EP 2
新キャラ登場と鉄のゴーレム
帝都マルシアの近郊に位置する『ルナミス魔導教習所』。
そこは、広大な敷地の中に石畳の複雑なコースが作られ、魔法で動く二輪車から、小型の竜、さらには木造の魔導四輪車などがひしめき合う、大陸有数の交通教育機関である。
「うおおお! デカい牛が引っ張るバスってのも、たまには悪くねぇな! 腹減ったらそのまま食えそうだしよ!」
「イグニス、頼むから公共の交通機関を非常食扱いするのはやめてくれ……」
定期運行のロックバイソン・バスから降り立った優太は、周囲の熱気に圧倒されながらも、隣で虎視眈々とバイソンの臀部を見つめるイグニスを嗜めた。
今日は教習初日。優太の服装はいつもの動きやすいパーカーとジーンズだ。伯爵の正装など着てくれば、教官や他の教習生に無用なプレッシャーを与えてしまう。あくまで「法を学ぶ一人の市民」としてやってきたのだ。
「さて、まずは俺の車――『ランクル』を教習用の持ち込み車両として登録しないとな。……ドルク、無事に運べたか?」
「がははは! 任せておけい、若造! わし特製の『空間圧縮魔法陣』を敷いた大型馬車で、傷一つなく運んできたわい!」
バスの少し後ろから、巨大な馬車を引いて現れたのは、天才ドワーフの発明家・ドルクだった。彼が馬車の幌を開けると、黒光りするTOYOTA『ランドクルーザー250』の堂々たる巨体が姿を現す。
太陽の光を反射する重厚な装甲に、教習所の中庭にいた教習生たちがざわめき始めた。
「なんだあれは……? 鉄の塊?」
「魔獣じゃないぞ。だが、馬も繋がれていないのにどうやって動くんだ?」
周囲の視線を浴びる中、優太たちは教習所の「車両登録窓口」へと向かった。
そこには、教官用の制服をパリッと着こなし、眉間に深い皺を刻んだ一人の人間の男が立っていた。
年齢は四十代半ば。きっちりと撫で付けられた髪には白いものが混じり、目つきは鷹のように鋭い。だが、その背中にはどこか哀愁と、長年の胃痛に耐えてきたような疲労感が漂っている。
男の胸元にあるネームプレートには『特別教官・バロッサ』と記されていた。
「新規の持ち込み車両登録だな。私が本日の受付担当、バロッサだ。……君が所有者か?」
「はい、中村優太です。本日から入校します、よろしくお願いします」
優太が丁寧にお辞儀をすると、バロッサ教官は怪訝な顔をした。貴族の名簿に「ナカムラ」などという家名は存在しないからだ。(※優太は伯爵位を賜っているが、普段は偽名などを使わず本名で通しているため、帝都の一般役人にはピンとこないことが多い)
バロッサは気を取り直し、鋭い視線をランクルに向けた。
「……で、中村。この乗り物はなんだ? 魔導二輪にしては大きすぎる。騎獣の類でもないようだが」
「ええっと、これはですね……」
優太が説明に窮していると、ドルクが胸を張って前に出た。
「おいおい教官殿、見ればわかるじゃろ! これは我が輩が調整を施した、超高機動型『四輪型ゴーレム』じゃ! 燃料は搭乗者の闘気! 魔力ではなく、気合と根性で動く最強の乗り物よ!」
「四輪型ゴーレム……だと?」
バロッサは眉をひそめ、ランクルの周囲をぐるぐると歩き回った。
ボンネットをコツコツと叩き、タイヤのゴムの感触を確かめ、マフラーの覗き込む。ルナミス帝国の誇る魔導技術の結晶とはまるで違う、あまりにも緻密で幾何学的な構造。
「馬鹿な……。魔導回路の痕跡が一切ない。それに、この黒い車輪の素材はなんだ? 錬金術の産物か? これで本当に走るというのか?」
「もちろんです。バロッサ教官、俺の闘気をこの『鍵』を通して注ぎ込めば、エンジンが……いや、ゴーレムの心臓が動きます」
優太がスマートキーのボタンを押すと、『キュッ、キュッ』という電子音と共に、ランクルのロックが解除された。
さらに優太が運転席に乗り込み、スタートボタンを押すと――
ヴォォォォォォォンッ!!
