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『地球ショッピング』で異世界を快適に!~医学生、善行ポイントで現代物資を取り寄せ、兎の村を最強要塞に変える~  作者: 月神世一


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EP 4

医者の手と、アイドルの声

「……ゲホッ、ゴホォッ!! ヒューッ、ヒューッ……!」

帝都外れの公園広場。

悪徳商会を撃退した歓声が冷めやらぬ中、小さな少年・トミーが地面に倒れ込み、胸を掻きむしりながら激しい呼吸困難に陥っていた。

「トミー君!? どうしたの、しっかりして!」

リーザが血相を変えて駆け寄るが、少年の顔はすでにチアノーゼ(酸欠による青紫色の変色)を起こし、白目を剥きかけている。

「離れろリーザ! 気道を確保する!」

鋭い声と共に、ジャージ姿の優太が滑り込んできた。

彼は即座にトミーの顎を上げ、首の角度を調整して空気の通り道を作る。同時に、背後に立つエルフの妻に指示を飛ばした。

「リーシャ、解析を!」

「……気管支の異常な収縮と、肺への魔力鬱血うっけつよ! 極度のストレスと、スラムの劣悪な衛生環境が引き金となって発症した『急性・魔力性喘息』だわ! このままではあと数分で呼吸が停止する!」

「数分……上等だ」

優太は一切の焦りを見せず、空中に『地球ショッピング』のインターフェースを展開した。

この世界の中途半端な回復ポーションでは、アレルギーや自己免疫が絡む喘息の発作は治せない。必要なのは、気管支を直接拡張させる地球の現代医療だ。

『チャリン♪ UR:医療用ネブライザー(吸入器)および、速効性気管支拡張剤セットを召喚しました』

光と共に優太の手に現れたのは、透明なマスクと、薬剤を霧状にするための小型の吸入デバイスだった。

「トミー、少し苦しいが我慢しろ。ゆっくり息を吸うんだ」

優太はトミーの口元にマスクを当て、デバイスを作動させる。

シューッという音と共に、高濃度の気管支拡張剤とステロイドが微細なミストとなって、少年の気道へと送り込まれていく。

「イグニス、周囲の空気を温めて乾燥を防げ! キャルルはトミーの手を握って安心させてやってくれ!」

「おうっ!」

「はいっ、優太くん!」

仲間たちの完璧なサポートを受けながら、優太はトミーの脈と呼吸音に全神経を集中させる。

防衛医科大で叩き込まれた、小児救急の絶対的なセオリー。どんなに状況が切迫していても、医者の手が震えることは決して許されない。

数分後。

「……ゲホッ。……あ、あれ……?」

トミーの喉から鳴っていたひどい喘鳴ぜんめいがスゥッと消え、青紫だった唇に赤みが戻ってきた。

浅かった呼吸が深くなり、少年はゆっくりと目を開けた。

「……バイタル安定。気管の拡張を確認した。よく頑張ったな、トミー」

優太がマスクを外し、額の汗を拭う。

周囲を取り囲んでいたテント村の住人たちから、安堵の息と、優太への割れんばかりの拍手が沸き起こった。

「すごい……死にかけてたのに、一瞬で……!」

「神様だ。お医者様の神様が来てくれたんだ!」

住人たちが次々と優太に拝み始める。

だが、優太の表情は晴れなかった。彼の視線は、起き上がったトミーの『瞳』に注がれていた。

「……どうして、助けたの……?」

トミーは、命を救われたというのに、少しも嬉しそうな顔をしていなかった。

ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、虚無に満ちた暗い瞳で優太を見上げている。

「トミー君? 苦しいのは治ったはずですのよ?」

リーザが心配そうに覗き込むが、トミーは首を横に振った。

「治ったって、同じだよ……。どうせ明日には、ゲルツ商会がもっとたくさんの人を連れてきて、僕たちのテントを壊すんだ。僕たちには、お金も、帰る家も、何もない……。こんな苦しい毎日が続くだけなら……助けてもらわなくたって、よかったのに……っ!」

少年の悲痛な叫びが、広場に重く響き渡った。

周囲の大人たちも、誰もトミーの言葉を否定できなかった。優太たちがゴロツキを追い払ったのは一時的な延命に過ぎない。スラムの住人たちが抱える『圧倒的な貧困と絶望』という病魔は、何も解決していないのだから。

「トミー、そんなこと言っちゃダメですの! 明日はきっといいことがあるって、私が歌で……」

「歌なんてお腹の足しにならないよ! リーザちゃんの歌を聴いてる時は楽しいけど……終わったら、またお腹が空いて、寒いテントに戻るだけじゃないか!」

トミーの言葉は、リーザの胸に深く突き刺さった。

リーザは唇を噛み締め、俯いてしまう。

優太は、己の手を見つめた。

(……俺は、医者だ)

