EP 10
月下の金曜日カレーと、両手に花(嫁)のゴールド免許
翌朝、帝都近郊の『ルナミス魔導教習所』には、清々しい風が吹いていた。
「……以上をもって、中村優太。お前の全教習および卒業検定の修了を認める」
教習所の正面玄関。パリッとした制服に身を包んだバロッサ教官が、一枚の鈍く光る金属製のカードを優太に差し出した。
それは、帝国でも数えるほどしか発行されていない特例の許可証――魔導事故・違反ゼロの証明たる『ゴールド免許』である。
「ありがとうございます、教官!」
優太は真っ直ぐな姿勢で、そのカードを両手で受け取った。
昨日、暴走するロックバイソン・バスを救った功績が帝都の交通局に高く評価され、実技・学科共に完璧だった優太には、異例のスピードでこの特級免許が交付されたのだ。
「フッ……。礼を言うのは私の方だ。君のその真っ直ぐな精神に、忘れていた騎士の誇りを思い出させてもらった。……だが、公道ではくれぐれも安全運転を心掛けるのだぞ。あの鉄のゴーレムは、君の『優しさ』があってこそ真価を発揮するのだからな」
「はい。教官に教わったルール、絶対に守ります」
優太が敬礼すると、バロッサもまた、歴戦の将校としての完璧な敬礼でそれに応えた。彼の胃痛はもう、すっかり影を潜めていた。
「よし! これで俺様も堂々と後部座席で寝れるってわけだ!」
「イグニス、お前は二度と窓から尻尾を出すなよ。次は本当に置いていくからな」
悪態をつきながらも嬉しそうなイグニスを連れ、優太は愛車である『ランドクルーザー250』の運転席に乗り込んだ。
助手席にはリーシャが、後部座席にはキャルルとイグニスが陣取る。全員のシートベルト着用を指差し確認し、優太はエンジンを始動させた。
「右ヨシ、左ヨシ。……マルストア領へ、帰還する!」
ヴォォォォォォン! と心地よいV6ツインターボの咆哮を上げ、漆黒のランクルは、教習所を後にした。
***
その日の夕刻。マルストア領の伯爵邸は、かつてないほどの熱気とスパイスの香りに包まれていた。
週に一度、領主自らが厨房に立つ祝祭の夜――『金曜日カレー』の宴である。
「うおおおおっ! 腹減ったぜ! 優太、今日のカレーの具は何だ!?」
「今日は特別製だぞ。肉椎茸をたっぷり使ったビーフ(?)カレーに、甘み出しとしてハニーかぼちゃを煮込んである。隠し味は『醤油草』と、地球ショッピングで出したガラムマサラだ」
エプロン姿の優太が大鍋の蓋を開けると、スパイシーで芳醇な香りが広間いっぱいに弾けた。
「おおおお……! なんという香り! これぞマルストアの至宝!」
一番に皿を持って並んでいたケンタウロス族のマンミアが、瞳を輝かせる。彼女はすでに大盛りを三杯食べる気満々だ。
「がははは! 祝いの席じゃ! ナカムラの兄ちゃんの『ゴールド免許』に乾杯じゃ!」
「いやはや、伯爵様が正規の免許証を取られたと聞いて、私の胃痛もようやく治まりましたよ……! これで帝都の査察が来ても堂々とできます!」
ドワーフのドルクがイモッカのジョッキを掲げ、宰相のルンベルスが感涙にむせびながらカレーを頬張っている。
「いや〜、めでたいでんなぁ! っちゅーわけで優太の旦那! ワイ、この『ゴールド免許のレプリカ(初心者マーク付き)』を金貨3枚で売り出そうと思うんでっけど……」
「ニャングル、お前それ偽造免許で帝国法違反だぞ。バロッサ教官を呼ぶか?」
「ひぃぃっ!? 冗談でおまんがな! カレーおかわり!」
猫耳族のニャングルがそそくさと逃げていくのを見ながら、優太は苦笑した。
圧倒的な権力を持ちながらも、こうして仲間たちと同じ目線で笑い合い、美味い飯を食う。これこそが、優太が何よりも守りたかった「当たり前の幸せ」だった。
宴もたけなわとなり、仲間たちが酒とカレーで盛り上がっている最中。
優太はふと広間の喧騒を抜け出し、夜風に当たるためにバルコニーへと出た。
空には、満月が一歩手前の、美しい月が浮かんでいる。
「ふぅ……。いろいろあったけど、無事に終わってよかったな」
手すりに寄りかかり、G-SHOCKの盤面を撫でながら息を吐いた時だった。
「優太くん」
背中から、甘く、柔らかい感触が押し付けられた。
振り返らなくてもわかる。銀色の兎耳を揺らす第一夫人、キャルルだ。彼女は優太の背中にぴたりと抱きつき、そのまま腕を優太の右腕に絡ませて、横に並んだ。
「お疲れ様でした。優太くん、今日もすっごくかっこよかったです」
「キ、キャルル……? どうしたんだ、急に」
