EP 5
高速教習の風、そして鳴り響く警鐘
マンルシア大陸を横断する「帝都・南西部連絡街道」。
見渡す限りの広大な平原を貫くその一本道に、重低音を響かせて走る漆黒の巨体があった。
「速度ヨシ、車間距離ヨシ、魔導標識の確認ヨシ。……教官、現在の走行ペースはいかがでしょうか」
運転席でハンドルを握る優太は、ルームミラーで後方を確認しながら、冷静に助手席のバロッサ教官に問いかけた。
今日は教習の最終段階、『路上・高速教習』である。最高時速100キロ以上が許可されるこの区間で、優太はドルクが調整したV6ツインターボエンジン(闘気駆動ハイブリッド仕様)の出力を約40パーセントに抑え、時速80キロで滑らかにクルージングしていた。
「……完璧だ。全くもって非の打ち所がない」
バロッサ教官は、手元のバインダーを見つめたまま、深い感嘆の息を漏らした。
車内は驚くほど静かで、揺れも少ない。魔力を一切使わず、搭乗者の「闘気」のみを動力源とするこの『ランドクルーザー250』のポテンシャルは、バロッサの想像を遥かに超えていた。
「これだけの速度を出していながら、路面の凹凸をほとんど感じさせない。君の運転技術もさることながら、この『サスペンション』という機構を作ったドワーフは、まさに天才だな。帝国の機甲師団にぜひとも欲しい技術だ」
「ドルクが聞いたら喜びますよ。でもあいつ、すぐに『じゃあ次は空を飛ばせるようにしよう!』とか言い出すから油断できないんですけどね」
優太が苦笑した、その時である。
『ドドドドドドドドドドドドッ!!』
突然、ランクルの右側面の窓外から、すさまじい蹄の音が聞こえてきた。
優太がチラリと横を見ると、そこには分厚い土煙を巻き上げながら、ランクルと完全に並走しているケンタウロス族の女性――マンミアの姿があった。
「ボッスゥゥゥ!! 今日は一段と良い風が吹いてますねぇぇぇ!!」
マンミアは満面の笑みを浮かべ、時速80キロで走るランクルの窓をコンコンと叩いた。
「マ、マンミア!? お前、マルストア領からずっと走ってついてきてたのか!?」
「はい! 領主様の警護兼、私自身の足腰の鍛錬です! この『ランクル』と並走すると、いいペースメーカーになるんですよ!!」
爽やかな汗を流し、息一つ切らさずに爆走する騎士団長。ケンタウロス族の驚異的な身体能力を見せつける光景だが、ここは帝国の公道である。
「いや、危ないから! 公道で車両と並走するのは道交法違反じゃないのか!?」
「フフッ、ご心配なく! 私は車両ではなく『歩行者(?)』の扱いなので、街道の端にある未舗装の歩道帯を走っている限り、ルール違反にはなりません!」
「そういう問題じゃない! 飛び出しとかあったら危ないだろ、ペース落とすから無理するな!」
窓越しのカオスなやり取りに、後部座席で丸まって寝ていたイグニスが目を覚まし、大あくびをした。
「ふぁ〜あ……。なんだ、まだ着かねぇのか。外の景色も平原ばっかりで飽きたぜ。マンミア、お前も物好きだな。俺様なら飛んでいくぜ」
「イグニス、お前は静かにしてろ。尻尾を出すなよ、絶対にだ」
優太が慌てて釘を刺す中、助手席のバロッサ教官は両手で顔を覆い、小さく肩を震わせていた。
「……ケンタウロスの全力疾走と互角に走る鉄の塊。そして、その並走を笑い合いながら楽しむ者たち……。まったく、君たちマルストア領の連中を見ていると、私が帝都の規則に縛られて神経をすり減らしていたのが馬鹿らしくなってくるな」
「教官?」
「いや、良い領地なのだろうなと言ったのだ。君のような優しく、そしてルールを重んじる男が上に立っていれば、民も部下も笑顔でいられる」
バロッサの言葉には、かつてのエリート将校としての重圧から解放されたような、穏やかな響きがあった。優太がくれた地球の『胃薬』と『栄養ドリンク』のおかげで、彼の長年の胃痛は完全に消え去り、顔色もすっかり良くなっている。
「……ありがとうございます。俺はただ、当たり前の平和を守りたいだけなんですよ」
優太は前方の真っ直ぐな道を見つめながら、ふっと表情を和らげた。
「一生懸命働いて、休みの日はこうやってドライブして、帰ったらみんなで美味いカレーを食べる。その当たり前の生活が一番大事なんです。……はぁ、みんな元気で平和だなぁ。明日はいよいよ卒業検定か。無事にゴールド免許を取れたら、キャルルやリーシャたちも乗せて、みんなで遠くの温泉までツーリングに行きたいですね」
優太が心底幸せそうに呟き、バロッサも「ああ、君なら必ず一発合格だ」と微笑み返した。
車内は、これ以上ないほど穏やかな空気に包まれていた。
