EP 8
無双薙刀流・車上制圧と巨獣の眠り
時速100キロを超える猛スピードで平原を爆走する二階建ての木造バス。
その屋根の上に、二つの影が舞い降りた。
「ヒャッハ……あぁ!?」
強盗団の一人が声を上げる間もなく、銀色の閃光が走った。
月兎族のキャルルである。彼女は風の抵抗など全く存在しないかのように、軽やかなステップで屋根の上を滑るように移動した。
その両手に握られた特殊合金製の『ダブルトンファー』が、銀色の闘気を帯びて唸りを上げる。
「まずは、武器を没収しますね。――『月影流・連の型』!」
バキィッ! ガキンッ!
流麗にして苛烈。キャルルのトンファーが、強盗団が構えていた魔導銃やクロスボウを次々と粉砕していく。決して急所は狙わず、手首の関節や武器のジョイント部分のみを的確に破壊する神業だった。
武器を失い、恐怖で後ずさる盗賊たちの背後に、今度は巨竜が立ちはだかった。
「おらァ! 動くんじゃねぇぞ! 燃やされたくなかったら、さっさと両手を頭の後ろに組んでうつ伏せになりやがれ!」
イグニスが赤い逆毛を逆立て、口から小規模の『大火炎』を空に向けて威嚇放射した。
圧倒的な竜人族のプレッシャーと、灼熱の熱波。それにビビり上がった強盗団の下っ端たちは、次々と「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げて屋根にひれ伏していく。
「チィッ、なんだお前らは!? 警備隊の連中じゃねぇな!」
バスの一階部分――客席から、一人の男が怒声と共に顔を出した。この強盗団のリーダーだ。
彼は形勢不利と見るや、近くで震えていた若い女性の乗客の首元に、鋭い短剣を突きつけた。
「動くな! これ以上邪魔をするなら、この女の首をかっ切るぞ! 馬鹿でけぇ竜人だろうが関係ねぇ、俺の要求は――」
だが、リーダーの言葉は最後まで続かなかった。
「リーシャ! ランクルのハンドルを頼む! そのまま並走を維持してくれ!」
「了解したわ。地球の車両の操縦体系は、すでに論理的に暗記済みよ」
助手席にいたリーシャが、優太と入れ替わるように運転席へと滑り込むのを確認し。
優太は走行中のランドクルーザー250の窓枠を蹴り、強盗団のリーダーが顔を出しているバスの窓めがけて、一直線に跳躍した。
「なっ……!?」
時速100キロで走行する車から車への、命綱なしのダイブ。
強盗団のリーダーが驚愕に目を見開いた瞬間、優太の身体はすでにバスの窓枠をすり抜け、車内へと侵入していた。
「この野郎ッ!」
リーダーが人質から手を離し、反射的に優太へと短剣を突き出す。
優太の瞳が、極限の集中状態でスッと細められた。
防衛医科大で叩き込まれた人体構造の知識と、過酷な訓練で培われた『無双薙刀流』の理合が、優太の脳内で完全にリンクする。
(システマの呼吸法で殺気を消し、八極拳の踏み込みで間合いをゼロにする)
「……ッ!」
優太は突き出された短剣の軌道を、手にした薙刀の柄で柔らかく受け流した。力で弾き返すのではなく、相手の力をそのまま利用する『大東流合気柔術』の円運動だ。
リーダーが体勢を崩した刹那、優太は薙刀を片手で手放し、空いた手でリーダーの腕に絡みついた。
『CQC(近接格闘術)』による、完璧な関節制圧。
優太の手がリーダーの肘と手首の関節(闘気の巡るツボ)を同時に捉え、テコの原理で容赦なく締め上げる。
「ガ、アァァァァッ!?」
骨が折れる寸前の激痛と、経絡を遮断されたことによる闘気の霧散。リーダーは一瞬にして全身の力が抜け、その場に崩れ落ちた。一滴の血も流させない、完全無力化である。
「人質を取るなんて、最低のルール違反だ。お前はここで退場しろ」
優太が冷酷に言い放ち、リーダーを拘束用の結束バンド(地球ショッピング産)で素早く縛り上げる。
車内で震えていた乗客たちから、わぁっと歓声が上がった。
「た、助かった……!」
「お兄さん、ありがとう!」
「怪我はないですか? 後で傷の手当てをしますから、今は座席の奥で身をかがめていてください」
優太は乗客たちに優しく声をかけながら、すぐに顔を前方に向けた。
強盗団は制圧した。しかし、最大の危機はまだ去っていない。
バスを牽引している十頭の『ロックバイソン』たちの首筋には、依然として狂化魔法の陣が禍々しく光を放っており、白目を剥いたまま猛烈なスピードで平原を暴走し続けているのだ。
「優太! このままだと、数キロ先の『大渓谷の吊り橋』に突っ込んじまうぞ! あんなオンボロ橋、この速度のままじゃ確実に崩落する!」
屋根の上からイグニスが叫んだ。
「わかってる! 俺が止める!」
優太は薙刀を再び手に取り、バスの最前方――御者台を飛び越え、暴走するバイソンの群れの真っ只中へと躍り出た。
岩石のような巨大な角が乱高下し、踏み潰されれば即死は免れない地獄の狂騒。
(狂化魔法の解除は物理的に不可能。なら、医学と武術のアプローチで、こいつらの脳と神経に直接語りかけるしかない!)
