EP 2
腹太鼓のセッションと、狂気のアイドル哲学
帝都マルシアの外れ。華やかな大通りから少し離れた場所に位置する、古びた公共公園。
噴水はとうの昔に枯れ果て、広場には行き場を失ったスラムの住人たちが張った粗末なテントがいくつも並んでいる。
「さあさあ、こちらですの! 私の神聖なるライブ会場へようこそ!」
エンジ色の芋ジャージに健康サンダルを突っかけた少女――自称・絶対無敵のスパチャアイドルことリーザは、得意げに胸を張りながら公園の中央へと優太たちを案内した。
「ここが、君のステージなのか?」
優太が周囲を見渡しながら尋ねる。
「はいですの! 毎日ここで、私の愛と奇跡の歌声をファンの皆さんに届けておりますの!」
リーザはそう言うと、公園の隅に隠してあった年季の入った『みかん箱』を引っ張り出し、広場の中央にドンッと置いた。
どうやらそれが、彼女のお立ち台らしい。
「あのね、優太くん。私、ずっと疑問だったんだけど」
キャルルが、リーザのジャージの袖をツンツンと突きながら首を傾げた。
「リーザちゃんって、すっごく綺麗な声をしてるし、リーシャさんが言うにはすごい魔力を持ってるんでしょ? どうしてこんなところで、野良犬とご飯を奪い合ったりしてるの?」
それは優太たち全員の疑問だった。
エルフの賢者であるリーシャの解析によれば、彼女からは海を統べる王族クラスの魔力波長が感じられるという。そんな存在が、なぜ帝都の底辺でパンの耳をかじって地下アイドルをしているのか。
その問いに、リーザはみかん箱の上にスッと立ち上がり、空を見つめた。
彼女の大きな海色の瞳の奥に、ただの純真さではない、ある種の『狂気』にも似た暗く重い執着の炎が揺らめいた。
「……私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの」
「時間を、奪う……?」
優太が眉をひそめる。
「そうですの。みんな、仕事や生活で辛いことや、明日のご飯のこと、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの」
リーザは両手を広げ、公園のテント村に住む人々――今は遠巻きに彼女を見守っている孤児や老人たち――を愛おしそうに見渡した。
「だから、私は……ファン達の『世界』そのものになりたいんですの。彼らの視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんですの!」
それは、圧倒的な強欲。
他者の存在すべてを自分の歌で支配しようとする、人魚姫の絶対的なエゴイズムであった。
だが、その根底にあるのは「彼らを幸せにしたい」という純粋な祈りだ。
「私は運命、私は物語……だから貴方達の全てをちょうだい♡ Love & Money!!」
リーザがみかん箱の上でビシッとポーズを決めると、優太はふっと息を吐いて笑った。
「なるほどな。ただの腹ペコ少女かと思ったら、とんでもなくスケールのデカいアイドルだったってわけだ」
「ふふん! お肉まんの御恩がありますから、今日は特別に、私の最前列でライブを見せてあげますの!」
リーザはジャージのポケットから、先ほど野良犬を撃退した『五円玉』を取り出した。
そして、躊躇なく自分の右の鼻の穴にスコンッ! と詰め込んだ。
「えっ、ちょ、また鼻に詰めるの!?」
キャルルが驚いて耳を逆立てる。
「これはアコースティックな共鳴を生み出すための、高度な機材ですの! さぁ、いきますのよ! ミュージック、スタート!」
伴奏などない。
だが、リーザが息を吸い込んだ瞬間、彼女の周囲の空気が微かに震え、目に見えない魔法の波長が公園全体を包み込んだ。
そして、美少女の口から紡がれたのは、荘厳なバラードでも、キュートなポップスでもなく――。
♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン!
「……は?」
優太の思考が数秒停止した。
♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~
♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~!
リーザは鼻に五円玉を詰めたまま、エンジ色の芋ジャージの裾をペロンと捲り上げ、自分のお腹を「ポンポコポン!」と軽快なリズムで叩き始めた。
宴会芸の定番、『ハゲたぬきのポンポコ節』である。
「ぶっ……!! ガハハハハハハハ!!!」
最初に限界を迎えたのは、竜人族のイグニスだった。
圧倒的な美少女が、鼻に五円玉を詰めて腹鼓を打つという強烈すぎるギャップに、豪傑の腹筋は一瞬で崩壊した。
「(ソレ! ヨイヨイ!)」
リーザの合いの手に合わせ、イグニスがズンッと前に出る。
「おいおい嬢ちゃん! なかなか良いビートを刻むじゃねぇか! 俺様も混ぜろ!!」
♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン!
