EP 7
帝都からの特使。傲慢なる視察官の襲来
魔物討伐の報告書を帝都へ送ってから、わずか一週間後のことだった。
マルストア城の正門を、帝都アウストラの紋章をデカデカと掲げた、無駄に豪奢な馬車が通り抜けてきた。
その後ろには、実戦経験など皆無であろうことが一目で分かる、傷一つない銀ピカの鎧を着込んだ十数名の「エリート近衛騎士」たちが、これ見よがしに胸を張って随伴している。
「……来たな。思ったよりも早かったぜ」
城の中庭で出迎えの列に並びながら、竜人族の親友・イグニスが低い声で呟いた。
その隣で、俺はひどく憂鬱な気分でため息をついていた。
馬車の扉が開き、中からふんぞり返るようにして現れたのは、金糸の刺繍が施された高価な貴族服を着た、神経質そうな痩せ型の男だった。
帝都の保守派貴族の筆頭格であり、今回の視察官に任命されたゲルマン子爵である。
「出迎えご苦労。私が皇帝陛下の特命を帯びて参った、ゲルマン・ローゼンブルク子爵である」
ゲルマン子爵は、出迎えた俺たち――領主である俺、妻のキャルルとリーシャ、サブリナ、そして軍を代表するイグニス――を、まるで路傍の汚物でも見るかのようなねっとりとした視線で見下した。
「長旅お疲れ様です、ゲルマン子爵。マルストア辺境伯、ユウタです」
俺が一歩前に出て貴族としての礼を取るが、ゲルマン子爵は鼻で笑ってそれを無視した。
そして、懐から丸められた羊皮紙――俺が送った魔物討伐の報告書――を取り出し、俺の顔の前に突きつけたのだ。
「単刀直入に言おう、マルストア辺境伯。貴様から送られてきたこのふざけた報告書……帝都の上層部は皆、激怒しておられるぞ!」
ゲルマン子爵は、顔を真っ赤にして唾を飛ばした。
「数千の魔物の大群と、Aランク変異種である地竜を被害ゼロで討伐しただと? しかも、その実行部隊が『魔法少女ティンクルスターズ』という名の小娘三人!? 帝国軍の精鋭ですら犠牲を覚悟する地竜を、貴様のような辺境の田舎貴族が単機で両断しただと!?……いい加減にしろ! 虚偽報告にも程がある!」
まあ、そうなるよな。
事情を知らない常識人からすれば、この報告書はただのふざけたラノベのプロットにしか見えないはずだ。
「ゲルマン視察官。信じ難いかもしれませんが、これは全て事実です。彼女たちの圧倒的な殲滅力と……」
「黙れ! 貴様、何か卑劣な罠でも使って魔物を数匹狩った程度で、英雄を気取るつもりか!」
ゲルマン子爵の怒声が中庭に響く。
だが、俺が反論するよりも早く、純白の騎士服(関節部にピンクのフリル付き)を着たサブリナが、静かに、しかし絶対的な零度の殺気を纏って一歩前に出た。
「ゲルマン子爵。言葉を慎みなさい。貴方のその発言は、ユウタ様の深淵なる軍略と、我ら『魔法少女』の誇りに対する、看過できぬ侮辱です」
サブリナの声は、氷のように冷たく、そして鋭かった。
Sランク魔法剣士として帝都でも名を馳せる彼女のプレッシャーに、ゲルマン子爵はビクッと肩を震わせた。
「お、おお、サブリナ殿! やはり貴女もこんな辺境に捕らわれておられたのですね! シャリゼ侯爵もひどく心配しておられましたぞ。さあ、私と共に帝都へ帰りましょう! こんな虚言癖のある男の洗脳など、すぐに解いて差し上げます!」
ゲルマン子爵は、サブリナが無理やり従わされていると勘違いしているらしい。
だが、サブリナはゲルマン子爵の差し出した手を冷酷に払い除けた。
「洗脳などされていません。私は自らの意志で、ユウタ様という底知れぬ強者にして、大いなる慈愛を持つ御方に魂を捧げ、第三夫人となることを決めました。……これ以上ユウタ様を愚弄するなら、帝都の特使であろうと、この私が容赦しません」
サブリナが剣の柄(黄色いリボン付き)に手をかけると、後ろに控えていた近衛騎士たちが慌てて剣を抜こうとする。
だが、近衛騎士たちはサブリナの放つ凄まじい闘気にあてられ、ガタガタと足の震えが止まらないようだった。
「ひ、ヒィッ……! ば、馬鹿な! 帝都の至宝たるサブリナ殿が、なぜそのような奇抜な布を纏い、辺境の男を妄信するのだ! やはり恐るべき精神操作の魔法にかけられているに違いない!」
