EP 12
魔法少女(暗殺殲滅部隊)、闇を祓う
「逃げろ……っ! そいつらは化け物だ! 触れれば一瞬で挽肉にされるぞォォォッ!!」
部屋の隅で頭を抱え、涙と鼻水に塗れたゲルマン子爵の悲痛な叫び声が響く。
だが、帝都の裏社会を牛耳る凄腕の暗殺者集団『黒蜘蛛』の男たちは、その警告を「恐怖で発狂した貴族の世迷い言」としか受け取らなかった。
「……フン。子爵サマも随分と焼きが回ったな。こんなヒョロヒョロのコスプレ女二人にビビって小便を漏らすとは」
暗殺者のリーダーが、毒に濡れた短剣を弄びながら嘲笑した。
「おい、ヴァイパー。その小生意気なウサギとエルフを黙らせろ。悲鳴を上げる暇も与えるな」
「了解だ、リーダー」
ヴァイパーと呼ばれた、一際身のこなしの軽い暗殺者が、音もなく床を蹴った。
『黒蜘蛛』の中でも最速の刺客。彼の得物である双刃のナイフが、月兎族のキャルルの細い首筋へと、瞬きする間もなく迫る。
「死ねや、ウサギッ!」
ヴァイパーの目に、残忍な光が宿った。
この距離、この速度。完全に必殺の間合いだ。少女の首から鮮血が噴き出す光景を確信し、彼が口角を歪めた、まさにその刹那。
「えいっ♪」
アニメのヒロインのような、ひどく愛らしく、そして場違いな掛け声がした。
それと同時に、キャルルが小首を傾げながら、右手に持っていたピンクのステッキ(三十キログラムの特殊重金属製ダブルトンファー)を、手首のスナップだけで「軽く」振り抜いた。
ドッ……ゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
鼓膜を突き破るような爆発音が、客室に響き渡った。
「……は?」
暗殺者のリーダーが呆けた声を漏らす。
キャルルのステッキが直撃したヴァイパーの身体は、まるで凄まじい速度で走る馬車に正面衝突したかのように、空中で「くの字」にへし折れていた。
そのまま彼の体は、悲鳴を上げる間すらなく、砲弾のような速度で吹き飛び、客室の分厚い石壁に激突して『めり込んだ』。
パラパラと、砕けた石の粉が落ちる。
壁にめり込んだヴァイパーは、白目を剥き、全身の骨という骨を粉砕されてピクリとも動かなくなっていた。
「……え?」
残された四人の暗殺者たちの思考が、完全に停止した。
人間の膂力ではない。ましてや、あんな華奢な少女が片手で振るった棒の威力であるはずがない。
「ふんすっ! まずは一人、浄化完了ですっ!」
キャルルは、先端に星の飾りがついた凶器をクルリと回し、ウサギの耳を揺らして満面の笑みを浮かべた。
その制服のフリルには、返り血一滴すら飛んでいない。
「お、おい……嘘だろ……? ヴァイパーが一撃で……」
「な、なんだあの武器は! 鉄塊を叩きつけられたような音がしたぞ!」
パニックに陥りかけた暗殺者たちの背筋に、今度はゾクッとするような冷気が走った。
「よそ見は駄目よ、悪いネズミさんたち。……『ティンクル・ブリザード』!」
優雅な声と共に、エルフのリーシャがブルーのステッキ(超高純度魔力増幅器)を軽く振った。
詠唱など一切ない。ただ、彼女がウインクと共にステッキを向けた空間の温度が、一瞬にして『絶対零度』にまで引き下げられた。
「ガ、アァァ……ッ!?」
キャルルから距離を取ろうと動いていた二人の暗殺者が、その場に縫い付けられたように静止した。
彼らの体は、吐き出した息すら凍りつくほどの極低温に包まれ、文字通り『瞬きする間もなく』、頭の先から足の爪先まで、完璧な氷の彫刻へと変貌してしまったのだ。
「あら、少し魔力を込めすぎたかしら? キャルル、そっちの氷、邪魔だから片付けてくれる?」
「はーい、リーシャ先輩! そぉれッ♪」
キャルルが、楽しげなステップで氷漬けになった二人の暗殺者に近づき、トンファーで軽く『コンッ』と叩く。
パシャァァァァァァンッ!!!
