EP 7
マルストア最強チーム、反撃の陣形
『ギャルルォォォォォォォォォッ!!』
夜の魔獣の森に、合成魔獣の鼓膜を破るような三闘和音の咆哮が轟いた。
己に向けられたちっぽけな人間や亜人たちの殺気に、キマイラは明確な『苛立ち』を露わにした。
獅子の頭から灼熱の火球が、山羊の頭から絶対零度の吹雪が、そして大蛇の尾から腐食の毒液が、全くの無秩序のまま同時に放たれる。
広範囲を面で制圧する、理不尽極まりない三属性の飽和攻撃。
「総員、散開しろ! 直線的な動きは的になる! 地球の歩兵戦術で立ち回れ!」
優太の鋭い号令が響いた。
その声に一切の迷いはない。彼らは優太の指示に従い、あらかじめ打ち合わせていたかのように四方へと散った。
ドガァァァァァンッ!!
三属性の攻撃が優太たちのいた空間で衝突し、大爆発を起こす。
だが、そこにはすでに誰の姿もなかった。
「アイツの攻撃は確かに脅威だが、完全に『独立』している! 獅子が炎を吐けば、山羊の吹雪が融ける。大蛇が毒を撒けば、獅子の炎で蒸発する。ただ縫い合わされただけの頭じゃ、連携なんて取れやしない!」
炎と氷の爆煙を切り裂き、優太が薙刀を構えて前線へと飛び出した。
地球の軍事戦術と武術を修めた優太の目は、キマイラの圧倒的な『暴力』の中に潜む致命的な『欠陥』を完全に見抜いていた。
魔族によって無理やり一つの体に閉じ込められた三つの獣の魂は、互いに反発し合っている。だからこそ、個々の力を完璧に束ねる指揮官(優太)が存在するマルストアのチームが、負けるはずがないのだ。
「まずは、あのデカい図体で空を飛ばれると厄介だ。リーシャ! バケモノを地上に縫い付けろ!」
優太は魔導通信石を通さず、後方に陣取るエルフの妻へと叫んだ。
その声に応えるように、分厚い魔導書を広げたリーシャの足元に、青と茶色の複雑な魔法陣が幾重にも展開される。
「ええ、任せて。極めて論理的な制圧戦術をお見せするわ」
エルフの天才魔術師である彼女の脳内では、すでにキマイラの重量、コウモリの翼の空気抵抗、そして大地の魔力脈の計算が完了していた。
彼女は透き通るような金髪を夜風になびかせ、手にした杖を天へと掲げる。
「水と土、相反し交わる二つの理よ。深淵の重力をもって、虚飾の翼を地に墜とせ――『超高圧サプレッション・ボルト(泥沼縛の陣)』!!」
リーシャの杖の先から放たれたのは、ただの泥ではない。
極限まで圧縮された高水圧と土砂が混ざり合った、音速を超える泥の砲弾だった。
それがキマイラを直接狙うのではなく、キマイラの足元の『大地』、そして『上空』へと同時に放たれた。
『グガァッ!?』
キマイラが空へ逃れようとコウモリの翼を羽ばたかせた瞬間、上空から降り注いだ超高圧の泥弾が、その巨大な翼の皮膜を情赦なく撃ち抜いた。
さらに、足元の大地が一瞬にして『底なしの泥沼』へと変貌する。
翼を潰され、自重を支えきれなくなった十メートル近い巨体が、ズブズブと泥の中に沈み込んでいく。
「見事だ、リーシャ! 機動力は完全に奪った!」
「当然よ。あの翼の揚力係数と泥の比重を計算すれば、飛べるはずがないもの。私の設計(魔法)は、常に完璧なのよ」
リーシャがフッと誇らしげに微笑む。
【水耕栽培個体・折れたス】による「コンペ敗退」のトラウマは、特製シーザードレッシングの旨味と優太の愛によって完全に払拭されていた。今の彼女の魔法陣(設計図)を「オーバースペック」などと笑うドワーフは、この場にはいない。
『メェェェェェェェェェッ!!』
泥に沈みゆく自らの体に焦りを感じたのか、キマイラの背中に生えた『山羊の頭』が狂ったように嘶いた。
山羊の口から強烈な冷気が足元の泥沼に向けて放たれる。
泥を瞬時に凍結させ、強固な足場を作り出して脱出しようという本能的な判断だ。
「足場を固めようとしてるぞ! イグニス、出番だ! あの山羊の頭をブッ叩け!」
「ガハハハハ! 待ってましたと言わんばかりの指示だな、優太!」
優太の呼びかけに、竜人族のイグニスが爆発的な闘気を纏って飛び出した。
彼の両手斧には、周囲の空間が陽炎で歪むほどの高密度の炎が圧縮されている。
『俺様の炎が……プロジェクトの予算に合わないだと? 笑わせるな!』
イグニスの脳裏に、あの【ロメインレタス風・折れたス】がもたらした「技術的なミスマッチ」という不採用通知の声がフラッシュバックする。
かつてのイグニスなら、怒りに任せて周囲の森ごと炎で焼き尽くすような大味な攻撃をしていただろう。だから「予算(修繕費)が合わない」と幻聴に言われたのだ。
だが、今の彼は違う。
優太という指揮官を信じ、チームの勝利のために己の力を制御することを覚えた。
ただ無駄に広いだけの炎ではない。
斧の刃先、わずか数センチの領域にのみ、水爆未満の熱エネルギーを極限まで凝縮させる『対装甲貫通特化』の炎。
「俺様の力は……このマルストア領にこそ、完璧にマッチしてんだよォォォッ!!」
ズガァァァァァァァンッ!!!
