EP 9
炸裂するティンクル・ポーズ。元・天才剣士の異常な進化
「――我がローゼンブルク家の血に刻まれし古の盟約に従い、今ここに灰燼と化せ! 喰らい尽くせ、『灼熱の紅蓮竜』ォォォッ!!」
マルストア城の訓練場に、ゲルマン子爵の血を吐くような絶叫が響き渡った。
彼が掲げた短い杖の先端から、異常なまでの熱量を持った炎が渦を巻き、全長十メートルにも及ぶ巨大な「炎の竜」となって顕現した。
周囲の空気が一瞬で乾燥し、訓練場の石畳が熱で赤熱化していく。
流石は帝都の保守派を束ねる名門貴族。その傲慢な態度に違わず、宮廷魔術師クラスしか扱えないはずの上位魔法を、見事に制御してみせたのだ。
「いけぇぇッ! そのふざけた布切れごと、黒焦げにしてくれるわァッ!!」
ゲルマン子爵が杖を振り下ろすと、炎の竜が咆哮を上げながら、純白の騎士服(ピンクのフリル付き)を纏ったサブリナさんへと襲いかかった。
「……サブリナさん! 危ない、避けて!」
俺は思わず叫んだ。
いくら彼女がSランクの魔法剣士とはいえ、あんな高火力の大魔術を真正面から受ければタダでは済まない。せめて剣を抜き、自らの魔力で防御障壁を展開しなければ……!
だが。
炎の竜が迫る中、サブリナさんは愛剣(黄色いリボン付き)を鞘に納めたまま、微動だにしなかった。
彼女は、まるで静かな湖畔に立つ白鳥のように優雅に、両手を頭の上へと持ち上げた。
そして、指先を合わせ、美しい『ハートの形』を作ったのである。
「えいっ♪」
サブリナさんは、一切の感情を排した冷徹な顔のまま、アニメのヒロインのような愛らしい掛け声を放った。
それと同時に、彼女は右足で大地を激しく踏みしめ、頭上の「ハート」を、迫り来る炎の竜の鼻先へと真っ直ぐに突き出した。
――『魔法少女ティンクルスター』第十二話、主人公のティンクルピーチが敵の攻撃を弾き返す際の絶対防御技。通称、ティンクル・ポーズ(防御形態)。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
サブリナさんが放ったその「ふざけたポーズ」の直後、世界が反転した。
炎の竜がサブリナさんに直撃する寸前。彼女の作ったハート型の指の隙間から、目に見えるほどの極限まで圧縮された「指向性魔力衝撃波」が撃ち出されたのだ。
「ギィ、ギャァァァァァァッ!?」
炎で構成されているはずの竜が、まるで実体を持つ生物のように「悲鳴」を上げた。
圧倒的な圧力。上位魔法の炎の魔力構成が、サブリナさんの放った物理的な魔力波によって、分子レベルで強制的に分解されていく。
バリンッ!! という、ガラスが砕けるようなけたたましい音と共に、十メートルの炎の竜は、一瞬にして数万の「ピンク色のキラキラとした光の粒子」へと変換され、空へと霧散していった。
「…………は?」
ゲルマン子爵の口から、間抜けな音が漏れた。
訓練場には、そよ風に乗って舞い散るピンク色の光の粒子と、一切の傷を負わず、フリルを綺麗に揺らして立つサブリナさんの姿だけが残されていた。
「ば、馬鹿な……。我が、我がローゼンブルク家秘伝の上位大魔術が……あ、あのような、無詠唱のふざけた手遊びで……消し飛んだ、だと……?」
ゲルマン子爵は杖を取り落とし、ワナワナと全身を震わせた。
その足は完全に竦み、その場にへたり込んでしまう。
「……ふざけた手遊び、とは心外ですね。ゲルマン子爵」
サブリナさんが、ゆっくりと腕を下ろし、氷のような冷たい視線で子爵を見下ろした。
「腕を頭上で交差させることで、体内の魔力回路を意図的にショート状態にし、膨大な魔力を強制的にチャージする。そして、両指で構築した『ハート型の照準』を通して、チャージした魔力を一点に集中し、対象の魔力波長を相殺する周波数で撃ち出す……」