美しい音を立てて、氷の彫刻(だった暗殺者)が、赤と青が混ざった無数の氷の破片となって、客室の床に散らばった。
「…………ヒィッ」
残された暗殺者は、リーダーと、その横で腰を抜かした男の二人だけになっていた。
戦闘開始から、わずか五秒。
帝都の裏社会を震え上がらせてきた『黒蜘蛛』の精鋭五名が、何が起きたのかも理解できないまま、ただの物理法則と暴力的な魔法の前に、文字通り『チリ』と化してしまったのだ。
「……化物……ッ!」
暗殺者のリーダーは、ガチガチと震える手で、懐から『猛毒の煙幕弾』を取り出した。
もはや標的の暗殺などどうでもいい。逃げなければ。この、ピンクと水色のヒラヒラとした衣装を着た、人間の皮を被った悪魔たちから、一秒でも早く逃げ出さなければ!!
「喰らえッ!!」
リーダーは煙幕弾を床に叩きつけた。
致死性の猛毒を含んだ紫色の煙が、一気に客室に広がる――はずだった。
「パチンッ」
リーシャが、優雅に指を鳴らした。
シュオォォォォォッ!!
発生したはずの猛毒の煙は、リーシャの放った無詠唱の『風属性の真空結界』によって、わずか直径十センチほどの見えない球体の中に完全に閉じ込められてしまったのだ。
「あ……」
リーダーの手から、毒の短剣がカラカラン、と滑り落ちた。
「毒を使うなんて、魔法少女の敵としても三流ですねっ! お仕置きです!」
キャルルが、残像すら残さない踏み込みで、リーダーの懐に潜り込む。
「ひ、ヒィィィィッ!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
最後は、渾身の『ステッキ(物理)』の突き。
リーダーの体は、客室の天井を突き破り、そのまま上の階の床に突き刺さって動かなくなった。
静寂。
豪華な客室は、壁にめり込んだ男、天井に突き刺さった男、そして床に散らばる赤い氷の破片という、地獄絵図へと変貌していた。
「ふぅ、お掃除完了ね」
「はいっ! これで勇太様も、安心して夜眠れます!」
その地獄の中心で。
キャルルとリーシャの二人は、返り血一つ浴びていないフリフリの衣装のまま、キャッキャと楽しそうに笑い合っている。
「アァ……アァァ……ァァァ……」
部屋の隅で、その一部始終を特等席で見届けていたゲルマン子爵の口から、壊れたオルゴールのような呻き声が漏れた。
彼の「常識」という名の精神の防壁は、すでに完全に崩壊し、サラサラと砂のように崩れ去っていた。
(狂っている……。この女たちは、暗殺者を虫ケラのようにすり潰しながら、『お掃除完了』と笑っている……! これが、マルストアの……魔法少女……ッ!)
帝都の政治闘争も、権力も、派閥も。
この圧倒的で、理不尽で、あまりにも「ふざけた暴力」の前では、何の意味も持たない。
ゲルマン子爵は、ついに自らの尊厳を全て投げ捨て、床に這いつくばって、二人の少女に向けてガクガクと頭を擦り付け始めた。
「ひぃぃっ! お、お助けを! 命だけは! 命だけはお助けくださいィィッ! 私が愚かでございました! マルストアの偉大なる力、身の程を知らずに侮っておりましたぁぁぁっ!」
プライドの高い帝都の特使が、涙と鼻水と失禁に塗れながら、辺境のメイド(に扮した妻たち)に土下座をして命乞いをする。
これ以上ないほどの、完全なる屈服であった。
「……あら? 子爵殿、どうして謝っているのかしら? 私たちはただ、夜中に騒いでいたネズミを駆除しただけですわよ?」
リーシャが、心底不思議そうに小首を傾げた、その時だ。
「――おいおい、夜中になんの騒ぎだよ。明日も早いんだから、静かにしてくれないと……」
吹き飛んだ扉の向こうの暗い廊下から。
頭に『推し命』の鉢巻を巻き、ピンク色の法被を着て、手には何本もの光る棒を持った男――マルストア辺境伯、ユウタが、あくびをしながら姿を現した。
深夜の地獄絵図。
その中心に君臨する狂気の魔法少女たちを従え、暗闇の中で極彩色の光を放つ男の姿は。
ゲルマン子爵の目には、もはや世界を滅ぼす『闇の魔王の降臨』にしか見えなかったのである。
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