――その、【締める合図】の直後だった。
『ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ……!!!!』
突如として、前方の空を真っ赤に染め上げるような、けたたましい音が街道一帯に鳴り響いた。
帝国の主要街道に一定間隔で設置されている「魔導警報塔」から発せられる、緊急魔法サイレンである。
「……っ!? な、なんだ!?」
優太が思わず身を乗り出す。
助手席のバロッサの顔色が一瞬にして青ざめ、鋭い教官の、いや、歴戦の『軍人』の顔へと変貌した。
「いかん……! あれは帝国軍の『第一種非常警報』だ! 大規模な魔獣災害か、国家に対する重篤なテロ行為が発生した合図だぞ!!」
「非常警報……!?」
優太が目を凝らすと、数キロ先の前方の街道から、天を衝くほどの巨大な土煙がもうもうと上がり、こちらへ向かって猛スピードで近づいてくるのが見えた。
土煙の中心にいたのは、本来であれば温厚で力持ちの「ロックバイソン」だった。
だが、その姿は異様であった。岩のような角を持つ十数頭のバイソンが、数十人の一般市民を乗せた超大型の『定期バス(連結式)』を牽引したまま、口から泡を吹き、目を血走らせて暴走しているのだ。
「あれは……定期ロックバイソン・バス!? どうしてあんな猛スピードで!」
「あれはただの暴走ではない! 見ろ、バイソンの首筋に禍々しい紫色の魔法陣が浮かんでいる! 『狂化魔法』だ!」
バロッサが窓から身を乗り出して叫ぶ。
さらに目を凝らすと、暴走するバイソン・バスの屋根の上には、武装した荒くれ者たち――強盗団の姿があった。彼らは手に手にクロスボウや魔導銃を持ち、「ヒャッハー!」と奇声を上げながら、バスの乗客に刃を突きつけている。
「バスジャックだ……! 武装強盗団が、市民を人質にして関所を強行突破する気だ!」
「……っ!」
すれ違う荷馬車や一般の魔導車両が、暴走する巨大バスに弾き飛ばされ、次々と路肩に横転していく。悲鳴と怒号が飛び交い、平和だった街道は一瞬にして地獄絵図と化した。
街道の警備隊が展開した防護魔法のバリアも、狂化したバイソンの圧倒的な質量と突進力の前には紙切れ同然に粉砕されていた。
「クソッ、警備隊が突破された! このままでは帝都の防衛ラインまで被害が及ぶぞ!」
バロッサが拳を握りしめ、歯軋りをする。
相手は人質を取っており、バイソンは狂化状態。中途半端な攻撃魔法を撃ち込めば、人質ごとバスが横転し、大惨事になることは明白だった。
ランクルと並走していたマンミアが、急ブレーキをかけて優太の車の窓に顔を近づけた。
「ボス! 前方から異常事態です! 指示を!」
優太は即座に路肩にランクルを寄せ、ハザードランプを点滅させた。
そして、カチャリとシートベルトを外す。
その瞳からは、先ほどまでの「教習生」としての温和な光が消え去り、極限の死地で命を救う『ハイブリッド・メディック』――キャプテン・アメリカとしての冷徹かつ燃え盛るような決意が宿っていた。
「……教官。どうやら、今日の路上教習はここまでのようです」
「中、中村!? 君はまさか……!」
優太は後部座席を振り返り、ニヤリと笑って牙を剥き出しにしている悪友に声をかけた。
「イグニス、起きろ。仕事の時間だ」
「ガハハハハ! 待ってたぜ! 窮屈なドライブは終わりだな! 俺様の斧で、あのバカでけぇ牛ごと強盗団をミンチにしてやる!」
「駄目だ。人質に傷一つでもつけたら、今夜のカレーは抜きだからな」
「げぇっ!? そ、それだけは勘弁してくれ! ちゃんと手加減するからよ!」
優太はG-SHOCKの盤面を叩き、深呼吸をしてリュック(携帯医療セット)を背負った。
「マンミア、お前は先行して負傷者の救護と避難誘導を頼む! ルンベルスとリーシャに魔導通信石で緊急事態を伝えろ!」
「了解しました、ボス! ご武運を!」
マンミアが蹄の音を響かせて前線へ駆け出していくのを見送り、優太は再びハンドルの前に座り直した。
「……教官。シートベルトはしっかり締めておいてくださいね。ここから先は……少しスピード違反をします」
静かな、だが絶対的な怒りを秘めた優太の声と共に、V6ツインターボエンジンがこれまでにない猛烈な咆哮を上げる。
「当たり前の平和」を理不尽に奪おうとする悪を、決して許さない。
無双薙刀流と近代戦闘技術を積んだ漆黒のランドクルーザーが、暴走する狂気の巨獣へと向かって、猛然と加速を開始した。
読んでいただきありがとうございます。
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