キャルルは上目遣いで優太を見つめ、えへへ、と幸せそうに笑う。
「だって、教習中はずっと気を張ってたじゃないですか。強盗団と戦う時も、バイソンさんたちを助ける時も。……だから、今の時間は、私にいっぱい甘えていいんですよ?」
「いや、俺は別に……」
優太が照れ隠しに視線を泳がせていると、今度は左側から、ふわりと良い香りが漂ってきた。
透き通るような金髪を夜風に揺らしたエルフの賢者、リーシャである。
「キャルルの言う通りよ、優太。あなたは常に論理的で、他者のために自己を犠牲にしすぎる。たまには、妻である私たちに庇護される時間が必要だわ」
そう言うなり、リーシャは優太の左腕に自分の腕を絡め、彼女の滑らかな頬を優太の肩にすり寄せてきた。
普段はクールなリーシャの、予想外に大胆なスキンシップ。
「り、リーシャまで……っ!? おい、みんな広間にいるんだぞ。誰かに見られたら……」
「見られても構わないわ。私たちは正式な夫婦なのだから。それに、あなたが法と規則を守って『免許』を取得したことは、夫としての信頼性をさらに高める結果となった。……とても、誇らしいわ」
リーシャが優しく囁き、左腕にぎゅっと力を込める。
右からはキャルルが、負けじと優太の右腕を胸元に引き寄せた。
「優太くん! 免許が取れたら、今度はイグニスさんたちには内緒で、私とリーシャさんの三人だけでドライブに連れて行ってくださいね! うんと遠くの、景色のいい温泉とか!」
「ええ、極めて合理的な提案ね。地球の文献にあった『ハネムーン』という文化の実地検証を行いましょう、優太」
「は、はねむーんって……」
両腕に最高クラスの美女二人を抱え(抱えられ)、密着される優太。
防衛医科大の過酷な訓練や、TCCCの血みどろの現場でも決して乱れなかった彼の心拍数が、今、G-SHOCKのセンサー上で爆発的に跳ね上がっていた。
「わ、わかった! わかったから! 近いうちに三人でドライブに行こう! だから、ちょっと離れて……っ、熱いってば!」
顔を真っ赤にして照れまくる優太を見て、キャルルとリーシャは楽しそうにくすくすと笑い合った。
武力で敵をねじ伏せるだけが強さではない。誰よりも優しく、ルールを守り、命を尊ぶからこそ、彼はこうして圧倒的な愛情と承認を与えられるのだ。
月明かりの下、ハイブリッド・メディックの顔は、強盗団に見せた冷徹なそれとは打って変わって、ただの年相応の純情な青年のものだった。
***
……その頃。
優太の知らない宇宙の彼方、全宇宙を管理する神格公務員「GOD」の執務室にて。
『たまんねぇわ……!!』
創造神ユニーバ・オリジンは、マイタンブラーに入れた激甘のアップルティーを吹き出しそうになりながら、目の前の『ゴッドチューブ』のモニターを凝視していた。
『なにこのピュアな展開! 激アツのカーアクションと医療救護からの、最後は両手に花で真っ赤になる堅物主人公!? 高評価ボタン、連打ァァァ!! よーし、ルナミス帝国マルストア領の次年度予算、ドカンと30%増額よ!』
ユニーバの職権乱用気味なテンションにより、優太の「打算なき善行」は、本人も気づかないうちに星の運命力すら跳ね上げていた。
***
しかし、光あるところに影がある。
帝都マルシアの地下深く。かつてドワーフたちが築いた地下帝国ドンガンへと続く隠し通路の闇の中で、一枚の羊皮紙を見つめる者たちがいた。
「……これが、マルストア領の『鉄のゴーレム』。そして、中村優太か」
闇に溶け込むような漆黒の外套を纏った魔族の幹部――ゾルギアは、強盗団の生き残りが描いたランクルのスケッチを忌々しそうに握りつぶした。
「魔力を一切使わず、我が配下が仕掛けた『狂化』を物理的に解除しただと? 莫迦な。そんなイレギュラーが、このルナミス帝国に存在していいはずがない」
ゾルギアの背後には、不気味な光を放つ無数の魔導兵器と、彼に買収された一部のドワーフの闇商人たちが控えていた。
「サマスタリア王の統治も、長くは続かん。……中村優太、貴様のその『当たり前の平和』とやら、我が闇の底へと引きずり込んでくれる」
不敵な笑い声が、冷たい地下の風に溶けて消える。
優太が念願の「ゴールド免許」を手に入れ、マルストア領がさらなる発展を遂げようとする裏で、次なる強大な危機が、確実に彼らの足元へと忍び寄っていた。
だが、どんな試練が訪れようとも。
優太はきっと、薙刀と止血帯、そして揺るぎない善の心で、理不尽を打ち砕くのだろう。