イグニスが踏み込んだ瞬間、彼の大地を蹴る力で周囲の泥が爆発するように吹き飛んだ。
放たれた『イグニス・ブレイク』の刃が、山羊の吐き出す絶対零度の吹雪を真正面から真っ二つに切り裂き、そのまま山羊の頭蓋へと叩き込まれる。
「消し飛びやがれェッ!!」
熱波が一点に収束し、キマイラの背中で小規模な太陽が爆発したかのような閃光が走った。
『ギェェェェェェェェェ……ッ!?』
断末魔のような嘶きと共に、山羊の頭が白目を剥き、その口から放たれていた冷気が完全に沈黙する。
周囲への被害を最小限に抑えつつ、最大の敵対部位を無力化する完璧な一撃だった。
「よっしゃァ! 山羊の野郎は黙らせたぜ、優太!」
「ナイスだ、イグニス! 最高のコントロールだったぞ!」
優太が薙刀を構えながら親指を立てる。
だが、キマイラの生命力は三つの魔獣の融合体ゆえに異常だった。
山羊の頭が沈黙した直後。
背後の死角から、残された『大蛇の尾』が、まるで独立した意志を持つ暗殺者のように音もなく鎌首をもたげた。
その標的は、山羊の頭を叩き潰して隙だらけになったイグニスではなく、後方で陣頭指揮を執る『優太』だった。
知能の低い魔獣でありながら、本能的に「この部隊の頭脳はあの人間のオスだ」と悟ったのだ。
『シャァァァァァァァァッ!!』
紫色の腐食毒を滴らせながら、大蛇の巨大な顎が、優太の背後から音速を超えて迫る。
優太は薙刀を前に構えたまま、振り向くことすらしない。
「ボスッ! 後ろです!」
後方で傷ついた魔獣たちを守るマンミアが絶叫する。
だが、優太の口元には、絶対的な信頼に基づく小さな笑みが浮かんでいた。
「俺の背中は……俺の『妻』が守ってくれるって、決まってるんだよ」
優太の呟きと同時だった。
大蛇の牙が優太の首筋に届く寸前。
月明かりを反射して煌めく『銀色の流星』が、優太の真横から凄まじい速度で空を裂いた。
「優太くんには、指一本……いえ、毒の一滴たりとも触れさせませんッ!!」
愛らしい兎耳を怒りでピンと逆立てたキャルルである。
月兎族特有の圧倒的な跳躍力で宙を舞った彼女の手には、優太が地球ショッピングでプレゼントした特殊合金製のダブルトンファーが握られている。
トンファーの先端には、極限まで練り上げられた『月影流・銀色の闘気』が眩いばかりに輝いていた。
「私が……優太くんの、一番の家族(お友達じゃない)ですぅぅぅッ!!」
【お友達から種】の絶望を乗り越え、真の愛(ヤンデレ一歩手前)に目覚めたキャルルの銀色闘気が、大蛇の頭を粉砕する。
そして、残された獅子頭との最終決着へ。ハイブリッド・メディックの無双薙刀流が、ついに命の呪縛を解き放つ!




