EP 6
ハイブリッド・メディックの包囲陣と、地下水路の特設ステージ
「さぁ、オペ(ライブ)の始まりだ。帝都の地下を、俺たちで最高に沸かせてやるぞ!」
優太の裂帛の号令と共に、広場に出現した巨大な漆黒のPAスピーカー群と音響ミキサー。
それらを一瞥した直後、マルストア領最強チームは、長年の戦友のように完璧な阿吽の呼吸で動き出した。
『ギャハハハ! 何を出すかと思えば、ただの箱じゃねぇか! やれ、クラーケン! 奴らをミンチにしてしまえ!』
屋上から悪徳商人ゲルツが喚き散らし、狂暴化した深海獣マッド・クラーケンが、公園の広場めがけて数本の極太の触手を鞭のように振り下ろしてくる。
直撃すれば、地面ごと人間が粉砕される圧倒的な質量兵器。
だが、その触手がテント村に届くことはなかった。
「うるせぇぞ、三流悪党! 俺様の前にデカい顔してんじゃねぇ!」
竜人族のイグニスが、両手斧を構えて正面から跳躍した。
彼が斧に纏わせたのは、対象を焼き尽くす「爆炎」ではない。極限まで圧縮した熱エネルギーを一気に解放することで生み出す、純粋な「衝撃波」だ。
ドゴォォォォォンッ!!
斧と触手が激突した瞬間、炎を伴わない強烈な爆風が巻き起こり、数十トンはあるクラーケンの巨大な触手が、上空へと弾き返された。
「今です! 『メビウス・スネア』ッ!」
触手が浮き上がった一瞬の隙を突き、マンミアが進み出る。
彼女の右腕から放たれた分銅付き鎖『メビウス』が、弾かれた数本の触手を蛇のようにグルグルと巻き込み、強固に拘束した。
「ぬぅぅぅぅんッ!!」
ケンタウロス族の圧倒的な馬力(約100馬力相当)と、大地に深く突き立てた蹄のグリップ力。マンミアは全身の筋肉を軋ませながら、なんと体長二十メートルを超えるクラーケンの巨体を、力任せに前方へと引き倒したのだ。
『ギョ、ギョガァァァァァッ!?』
「イグニス殿! 押し込みます!」
「おう! 地下水路に帰りやがれ、タコ野郎!」
姿勢を崩したクラーケンの頭上から、イグニスが斧の腹で強烈な叩きつけ(スマッシュ)を放つ。
マンミアの牽引とイグニスの打撃の相乗効果により、巨大魔獣は為す術もなく、元いたマンホールの巨大な縦穴へとズズズズズッと滑り落ちていった。
「……信じられん。あの巨大な深海獣を、一切傷つけずに力でねじ伏せただと……!?」
屋上のゲルツが、目玉が飛び出そうなほど驚愕して後ずさる。
「リーシャ! マンホールを塞ぐんじゃないぞ! 穴を広げて、俺たちも地下へ降りる!」
「了解よ、優太! ついでに、上にいる五月蝿いネズミの口も塞いでおくわ!」
リーシャが魔導書を掲げると、ゲルツたちのいる屋上の足元が突如として泥沼に変わり、彼らの下半身をガッチリと拘束した。
同時に、クラーケンが落ちていったマンホールの周囲の地面が、リーシャの土魔法によってすり鉢状に大きく広げられ、地下水路へと続く巨大な階段状の空間が形成される。
「よし! キャルルはリーザと機材を抱えてついてこい! オペ室(地下水路)に突入するぞ!」
優太は『地球ショッピング』で追加召喚した「超強力工業用ワイヤー」の束と、「特殊閃光音響手榴弾」をいくつかリュックに詰め込むと、躊躇なく地下の暗闇へと飛び降りた。
***
帝都の地下水路。
そこは、帝都全域の生活排水と地下水が集まる、川のように広大な暗渠だった。
冷たい水が膝丈まで流れるその場所で、クラーケンは再び体勢を立て直し、怒り狂って八本の触手を振り回していた。
『ギョォォォォォォォッ!!』
狭い地下空間で暴れる巨大魔獣。まともにやり合えば、落盤を引き起こして全員が生き埋めになる。
「優太、このままでは足場が悪すぎるわ! どうするの!?」
背後から降りてきたリーシャが叫ぶ。
「ただの足場じゃない! この空間全体を、リーザの歌が最も響き渡る『特設ステージ(コロシアム)』に作り変えろ! 壁をパラボラ(放物面)状にして、音波が中央に収束するように設計するんだ!」
優太の無茶苦茶な要求。
だが、エルフの天才魔術師である彼女の唇には、極めて楽しげな笑みが浮かんでいた。
「……音響共鳴を利用した、呪術の破壊ね。ええ、極めて論理的よ。私の設計に狂いはないわ!」
リーシャが杖を水面に突き立てる。
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
地下水路の地形が、まるで粘土細工のように滑らかに変形し始めた。
流れていた水が左右の溝へと誘導され、中央に巨大な円形の『お立ち台』が隆起する。さらに、周囲の岩壁がドーム球場のような滑らかな曲面を描き、音が一切逃げない完璧な音響空間が、ほんの数十秒で完成したのだ。
「ステージの準備はできたわ! でも、あのタコが暴れている状態じゃ、機材のセッティングなんて不可能よ!」
「ああ、だから今から……患者に『全身麻酔』と『拘束具』を施す!」
優太はリュックから二つの手榴弾を取り出し、ピンを抜いた。
「イグニス! 水路の水を一気に沸騰させろ! 目隠し(スモーク)を作る!」
「任せとけ! 『イグニス・フレア』ッ!」
イグニスが水面に向けて炎を放つと、大量の地下水が一瞬にして蒸発し、視界を奪うほどの濃密な白煙(水蒸気)が地下空間に充満した。
『ギョ……!?』
視界を奪われ、クラーケンが戸惑ったように動きを止める。
その瞬間。
「目と耳を塞げ!」
優太の合図と共に、白煙の中へ放り込まれた手榴弾が、クラーケンの至近距離で炸裂した。
カッ……!!!
