EP 7
追撃!ランクル250 vs 狂気の巨獣
マンルシア大陸の広大な平原を貫く街道に、これまでにない異質の咆哮が轟いていた。
ドルクの手によって闘気駆動ハイブリッド仕様に魔改造された、V6ツインターボエンジン。その真の出力が解放された漆黒のランドクルーザー250は、まさに地を這う流星であった。
時速はとうに150キロを超えている。
それでもなお、車体は恐ろしいほどの安定性を保っていた。
「……バロッサ教官の血の匂い、完全に消えました。マンミアさんが無事に後方の安全圏まで運んでくれたようです」
助手席――バロッサが降りて空いたその席に、後部座席から身を乗り出すようにして移動してきたのは、金髪のエルフ・リーシャだった。
彼女は透き通るような青い瞳を細め、膝の上に広げた分厚い魔導書と、ダッシュボードに置かれた『魔導通信石』を同期させる。彼女の細い指先から放たれる淡い魔力の光が、フロントガラスの内側に緑色のホログラムのような立体地図を浮かび上がらせた。
「ありがとう、リーシャ。ナビゲーションを頼めるか?」
「ええ、任せて。妻として、そしてマルストア領の筆頭魔術師として、完璧な進路を提示するわ。……前方、距離約八百メートル。暴走するロックバイソン・バスの熱源を捕捉。対象の首筋に刻印された魔法陣を解析……間違いないわね。違法な高位闇魔法『第4階梯・狂化』よ」
リーシャの声は極めて冷静だったが、その瞳には明確な怒りが宿っていた。
何の罪もない市民を巻き込み、無理やり魔獣の理性を奪って凶器に変える。それは彼女が愛する「論理と調和」を最も愚弄する行為だったからだ。
「狂化の解除は可能か?」
「外部からの魔法的な解除は困難ね。物理的に術者を叩き潰すか、バイソンの闘気の経絡を直接突いて強制的に気絶させるしかないわ」
「……なるほどな。なら、まずは追いつくしかない」
優太はハンドルを握る手に力を込めた。
彼の全身から立ち昇る黄金色の闘気が、スマートキーを介してランクルの駆動系へと流れ込み、サスペンションとタイヤのグリップ力を限界まで引き上げている。
「おい優太! 前の連中、俺様に気づきやがったぜ!」
後部座席の窓から上半身を乗り出していたイグニスが、風圧に負けない大声で叫んだ。
前方を爆走する二階建ての木造バス。その屋根の上に陣取る十数人の武装強盗団が、後ろから猛スピードで迫り来る「謎の黒い鉄の箱」に気づき、慌てて武器を構え始めたのだ。
『なんだあの黒いゴーレムは!? 警備隊の新兵器か!?』
『ええい、構わねぇ! ブッ壊せ!!』
強盗団の魔術師たちが杖を振りかざし、炎弾や雷撃といった中級攻撃魔法を一斉に放つ。
さらに、鋭い鋼の太矢がクロスボウから次々と射出され、ランクルのフロントガラスめがけて雨あられと降り注いできた。
「チッ、一丁前に魔法を撃ち込んできやがる!」
「イグニス! 対空迎撃、いけるか!」
「ガハハハ! 誰にモノを言ってやがる! 俺様の『大火炎』を舐めるなよ!」
イグニスは大きく息を吸い込み、強靭な肺腑に極大の熱エネルギーを圧縮した。
そして、竜人族特有の圧倒的な咆哮と共に、赤蓮の炎を吐き出す。
「消し飛べェェェッ!!」
口から放たれた灼熱のブレスが、空中で扇状に広がり、迫り来る敵の炎弾も雷撃も、鋼の矢もろとも完全に呑み込んだ。魔法同士の衝突が空中で大爆発を起こし、猛烈な熱波と黒煙が周囲を覆い尽くす。
イグニスの炎は、ただ威力が高いだけではない。優太の教えに従い、「人質が乗っているバス本体には絶対に当てず、空中の脅威のみを焼却する」という極めて精密なコントロールが成されていた。
『な、なんだと!? 俺たちの魔法が一瞬で……!』
『馬鹿な! あんなバケモノじみたブレスを吐く竜人族なんて、聞いたことがねぇぞ!』
強盗団がパニックに陥る中、リーシャの鋭い声が車内に響いた。
「優太! この先、街道が途切れるわ! 盗賊団が事前に仕掛けていた土砂崩れよ! バスのロックバイソンは無理やり瓦礫を乗り越えているけれど、四輪の車両じゃ走行不可能よ!」
リーシャの立体地図が示す通り、数百メートル先の街道が完全に崩落し、巨大な岩と土砂が道を塞いでいた。狂化したバイソンの圧倒的なパワーと巨大な足回りがあれば強行突破も可能だが、乗用車サイズであるランクルが突っ込めば、確実に大破する。
「……迂回ルートは?」
「左側の荒野に逸れるしかないわ。でも、そこは『竜牙岩』と呼ばれる鋭い岩石地帯。まともに走ればタイヤが裂けるし、サスペンションが持たない!」
「大丈夫だ。ドルクの魔改造と、地球のオフロード技術を信じろ!」
優太は迷うことなく、ハンドルを左に急旋回させた。
時速100キロを超えた状態での、未舗装の荒野への突入。
「きゃあっ!?」
後部座席で静かに待機していた月兎族のキャルルが、遠心力で小さな悲鳴を上げる。
だが、優太は瞬時にセンターディファレンシャルをロックし、四輪駆動のトラクションを極限までコントロールする『クロールコントロール』の技術を、闘気によるペダルワークで擬似的に再現した。
キュラララララッ!!