優太はバイソンたちの巨体の上に飛び乗り、不安定な足場の中で重心を低く保った。
動物の解剖学的な知識が、バイソンの巨大な首の構造を透視する。地球の牛における「迷走神経」に相当する部位、そしてこの世界の魔獣が持つ「闘気の経絡」が交差する一点。
「……悪いな。ちょっとだけ痛いぞ」
優太は深く息を吐き、全身の闘気を薙刀の『石突き(柄の底)』へと集中させた。
殺意はない。ただ、暴走する力を鎮め、眠りへと誘うための『脱力』の波動。
ドンッ!!
優太は一頭目のバイソンの首筋、狂化魔法の陣のすぐ横にある急所を、石突きで正確無比に突いた。
破壊するための打撃ではない。神経の伝達を一時的にショートさせ、闘気の循環を強制停止させる『サヨック・カリ』の急所攻撃術と、システマのリラックス効果を融合させた一撃。
「ブモォォォ……ッ!?」
突かれたバイソンの巨体がビクンと跳ね、白目を剥いていた瞳から狂気の光がスッと消え去る。そして、まるで急に強烈な睡魔に襲われたかのように、その足取りがガクンと鈍った。
「よし、効く! 立て続けにいくぞ!」
優太はバイソンの背から背へと、まるでアクロバットのように跳躍を繰り返した。
二頭、三頭、四頭。
岩の角を躱し、暴れる巨体に張り付きながら、優太は一切の無駄のない動きでバイソンたちの急所を穿ち続けた。
「眠れ、眠れ、眠れ……!」
彼の心にあるのは、「魔獣を力でねじ伏せる」という覇道ではない。
操られ、理不尽に暴走させられているこの魔獣たちもまた、救うべき命なのだという「底抜けの善性」だった。
その優太の意志に呼応するように、薙刀から放たれる黄金色の闘気が温かな光となって、バイソンたちの狂化魔法の呪縛を中和していく。
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
最後に残った先頭の一頭の急所を突いた瞬間。
十頭のロックバイソンたちは一斉に鳴き声を上げ、その場に崩れ落ちるようにして前のめりに倒れ込んだ。
ズザザザザザザザァァァァッ……!!!!
猛スピードで牽引されていた巨大なバスが、大地に深い轍を刻みながら、強烈な摩擦音と共にブレーキをかける。
車体が激しく揺れ、土煙が周囲を完全に覆い尽くした。
やがて――静寂が訪れた。
「……止まったか」
もうもうと立ち込める土煙が風に流される中。
横倒しになり、穏やかな寝息を立て始めたロックバイソンたちの頭上で、優太は薙刀を肩に担いでふっと息を吐いた。
大渓谷の吊り橋まで、残りわずか数百メートルの地点。
暴走バスの完全停止による、奇跡の救出劇だった。
「優太くーん!!」
屋根の上からキャルルが飛び降り、優太の胸に勢いよく飛びついてきた。
「無事でよかったです! 本当に、本当にかっこよかったです!」
「おっと……。ありがとうキャルル。お前も、乗客をしっかり守ってくれて助かったよ」
「ガハハハ! まったく、相変わらず無茶苦茶な奴だぜ! 結局、俺様の炎の出番は最初だけじゃねぇか!」
イグニスも笑いながら、バスの屋根から飛び降りてくる。
その背後では、リーシャが運転するランドクルーザー250が、静かに滑るようにしてバスの横に停車した。
助手席の窓が開き、リーシャが満足げな微笑みを浮かべる。
「完璧な制圧だったわ、優太。乗客にもバイソンにも、一切の死者を出さないなんて。あなたのその『生命に対する論理』には、いつも驚かされるわ」
バスの中から、拘束された強盗団と、無傷で助け出された市民たちが次々と外へ出てくる。
市民たちは、バイソンの頭上に立つジャージ姿の青年――マルストア領主・中村優太を見上げ、その神々しいまでの活躍に、次々と感謝の涙を流して膝をついた。
「ありがとうございます……! あなたは、神の使いか何かですか……!?」
「いや、俺はただの……」
優太が頭を掻きながら答えようとした時、はるか後方から、激しい蹄の音が響いてきた。
「ボッスゥゥゥ! 皆さぁぁぁん!!」
マンミアが、バロッサ教官を背に乗せて全力疾走で駆けつけてきたのだ。
バロッサの太ももには、優太が巻いたCAT(止血帯)がしっかりと固定されており、顔色もすっかり落ち着いている。
「バロッサ教官! 大丈夫ですか!?」
優太が慌てて駆け寄ると、バロッサはマンミアの背から降り、優太に向かって深く、深く頭を下げた。
「……私の負傷など、取るに足らん。それよりも中村優太、君の圧倒的な力と、その尊き精神に……ルナミス帝国の騎士として、心からの敬意と感謝を捧げる」
夕暮れが近づく平原に、バロッサの真摯な声が響き渡った。
法と規則に絶望していた男が、真の「力」の在り方を目の当たりにした瞬間だった。
教習中という名の、規格外の救出ミッション。
その事後処理と、待ち受ける『胸熱回(覇道の全否定)』の夜が、すぐそこまで迫っていた。