ピィィィィィィンッ!!!
数百万カンデラの強烈な閃光と、170デシベルを超える轟音が、地下ドーム内で反響して何倍にも増幅される。
網膜を焼くような光と、三半規管を破壊する爆音のショックにより、狂暴化していたクラーケンの巨体が「ビクゥッ!」と硬直した。
「今だ! マンミア!」
「承知ッ!!」
白煙を切り裂き、マンミアが弾丸のように飛び出した。
彼女の両手には、自身の鎖『メビウス』に加えて、優太が召喚した『超強力工業用ワイヤー』が何重にも巻き付けられている。
「ハァァァァァァッ!!」
マンミアは硬直しているクラーケンの周囲を、ケンタウロスの機動力を限界まで引き出して、音速に近い速度で旋回し始めた。
八本の触手の根本にワイヤーを絡め、壁面に隆起させた岩の杭に次々と結びつけていく。
魔獣の巨躯を力でねじ伏せるのではない。
地球の強靭な工業素材と、異世界の騎士の卓越した捕縛術を融合させた、絶対に解けない『拘束陣』。
『ギョガァッ!?』
数秒後、視力と聴力を取り戻したクラーケンが再び暴れようとするが、すでに遅かった。
八本の触手はドームの壁面に放射状にピンと張り詰められ、巨大な肉体は中央の空間に「大の字」の状態で完全に縫い付けられていた。
「オペの準備(拘束)、完了だ」
優太は白煙が晴れていく中、中央のお立ち台へと歩み寄った。
キャルルが運んできた巨大なPAスピーカーを四方に配置し、音響ミキサーのケーブルをテキパキと繋いでいく。
防衛医科大で学んだ命を救うための冷静さと、現代日本のエンタメ技術、そして仲間たちの異次元の武力が、見事なまでに噛み合った芸術的な包囲網。
魔族が放った最悪の兵器は、一滴の血も流させることなく、完全な『まな板の上のタコ』と化していた。
「よし。電源よし、出力よし……マイクのテスト、完了だ」
優太はミキサーのツマミを細かく調整し、『治癒周波数』のベースとなる音波の設定を終えると、一本のマイクを手に取った。
そして、ステージの下で震える手を固く握りしめていた、エンジ色の芋ジャージの少女――リーザへと振り返る。
彼女の瞳には、壁に縫い付けられ、呪いの首輪の痛みに苦しむ同胞の姿が映っていた。
「……出番だぞ、リーザ」
優太は、リーザに向かってマイクを差し出した。
「お前が同胞を想う『愛』に、俺が医療の『周波数』を乗せてやる。この最強の音響設備と、エルフが作った最高のドームで……お前の歌を、あの呪いの首輪に直接叩き込め」
リーザはコクリと頷き、ステージへの階段を一段ずつ上った。
芋ジャージの裾が揺れる。健康サンダルが床を鳴らす。
だが、マイクを受け取り、ステージの中央に立った彼女の放つオーラは、先ほどまでのスラムの少女のものではなかった。
深海を統べる王族の威厳。
そして、人々の心を強欲に奪い尽くす、絶対無敵のアイドルの輝きが、そこに顕現していた。
「優太プロデューサー。……完璧なステージ、ありがとうですの」
リーザがマイクを両手で包み込み、深く息を吸い込む。
帝都の地下水路に、奇跡のライブの幕が上がろうとしていた。
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