イグニスは自身の分厚い胸板と腹筋を、丸太のような腕で「パーン! パーン!」と叩き鳴らし始めた。竜人族の筋骨隆々な肉体が打ち鳴らす腹鼓は、まるで重低音のドラムのように公園に響き渡る。
「わぁっ! イグニスさんすごい! 優太くん、なんだか楽しいね!」
キャルルがウサギのようにピョンピョンと跳ねながら、手拍子でリズムに乗り始めた。
♪化けよ~化けで~尻尾は ボーサボサでチョーロチョロ~
♪おヘソはデベソだ~ ターマターマはユーラユラ~!
「(ア、ドッコイ!)」
「ちょ、ちょっとイグニス殿! キャルル殿まで! 騎士たるもの、真昼間の公園でそのような破廉恥な……っ!」
生真面目な騎士団長のマンミアが、顔を真っ赤にして二人を止めようとする。
だが、リーザの歌声には、抗いがたい謎の魔力がこもっていた。
♪と、と、トックリ抱えて グイグイグイグイ!
♪酒よ~酒で~目玉は クルークルのパーラパラ~!
「くぅっ……な、なんて下品な歌詞……なの、ですが……妙に、リズムが、心地よい……ッ!」
マンミアの意志とは裏腹に、彼女の立派なケンタウロスの四つの蹄が、カポッ、カポッ、カポッ、と完璧な三連符のステップを刻み始めてしまった。
「ああっ! 私の足が勝手にっ! ボス、助けてください、体がノリノリになってしまいますぅぅ!」
「アハハハ! マンミアさん、ステップ上手ですの!」
♪足元フラツク~ ターマターマはブーラブラー!
「(ソレ! モヒトツ!)」
お立ち台の上で腹を叩く芋ジャージのアイドル。
その横でパーカッション(腹鼓)を担当する竜人の大男。
手拍子で盛り上がる兎耳の少女に、顔を覆いながらも華麗なタップダンスを披露するケンタウロスの騎士。
カオス。まさに混沌極まるセッションであった。
「……驚異的ね」
その光景から一歩引いた場所で、リーシャが魔導書を開きながら真剣な顔で呟いていた。
「あの『ポンポコ節』の音波には、対象の闘争心を削ぎ落とし、強制的に多幸感を分泌させる微弱な精神干渉魔法が織り込まれているわ。……極めて非論理的な歌詞に反して、この空間の魔力フローは完璧な調和を保っている」
「要するに、ただの宴会芸じゃなくて、みんなが楽しくなる本物の『歌の魔法』ってことか」
優太は苦笑しながら、腕を組んでそのカオスなライブを見守った。
覇道を突き進むような血生臭い戦いではなく、ただこうして仲間たちが笑い合っている。それこそが、優太が何よりも守りたかった平穏な時間だ。
♪み~んな合わせて 腹太鼓~
♪ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!
「センキュー! 帝都のみんな、愛してるわよーッ!!」
曲が終わると同時に、リーザが投げキッスを放つ。
イグニスが「最高だぜ嬢ちゃん!」と親指を立て、キャルルが拍手喝采を送る。マンミアは「はっ! 私は何を……!」と我に返って耳まで赤くしてしゃがみ込んでしまった。
遠巻きに見ていたテント村の住人たちからも、パラパラと温かい拍手と笑い声が起こる。
「ふふん! これが私の実力ですの! さぁ太客第1号さん! 歌を聴いたからには、お約束の『御縁』をいただきますのよ!」
リーザがみかん箱から飛び降り、優太の前にドヤ顔で両手を差し出した。
「ああ、素晴らしいライブだったよ。お代はこれでいいか?」
優太はポケットを探り、地球ショッピングで小物を買った時に余っていた、ピカピカに磨かれた本物の『五円玉』を一枚、彼女の手のひらに乗せた。
「わぁ……っ! 穴の開いた、真鍮のゴールド! ありがとうございますの!」
リーザは五円玉を太陽の光に透かし、まるで世界で一番の宝物を手に入れたかのように、最高に純真な笑顔を咲かせた。
芋ジャージで、健康サンダルで、鼻に五円玉を詰めるヘンテコなアイドル。
だが、彼女のその笑顔と歌声が、スラムの人々の心にほんの一瞬でも「光」を灯しているのは間違いない。
「……こいつらの掛け合い、見てて飽きないな」
イグニスと腹太鼓のコツについて語り合うリーザを見ながら、優太は心の中でそっと呟いた。
マルストア領の最強チームに、新たに加わった騒がしくも愛おしい新メンバー。
彼らの絆は、この後ルナミス帝国の地下深くで起こる最大の危機を救うための、重要なピースとなっていくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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