EP 5
背中は俺様が守る! 親友の援護とTシャツの英雄
ズパァァァァァァァンッ!!!
勇太の放った薙刀の神速の一撃が、Aランク変異種である地竜の分厚い下顎を無造作に斬り裂いた。
噴き出した赤黒い血飛沫が、勇太が着ているピンク色の『魔法少女ティンクルピーチ』のフルグラフィックTシャツを斑に染め上げる。
「ギャルルルォォォォォォォォッ!!」
己の誇りである絶対の装甲を容易く突破された驚愕と激痛に、地竜が狂乱の咆哮を上げた。
大地が激しく揺れ、地竜の周囲に無数の巨大な土の槍が形成される。一つ一つが大岩を容易く貫通する威力を秘めた、致死の魔法攻撃。それが全方位から、サブリナを庇うように立つ勇太へと殺到した。
「ユウタ様! 危ないッ!」
後方でへたり込んでいるサブリナが悲鳴を上げる。
だが、勇太は表情一つ変えなかった。彼の背筋は、先ほどまでの「丸まった痛いオタク」の姿勢とは打って変わり、武を極めた者特有の、自然体でありながら一切の隙がない「無の構え」へと移行していた。
「……遅い」
勇太が短く呟いた瞬間、その姿がブレた。
ガガガガガガガガッ!!
全方位から迫り来る土の槍を、勇太は薙刀の石突きと刃を風車のように回転させ、全て「点」で弾き落としていく。
一切の魔力を使わず、ただ純粋な動体視力と物理的な超絶技巧のみで、Aランク魔物の全力の魔法攻撃を無効化してしまったのだ。
「ウソ……人間の身で、あんな反応速度……」
サブリナは、己の目を疑った。
土煙の中で薙刀を振るう勇太の姿は、まるで流星群の中で舞を踊っているかのように美しかった。
Tシャツに描かれた極彩色の魔法少女の顔面すら、今や戦神の恐るべき刺青か何かに見えてくる。
「グルルルルッ……!」
魔法攻撃が通じないと悟った地竜は、怒りに任せてその巨大な尾を振り上げた。
狙いは勇太ではない。勇太が最も警戒しているであろう、背後に倒れ伏しているサブリナだ。勇太が彼女を庇うために動けなくなる瞬間を狙い、上空から質量による押し潰しを図ったのだ。
(しまった……!)
勇太が舌打ちをし、迎撃のために大きく踏み込もうとした、その時。
「――俺様の親友の背中を、勝手に狙ってんじゃねえぞ、トカゲ野郎ォォォッ!!」
怒声と共に、空を切り裂いて飛来した「鋼鉄の塊」が、振り下ろされようとしていた地竜の右目に深々と突き刺さった。
「グギャアアアアアアアッ!?」
地竜が苦悶の叫びを上げ、振り下ろすはずだった尾の軌道が大きく逸れ、何もない岩壁を粉砕した。
「イグニス!」
勇太が声のした方へ視線を向けると、そこには、全身を打撲し、頭から血を流しながらも、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった竜人族の親友の姿があった。
彼は先ほど地竜にへし折られた「大斧の刃の半分」を、執念と膂力だけで投擲したのだ。
「ガハハハッ! 悪ぃな優太、ちょっと寝てたぜ。だが、お前がその『本性の顔(クソ真面目な武人顔)』を見せちまったからには、俺様も起きねえわけにはいかねえだろ!」
イグニスは折れた斧の柄を力強く握り締め、口の端から流れる血を乱暴に拭った。
「お前の背中は、俺様が守ってやる! サブリナ嬢には指一本触れさせねえ! だから……お前は前だけ見て、そのデカブツをぶった斬ってこい!!」
親友の、命を懸けた熱い叫び。
勇太の瞳に、静かな、だが確かな炎が宿った。
「……ああ。恩に着る、イグニス」
次の瞬間、勇太は爆発的な踏み込みで大地を蹴った。
その速度は、先ほどサブリナを救った時の比ではない。リミッターを完全に解除した、マルストア辺境伯・勇太の真の全速力。
ズガァァァァァンッ!!
勇太が踏み込んだ跡の地面が、まるで隕石が落ちたかのように陥没する。
右目を潰され、痛みにのたうつ地竜の視界から、勇太の姿が完全に消滅した。
「終わりだ」
頭上。
地竜が気づいた時には、すでに勇太は遥か上空へと跳躍し、太陽を背にして薙刀を振りかぶっていた。
魔法による強化でもない。スキルによる補助でもない。
ただひたすらに、己の肉体を極限まで鍛え上げ、強き者を守るために生きてきた男の、純粋にして究極の物理打撃。
「――断ち斬る(ティンクル)ッ!!」
無意識のうちに、勇太の口から「オタク設定」の名残の単語が漏れた。
だが、その一撃に込められた威力は、魔法少女のファンタジーなどという生易しいものではなかった。
ドシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
脳天から真っ二つに。
Aランク変異種である巨大な地竜の身体が、豆腐でも切るかのように、美しい一本の線によって両断された。
ドゴォォォォォォォンッ……!