肉体の傷を治し、病気を治すことはできる。地球の知識を使えば、不可能を可能にすることもできる。

だが、どれだけ優れた医療技術をもってしても、現実の理不尽によって『完全に折れてしまった心』を治癒する薬はない。

「大丈夫だ、俺たちがなんとかしてやる」――そんな無責任な言葉をかけるのは簡単だ。だが、それではただの同情であり、少年の心を根本から救うことにはならない。

優太は、ゆっくりと立ち上がった。

そして、俯いている芋ジャージの少女――リーザの前へと歩み寄った。

「……優太、さん?」

リーザが顔を上げる。

次の瞬間。マルストア領の領主であり、どんな巨大な魔獣にも決して屈しない強靭な男が、一人の地下アイドルに向かって、深く、深く頭を下げた。

「優太!?」

「ボス!?」

仲間たちが驚愕の声を上げる。

「リーザ。……俺の負けだ」

優太は頭を下げたまま、静かに、だが力強い声で言った。

「俺の手は、あの子の体の苦しみを取り除くことしかできなかった。あの子の心に巣食っている『絶望』までは、俺の医療じゃ治せない。……でも、お前にならできる」

優太は顔を上げ、リーザの海色の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「お前、言ってたよな。自分の歌で、ファンたちの時間を奪うって。現実の辛いこと全部忘れさせて、宇宙一の幸せな時間を味わわせるって」

「……っ」

「頼む。あの子から、絶望じかんを奪ってやってくれ。あの子に『明日も生きていたい』と思わせる光を、見せてやってくれないか」

それは、己の限界を認めた上で、他者の持つ『エンターテインメントの力』への、最大級の敬意と信頼だった。

「俺TUEEE」で全てを一人で解決しようとするのではなく、誰かの才能を心から信じ、託すことができる。それこそが、中村優太という男の『器の大きさ』であった。

リーザの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。

自分の歌は、ただの自己満足なのかもしれない。そう揺らぎかけていた彼女の背中を、この強くて優しい男が、全身全霊で押し上げてくれたのだ。

「……バカに、しないでくださいの」

リーザはジャージの袖で乱暴に涙を拭うと、ニッと不敵に笑った。

「私は絶対無敵のスパチャアイドルですのよ? ファンの絶望なんて、私の歌で全部まるごと強奪してやりますわ!」

リーザはトミーの元へ歩み寄ると、ゴロツキに壊されて粉々になった『みかん箱』の破片を一枚拾い上げ、それを足元に置いた。

箱が壊れても、彼女がそこに立てば、そこが世界で一番輝くステージになる。

「トミー君。私の最前列アリーナで、よーく聴いてなさいの。……これが、人魚姫の本当の歌ですわ」

伴奏はない。

だが、リーザが静かに息を吸い込んだ瞬間、夜の公園の空気が、まるで澄み切った深海の底のようにシンッと静まり返った。

『――♪ 遠い波の音、星の瞬き』

紡がれたのは、『ポンポコ節』のような宴会芸ではない。

海中国家シーランの王族にのみ代々伝わる、魂を癒やすための鎮魂歌ララバイだった。

『――♪ 泣かないで、小さな貝殻。あなたの涙は、真珠に変わる』

透き通るような、それでいて圧倒的な魔力を帯びたその歌声は、トミーの、そしてテント村の住人たちの心の奥底に、優しく、温かく染み込んでいった。

冷たい風が吹くスラムの広場が、まるで母親の胎内にいるような、絶対的な安心感に包まれる。

『――♪ 夜が明ければ、光が踊る。だから今は、私に預けて』

リーザはトミーの頭を優しく撫でながら、微笑みかけた。

芋ジャージを着ているはずの彼女の姿が、今のトミーには、海の泡から生まれた本物の女神のように輝いて見えた。

「……あ、ぁ……」

トミーの目から、先ほどまでの絶望とは違う、温かい涙がポロポロとこぼれ落ちた。

「すごい……きれいな、声。……僕、なんだか……すごく、あったかいや……」

トミーの顔に、血色が戻り、そして――ほんの僅かだが、確かな『笑顔』が浮かんだ。

絶望に支配されていた心に、「明日もこの歌を聴きたい」という希望の種が芽吹いた瞬間だった。

「……すげぇ。本当に、心を治しちまった」

優太が、感嘆の息を漏らす。

物理的な治療チートと、魂の救済アイドル。二つの力が合わさった時、絶対に不可能だと思われた奇跡が起きたのだ。

「ふふん! どうですの、プロデューサー! 私の歌の力、思い知りましたか!」

歌い終えたリーザが、自慢げに胸を張る。

「ああ、完敗だ。お前は間違いなく、最高のアイドルだよ」

優太が心からの賛辞を送った、まさにその時である。

【締める合図】が、足元から鳴り響いた。

ズズズズズズズ……ッ!!!

突如として、公園の地面が激しく揺れ始めた。

「な、なんだ!? 地震か!?」

イグニスが身構える。

だが、それは自然の地震ではなかった。

公園の隅にある、地下水路へと続く巨大な鉄格子のマンホール。その奥底から、空気を震わせるような、おぞましくも悲痛な『獣の咆哮』が響き渡ったのだ。

『ギョォォォォォォォォォォォォッ!!!』

「……ッ!? この声、まさか……!」

その咆哮を聞いた瞬間。リーザの顔から血の気が引き、彼女は信じられないものを見るように、足元を見つめて震え始めた。

「リーザ? どうした!」

「う、嘘ですの……。どうして、私の『同胞』が、こんな帝都の地下水路に……っ!?」

次話。

悪徳商会の背後に潜む闇ギルドが、ついに最悪の切り札を切る。

深海より強制的に連れ去られ、呪いによって狂暴化させられた悲しき魔獣『マッド・クラーケン』。同胞を弄ばれたリーザの強欲なる逆鱗が、今、帝都の地下で爆発する!

読んでいただきありがとうございます。

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