EP 15
帝都への報告。新たなる「軍神伝説」の誕生
帝都アウストラ。
皇帝が政務を執り行う、豪奢を極めた謁見の間に、重苦しい沈黙が流れていた。
中央に跪いているのは、マルストア領から帰還したばかりのゲルマン子爵である。
一週間前、意気揚々と「辺境の田舎貴族を再教育してくる」と宣言して出て行った男とは、到底思えない姿だった。
やつれきった顔、泥と埃に汚れた貴族服、そして何よりも、彼の瞳からはかつての傲慢な光が完全に失われ、うつろな恐怖だけが宿っていた。
「……ゲルマン。貴様、一体マルストアで何を見てきたのだ?」
玉座に座る皇帝が、訝しげに眉をひそめる。
ゲルマン子爵は、ガタガタと全身を震わせながら、床に額を擦り付けた。
「陛下……! 辺境伯ユウタ……あの男は……人間ではございません……ッ!」
「何だと?」
「あの領地は、魔境でございます! 人間を遥かに凌駕する亜人の狂戦士……、上位魔法を指先一つで粉砕する狂気の天才剣士……、そして何より……!」
ゲルマン子爵は、昨夜目撃した「極彩色の光の軌跡」を思い出し、再びパニックに陥りそうになるのを必死に堪えた。
「ユウタという男は、悪魔を召喚し、その魂を捧げることで『魔法少女』と呼ばれる殲滅軍団を統率しております……! 彼らが操るあの光の演舞(オタ芸)は、帝国の近衛騎士ですら視認することすら叶わぬ、恐るべき暗殺術! 奴は……奴は、いつか帝国そのものを滅ぼさんとする、闇の魔王なのでございます……ッ!!」
謁見の間に、どよめきが広がる。
列席していた他の貴族たちが、「辺境の伯爵に、何があったのだ」「ゲルマンが狂ったか」とひそひそ話をする。
だが、皇帝の表情は真剣そのものだった。
彼はゲルマン子爵の異常なまでの恐怖が、決して演技ではないことを見抜いていた。
「ゲルマン。貴様は帝国随一の臆病者かもしれんが、嘘をつく度胸もない男だ。……そこまで言うのであれば、マルストアを侮ることはできんな」
「陛下、お願いでございます! 奴らには決して、決して手を出してはなりません……! 奴らに目をつけられれば、帝国は一夜にして地図から消し飛ぶでしょう……っ!」
子爵の必死の懇願を背に、皇帝は静かに立ち上がった。
「……面白い。魔法少女、闇の演舞、魔王ユウタ、か。……卿がそこまで言うのであれば、一度我が目で確かめる必要がありそうだな」
その頃、マルストア領。
俺は自分の執務室で、頭を抱えていた。
「……はぁ。終わった。これで完全に、僕の穏やかな辺境生活は終わりだ」
俺の目の前には、帝都から届いた分厚い書簡が置かれている。
そこには、皇帝の名代として、近々帝都の軍事演習にマルストアの「魔法少女部隊」を招待したい、という旨が記されていた。
「招待……? 嫌がらせの間違いだろ。あんな軍事演習なんて、どうせ僕の『痛いポーズ』を晒し者にして、貴族連中の笑いものにするつもりなんだ」
俺は、またしても「キモオタ領主として完璧に振る舞い、帝都の連中に幻滅させて帰らせる」という新たな計画を頭の中で組み立てていた。
「ユウタ様! 帝都への招待状ですって!?」
執務室の扉を蹴り開けて入ってきたのは、ピンクの衣装を身に纏ったキャルルと、ブルーのステッキを持ったリーシャ、そして、最近では騎士服の上にわざわざピンクのフリルを縫い付けているサブリナだった。
「はい! もちろん、魔法少女の力、帝都の皆様にも見ていただきましょう!」
「ええ。勇太の教えが、帝国全土に広まる機会だわ」
「お任せください、ユウタ様! 私たちが魔法少女として、帝都軍の演習を華麗に、そして『物理的に』制圧してみせます!」
三人の目が、かつてないほどキラキラと輝いている。
(……いや、制圧しなくていいから! ただの演習だって!)
俺が心の中で絶叫していると、執務室の奥からイグニスがコーラを片手に笑いながら出てきた。
「ガハハハ! 良かったじゃねえか優太! これでいよいよ、お前が帝国最強の軍師だということが、全土に証明されるわけだ!」
「証明なんてしたくない! 僕はただ、静かに暮らしたいだけなんだよ!」
俺の悲痛な叫びは、またしても誰にも届かない。
サブリナたちは、すでに演習で披露する「新しいダンス(オタ芸のフォーメーション)」の打ち合わせに夢中になっている。
俺は、執務机の上に置かれた『魔法少女ティンクルスター』のコミックスを手に取った。
その表紙に描かれた、無邪気で可愛い女の子たち。
僕が愛してやまない、平和と夢と魔法の結晶。
それらが、なぜこうも歪んで、帝国最強の「物理殲滅兵器」として具現化されていくのか。
(……もう、どうにでもなれ……)
俺は胃薬を二錠、一気に飲み干した。
僕の望む「平穏な日常」は、どうやら完全に別の次元へ行ってしまったらしい。
こうして、俺の思惑とは裏腹に。
「辺境の魔王」と「狂気の魔法少女軍団」の伝説は、帝都という名の新たなステージへと舞台を移し、帝国全土を巻き込む壮大な喜劇(そして俺にとっては悲劇)の幕が、今まさに上がろうとしていた。
「さあ、みなさん! 準備はいいですか! 帝都に、愛と正義の光を届けるのですっ!」
「「「オーーーッ!!!」」」
サブリナたちの掛け声が、訓練場から心地よく響いてくる。
俺は、遠く帝都の方角を見つめながら、これから起きるであろう「大規模な勘違いとカオス」を予感し、深く、深く、また一つため息をついた。