サブリナさんは、さも当然の軍事理論であるかのように、淀みなく語り始めた。
「魔力圧縮、照準固定、そして波長相殺。これら三つの高度な魔力制御を、『ポーズを取る』という動作のみで無詠唱かつ一瞬で完了させる。これこそが、ユウタ様が編み出した究極の対魔術防衛陣形……『ティンクル・ポーズ』です」
「な、なんだそれは……! ハート型の照準!? 魔力回路の意図的ショート!? そ、そんなデタラメな魔法理論が、この世に存在していいはずがないッ!!」
ゲルマン子爵が半狂乱になって頭を掻きむしる。
その後ろで、白目を剥いて倒れていた近衛騎士たちも、目を覚ましてその光景を目撃し、「ヒィィッ! 帝都の天才剣士が、剣も抜かずに大魔術を粉砕したぞ!」と泣き叫び始めていた。
「違う! ただの可愛いポーズだから! サブリナさんが規格外すぎる魔力を持ってるから、ポーズの動きに合わせて勝手に魔法が消し飛んだだけだから!!」
俺は両手で顔を覆い、魂の底から絶叫した。
だが、そのツッコミは、またしても誰の耳にも届かなかった。
「ガハハハハハッ! おい優太、見ろよあの帝都の天才剣士様を!」
隣でイグニスが、腹を抱えて地面を転げ回っていた。
「完全に頭のネジがマルストア仕様になっちまってるぜ! 大真面目な顔して『ハート型の照準』とか言ってるぞ! ガハハハ! もう駄目だ、俺様の腹筋が死ぬッ!」
「笑い事じゃないよイグニス! あんなに美しくて高潔だったサブリナさんが、僕のくだらないオタク趣味のせいで、こんな『真顔でふざけたポーズを取る、取り返しのつかない戦闘狂』に進化してしまったんだぞ……! シャリゼ侯爵に合わせる顔がない……!」
俺は胃の辺りを激しく押さえ、その場にうずくまった。
貞操防衛戦に敗北しただけでなく、彼女の「常識」という名の尊いアイデンティティすらも、俺は完全に破壊してしまったのだ。
「ひぃ……ひぃぃぃっ……」
ゲルマン子爵は、もはや後退りすることすらできず、地面に這いつくばっていた。
彼の脳内では、完全に理解不能な恐怖の方程式が完成していた。
野蛮な亜人は、謎の黒い水を飲むことで、無傷のままエリート騎士十人を素手で制圧する狂戦士へと変貌した。
帝都の至宝たる天才剣士は、ユウタという男に心酔し、奇妙なポーズ(ティンクル)を取るだけで上位魔法を無詠唱で完全粉砕する、未知の戦闘教義を身につけていた。
「き、狂っている……! ここは、ここは帝国領ではない……! 人間の住む場所ではないッ! 魔境だ……マルストアは、常識の通用しない化け物たちの巣窟だぁぁぁっ!!」
ゲルマン子爵は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ついに悲鳴を上げて白目を剥き、その場に気絶してしまった。
「……あら? まだ『ティンクル・ステッキ(物理)』の粉砕実演が残っていたのですが。帝都の視察官殿は、随分と打たれ弱いですね」
サブリナさんが、気絶した子爵を見下ろしながら、心底不思議そうに首を傾げた。
「ガハハハ! そりゃそうだ! お前らのやってることは、もはや戦争じゃなくて『蹂躙』だからな!」
イグニスが涙を流して笑い続ける。
こうして、傲慢なる帝都の特使・ゲルマン子爵のプライドと常識は、ピザとコーラ、そして「魔法少女のポーズ」という、あまりにも理不尽でふざけた暴力(オタク文化)の前に、跡形もなくへし折られたのであった。
だが、この公開処刑のような模擬戦が、後に帝都を揺るがす大事件の引き金になることを、胃を痛めてうずくまる俺は、まだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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