左右に分かれた巨大な岩の肉塊が、地響きを立てて渓谷に倒れ伏す。
その直後、舞い上がる土煙を切り裂くように、ピンクのTシャツを着た勇太が、音もなくサブリナの目の前へと着地した。
薙刀を一振りして血糊を払い、静かに息を吐く。
戦場は、水を打ったような静寂に包まれていた。
重装歩兵たちも、崖の上にいたキャルルとリーシャも、そしてイグニスも、皆がその圧倒的な一撃の余韻に息を呑んでいた。
「……怪我はないか? サブリナさん」
勇太が振り返り、サブリナへ向けて手を差し伸べた。
逆光を背に受け、返り血を浴びながらも、その瞳には一切の濁りがない。純粋に彼女を心配する、どこまでも優しく、そして底知れぬ強さを持った英雄の顔だった。
「あ……」
サブリナは、その手を取ることも忘れ、ただ呆然と勇太を見上げていた。
彼女の胸の奥で、暴れ狂うような感情が渦を巻いている。
(ああ、なんという……なんという方なのだろう……!)
サブリナの脳内で、これまでの全てが完全に繋がった。
普段の奇妙な言動。痛々しいポーズ。奇抜な装束。
それは全て、この規格外の力を持つ自分が、周囲に恐怖を与えないための「配慮」だったのだ。
本性を隠し、弱者を装うことで、領民たちと平和に暮らそうとする、どこまでも高潔で、自己犠牲に満ちた男の生き様。
そして、愛する領地と友が危機に陥った時だけ、その仮面を脱ぎ捨てて、圧倒的な力で全てを救ってくれる。
(私……この方以外、もう考えられない……ッ!)
「サブリナさん? 大丈夫か、立てるか?」
勇太が心配そうに顔を近づけてくる。
その時、勇太はハッとして、己の現在の状況に気づいた。
(や、やばい……ッ! 完全に素に戻って、めちゃくちゃカッコつけてしまった……!)
慌てて「キャプテン・アメリカ顔負けの武人顔」から、「キモオタのヘタレ顔」へと表情を戻そうとする勇太。
「あ、いや、その、違っ! 今のは、拙者の愛するピーチちゃんのフィギュアが傷つくのを恐れて、火事場の馬鹿力が出ただけでござるよ! デュ、デュフフ! 怖かったでござるぅ〜!」
両手を顔の前で振って、必死にごまかそうとする勇太。
だが、そんな言い訳は、もはやサブリナの耳には届いていなかった。
サブリナは、差し伸べられた勇太の手を両手でギュッと握りしめた。
そして、その場で深く、深く、祈るように頭を垂れた。
「ユウタ様……」
震える、しかし芯のある、凛とした声だった。
「貴方様の、その底知れぬ強さと……ご自身の名誉を捨ててまで他者を守ろうとする、海よりも深い慈愛の心。このサブリナ・シャリゼ、魂の底から打ち震えました」
「えっ? いや、慈愛とかじゃなくて、本当にただのオタクで……」
「私を、お妻にしてください」
戦場に、サブリナの透き通るような声が響き渡った。
「貴方様が信仰する『魔法少女』の教義、いまだ私は完全に理解できていない未熟者です。ですが、貴方様の背中を守り、共に歩みたいというこの想いは、誰にも負けません。どうか、私を……マルストアの第三夫人として、お傍に置いてくださいませ!!」
真っ直ぐに見上げてくる、恋に落ちた乙女の、一途すぎる瞳。
Sランク魔法剣士としてのプライドを全て投げ打ち、ただ一人の男に絶対の忠誠と愛を誓う、究極の告白だった。
「……」
勇太は、完全にフリーズした。
オタクを演じて嫌われようとした「貞操防衛戦」。
その結果は、相手の好感度を天元突破させ、武人としての尊敬と乙女としての純愛を同時に叩きつけられるという、これ以上ないほどの「完全敗北」であった。
「わああっ! サブリナさん、大歓迎ですっ!」
「ふふっ。私たちも、あなたのような真っ直ぐな方が家族になってくれるなら、嬉しいわ」
いつの間にか崖から降りてきていたキャルルとリーシャが、拍手をしながらサブリナを祝福している。
「ガハハハハッ! 良かったじゃねえか優太! これでお前も、名実共に最強の魔法少女ハーレムの主だな!」
血まみれのイグニスが、腹を抱えて大爆笑している。
「……どうして、こうなったんだぁぁぁぁぁぁっ……!」
勇太の悲痛な絶叫が、魔物討伐の勝利の歓声に掻き消されながら、ラウラ山脈の青空へと虚しく吸い込まれていった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