V6ツインターボエンジン(をドルクが魔導闘気仕様に改造したもの)が、野獣のような低い咆哮を上げた。
教習所の地面が微かに震え、ランクルのヘッドライトが鋭く発光する。
「な、なんだこの重低音はッ!? 中に本物の竜でも飼っているのか!?」
バロッサ教官が反射的に腰の教官用警棒に手をかける。
かつては帝都の「第一魔法機甲師団」で将来を嘱望されたエリート将校だったバロッサ。しかし、ある作戦で「規則を遵守しすぎた」ために上層部の不興を買い、この教習所に左遷されてきたという過去を持つ。
彼は「得体の知れないイレギュラー」を極端に警戒する性分になっていた。
「教官、落ち着いてください! 咆えているだけです、安全な乗り物です!」
「ええい、認められん! 帝国交通法第4章12条『構造および魔力出力が規定枠を超える特異車両は、教官の同乗による安全確認が取れるまでコースへの乗り入れを禁ずる』! この鉄のゴーレムは、私自身が実地で安全性をチェックするまで登録を保留とする!」
バロッサの厳格すぎる態度に、イグニスが舌打ちをした。
「ちっ、なんだこの頭の固いオッサンは。おい優太、俺様が軽く『大火炎』で脅かしてやろうか?」
「やめろイグニス! 教官の言う通りだ、ルールはルールだ。俺は自分の車の安全性を、正規の手続きで証明するよ」
優太はイグニスをなだめつつ、バロッサに対して「わかりました。では、私の実技教習の担当をお願いできますか?」と頭を下げた。
その素直な態度に、バロッサは少しだけ毒気を抜かれたように目を見開いた。
普段、貴族のドラ息子や血の気を持て余した騎士見習いばかりを相手にしている彼にとって、これほど「規則」に敬意を払い、素直に従う若者は珍しかったからだ。
「……ふん。いいだろう。私が直々に、その鉄の塊が凶器でないことを見極めてやる。午後からの実技教習、第一コースに来い」
バロッサが書類に乱暴にサインをし、胃の辺りを押さえながら踵を返そうとした、その時である。
「さあさあ! そこの未来の騎士サマたち! 魔導車両の運転に不安はおまへんか!?」
教習所の中庭の片隅から、拡声器を通したような胡散臭い関西弁が響き渡った。
見れば、商会の制服を着た猫耳族――ニャングルが、教習生たちを相手に何やら怪しげな露店を開いているではないか。
「見てみい、この黄色と緑の『初心者マーク』! これを車両にペタッと貼るだけで、周りの車が勝手に避けてくれるっちゅー、神秘の魔導アーティファクトでっせ! おまけにこっちの『芳香剤(マリンスカッシュの香り)』を車内に置けば、教官の評価も爆上がりや! 今ならなんと、金貨たったの2枚!」
「す、すごい! 買います!」
「俺もくれ! これで明日の検定はもらったぜ!」
ニャングルの巧みな話術と、優太が『地球ショッピング』で引き当てた(そしてニャングルがタダ同然で買い叩いた)カー用品の珍しさから、教習生たちが群がっている。
「おい、あの猫耳! 教習所の敷地内で無許可の行商とは何事だ! 帝国法違反でしょっぴくぞ!」
「ひいぃっ!? バロッサ教官!? いやちゃうねん、これはあくまで交通安全の啓蒙活動でして……逃げろやーっ!」
バロッサ教官の怒声に、ニャングルは一瞬で店を畳み、猫の俊敏さで逃走していった。
「……まったく、最近の若い奴らは法も規則もあったものではない」
バロッサは深くため息をつき、またしても胃の辺りをギュッと押さえて顔をしかめた。長年のストレスと左遷の心労が、彼の胃壁を確実に蝕んでいるのだ。
それを見ていた優太は、スッとバロッサの懐に歩み寄った。
「……バロッサ教官。左の肋骨の下あたり、鈍い痛みと胃もたれが続いていませんか?」
「なっ、なぜそれを……。いや、ただの疲れだ。気にするな」
「規則を守らせる指導者は、常に気を張っていなければなりませんからね。俺も、医療を志す端くれとしてわかります。……これ、俺の故郷の『胃薬』という薬と、滋養強壮のドリンクです。食後に水で飲んでみてください。少しは楽になるはずですから」
優太はポケットから、地球ショッピングで出した市販の胃薬(個包装)と、栄養ドリンクをそっとバロッサの手に握らせた。
押し付けがましさは一切ない。ただ純粋に、目の前の痛みを抱える人間を労わるだけの、善意の行動だった。
「……薬? いや、しかし出所の知れない物を……」
「俺は午後からの実技教習に備えておきます。よろしくお願いしますね、教官!」
優太は爽やかな笑顔を残し、イグニスとドルクを引き連れてコースの方へと歩いていった。
取り残されたバロッサ教官は、手の中にある見慣れない錠剤と小瓶を呆然と見つめた。
「……中村、優太。不思議な男だ。魔力を一切持たぬのに、あの眼差しは……かつて私が信じた『正義』そのもののように澄み切っている」
彼は無意識のうちに、その錠剤を口に含んだ。
直後、長年彼を苦しめていた胃の鈍痛が、嘘のようにスッと引いていくのを感じ、バロッサは驚愕に目を見開くことになる。
『鉄のゴーレム』と、法を愛する謎の青年。
左遷されたエリート教官・バロッサの止まっていた時間が、優太との出会いによって、再び動き出そうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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