ゲルマン子爵は後退りしながら、今度は俺の背後に立つ面々へと、その軽蔑の矛先を向けた。
「見ろ、このふざけた連中を! 露出の多い奇抜な服を着たエルフに月兎族……メイドの真似事か? さらには……フンッ」
ゲルマン子爵は、巨大な戦斧を背負い、静かに事態を見守っていたイグニスを見て、鼻を鳴らした。
「知性も教養もない、野蛮で薄汚い『トカゲ(竜人族)』の亜人風情を、軍の将として重用しているとは。類は友を呼ぶと言うが、マルストアは獣や魔物の掃き溜めに成り下がったようだな!」
その言葉が落ちた瞬間。
中庭の空気が、ピシッ、と凍りついた。
「おいおい、トカゲとは随分な挨拶じゃねえか。帝都の坊ちゃんには、俺様のこの艶やかな鱗の美しさが分からねえらしいな」
イグニス本人は、頭をボリボリと掻きながら、ヘラヘラと笑って流そうとしていた。
彼は歴戦の戦士であり、器がデカい。こんな小物の侮辱など、痛くも痒くもないのだ。
だが。
俺は、自分自身の奥底から、ドス黒く冷たい「何か」が爆発的に膨れ上がるのを止められなかった。
俺が「痛いオタク」として馬鹿にされるのは構わない。それは元々僕の望んでいたことだ。
だが、俺の誇り高き妻たちを「メイドの真似事」と嘲笑し、命を懸けて俺の背中を守ってくれた最高の親友を「薄汚いトカゲ」と蔑んだ。
それだけは。
絶対に、許さない。
「……ゲルマン視察官」
俺の口から出た声は、自分でも驚くほど低く、そして周囲の空気を物理的に圧迫するほどの重さを持っていた。
つい先ほどまで浮かべていた「ヘタレなオタクの愛想笑い」は、完全に消え失せている。
「ヒッ……!?」
ゲルマン子爵が、息を呑んで硬直した。
俺はゆっくりと顔を上げ、彼を真っ直ぐに見据えた。俺の目には、戦場で魔物を両断した時と同じ、純粋で高潔な、だが一切の容赦を持たない武人の光が宿っていた。
「僕をどう評価しようと、勝手にしてくれて構いません。虚偽だと言うなら、そう報告すればいい。……ですが、僕の大切な家族と親友を侮辱することは、マルストア辺境伯として、決して容認できません。……今すぐ、イグニスに謝罪していただこう」
俺の全身から漏れ出した無意識の殺気に、後ろにいたエリート近衛騎士の何人かが、白目を剥いてその場に膝をついた。
「ば、馬鹿な……! な、なんだこの異常なまでのプレッシャーは……!」
ゲルマン子爵は顔面を蒼白にさせ、ガチガチと歯を鳴らした。
だが、彼は帝都の貴族としてのちっぽけなプライドにしがみつき、必死に強勢を張った。
「ふ、ふざけるな! 皇帝陛下の代理たるこの私に向かって、謝罪だと!? 貴様らのような野蛮な連中が、本当に地竜を倒せるほどの力を持っていると言うなら……証明してみせろ!」
ゲルマン子爵は、震える手で後ろの近衛騎士たちを指差した。
「こ、ここにいるのは、帝国軍の中でも選び抜かれたエリート近衛騎士団だ! 貴様らの『魔法少女』とやらが本物だと言うなら、私の騎士たちとの模擬戦で証明してみせるがいい! もし負ければ、虚偽報告の罪で貴様を捕縛し、サブリナ殿を帝都へ連れ帰る!」
完全に、引くに引けなくなった犬の遠吠えだった。
だが、俺がその模擬戦を受けて立つと口を開くよりも前に。
「ガハハハハッ! いいぜぇ、受けて立ってやろうじゃねえか」
横から、巨大な影がドスンと前に出た。
首の骨をバキバキと鳴らし、ギラギラとした好戦的な瞳でゲルマン子爵を見下ろす、竜人族の親友。
「俺様は薄汚いトカゲだからな。帝都のエリート様たちの高尚な剣術ってやつを、ぜひとも肌で学ばせてもらいたいもんだ。……相手は、お前ら全員でいいぜ」
イグニスが、狂暴な笑みを浮かべて戦斧を肩に担いだ。
傲慢な視察官のプライドと常識を木っ端微塵にへし折る、痛快な「分からせ(ザマァ)」の時間が、今ここに幕を開けようとしていた。
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