ランクルの極太のオフロードタイヤが荒野の土を抉り、横滑り(ドリフト)しながらも車体のバランスを完璧に保つ。
行く手を阻む鋭い竜牙岩の群れ。優太はそれらを縫うように、時には岩の斜面に片輪を乗り上げ、車体を大きく傾かせながら、ブレーキとアクセルの絶妙な連携で死の荒野を駆け抜けていく。
「信じられない……! 魔力を一切使わずに、これほどの質量を物理的挙動だけで制御するなんて……!」
魔術の天才であるリーシャですら、優太のドライビングテクニックには息を呑むしかなかった。魔法障壁で車体を守るのではなく、車体の性能と運転手の技術のみで、大自然の障害をねじ伏せているのだ。
ドルクが「闘気」を動力源として組み込んだ魔導サスペンションが、岩に乗り上げる衝撃を柔らかく吸収し、乗員へのダメージを最小限に抑え込んでいる。
「ガハハハハ! すげぇぞ優太! まるで空を飛んでるみたいだぜ!」
「喜んでる場合じゃない! 揺れるから舌噛むなよ!」
優太は華麗なラリードライバー顔負けのハンドリングで荒野をショートカットし、再び舗装された街道――暴走バスの真横へと躍り出た。
ズウゥゥゥンッ!!
ランクルの黒い巨体が、土煙を突き破ってバスの右側面にピタリと張り付く。
「なっ……!? 馬鹿な、あの岩場を減速せずに走り抜けてきただと!?」
「ヒィィッ! バケモノだ! 近寄らせるな! 撃て! 撃ちまくれ!!」
真横に並ばれた強盗団が、半狂乱になってバスの窓や屋根から武器を下に向ける。
だが、彼らが引き金を引くよりも早く、優太は冷静に指示を飛ばした。
「キャルル! 準備はいいか!」
「はいっ、優太くん! いつでもいけます!」
後部座席の窓が開き、そこから銀色の闘気を全身から立ち昇らせたキャルルが身を乗り出した。
愛らしい兎耳を風になびかせているが、その手には、優太が地球ショッピングで引き当てた特殊合金製の「ダブルトンファー」がしっかりと握られている。
月兎族の特性である、並外れた跳躍力と動体視力。
彼女の瞳には、強盗団の動きがまるでスローモーションのように見えていた。
「イグニス、キャルル! 行けッ!!」
優太がランクルのルーフ(屋根)を親指で指し示した瞬間。
イグニスとキャルルは、時速100キロで走行する車の窓枠を蹴り、驚異的な脚力で暴走する二階建てバスへと跳躍した。
「人質には指一本触れさせません! ――『月影流・銀華の舞』!」
「ヒャッハー! 焼肉パーティの始まりだぜェ!!」
銀色の流星と、紅蓮の爆炎。
マルストア領が誇る二つの「理不尽なまでの武力」が、ついに狂気の巨獣へと牙を剥いた。
優太は二人がバスに乗り移ったのを確認すると、ランクルをバイソンの先頭集団の真横までじりじりと進め、ハンドルを片手で固定しながら、もう一方の手に鈍く光る『薙刀』を握りしめた。
「さて……次は俺の番だ。あの狂化したバイソンたちに、少しだけ『お注射』をしてやらないとな」
ハイブリッド・メディックによる、前代未聞の「走行中・車上制圧ミッション」が、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。
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