロデューサー! 踊りなら任せとけ!」
天井から降り注ぐ溶けた岩石の雨を、イグニスが極小の爆炎で一つ残らず空中で塵に帰す。
「優太くんのステージは、私が守りますぅぅ!」
拘束を強引に引きちぎろうとするクラーケンの触手の関節を、キャルルが銀色のトンファーで優しく、かつ的確に叩いて「脱臼(無力化)」させていく。
「一切のノイズ(物理攻撃)は通さないわ! 『絶対防壁』!」
リーシャがステージの周囲に透明な魔力障壁を展開し、マンミアがメビウスの鎖をさらに強く引き絞ってクラーケンの巨体を固定する。
魔獣を『倒す』ための戦闘ではない。
魔獣を『救う』ために、歌い終わるまでの時間を稼ぐ、美しくも苛烈な防衛舞踊。
『――世界中が私の為に愛を叫ぶ!(まわって! まわって!)』
『――全部抱きしめるわ!(最強!)』
リーザの歌が、いよいよクライマックス(大サビ)へと突入する。
水底のオーロラが極彩色に輝きを増し、地下空間の魔力濃度が限界突破を引き起こした。
『――愛も富も同じ輝き!(どっちも本物ー!)』
「いくぞ! リーザの声に、周波数のピークを合わせる!!」
優太が再びPAブースに戻り、ミキサーのメインフェーダーを一番上まで一気に押し上げた。
『――貴方の全てを背負って、生きていけるぅぅぅッ!!』
リーザの、魂を削るような超高音のロングトーン。
それに優太の医療用周波数が完全に合致し、目に見えない『音の刃』となって、クラーケンの脳に食い込む呪いの首輪へと一点集中で殺到した。
ピキッ……、ピキピキピキィィィィンッ!!!
首輪の黒鋼に無数の亀裂が走り、内包されていた闇の呪術が、光の泡の浄化作用に耐えきれず悲鳴を上げる。
「今だリーザ! ぶっ壊せぇぇぇっ!!」
優太が叫ぶ。
「これで最後ですの! クーちゃん、お家に帰りますわよ!! ――Love & Moneyッ!!」
次話。
強欲なる人魚姫の歌と、ハイブリッド・メディックの治療が交差する時。
呪いの鎖から解き放たれる魔獣の涙と、最高にカオスな宴会の幕開けを見逃すな!
読んでいただきありがとうございます。
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