EP 4
Sランク魔法剣士の危機。そして、オタク総大将が動く
マルストア最強の「魔法少女(物理)部隊」による蹂躙劇は、もはや一方的な虐殺の様相を呈していた。
「オラァァッ!!」
竜人族のイグニスが戦斧でオークを両断し、
「えいっ♪」
キャルルの重金属トンファーが巨大ウルフの群れを粉砕し、
「ティンクル・イリュージョン!」
リーシャの極彩色の広域爆発魔法が魔物たちをチリへと変えていく。
「はぁっ、はぁっ……! 素晴らしい……! 魔法少女の陣形、これほどまでに無駄がないとは……!」
サブリナは額に汗を滲ませながらも、歓喜に満ちた笑みを浮かべていた。
彼女自身も、黄色いリボン付きの魔剣を振るい、次々と魔物を斬り伏せている。強敵との死闘を求めてきた彼女にとって、この異常なまでの殲滅力を持つ部隊との共闘は、かつてないほどの高揚感を齎していた。
数千いた魔物の群れは、すでに半数以下にまで減殺されている。
このまま押し切れる。最前線の誰もがそう確信した、その時だった。
ズズズズズズズズズッ!!!!
突如として、渓谷全体を揺るがす異常な局地地震が発生した。
立っていることすら困難なほどの激しい縦揺れ。最前線の重装歩兵たちが体勢を崩し、サブリナも思わず片膝をつく。
「な、なんだ!? 崖が崩れるぞ!」
イグニスが上空を警戒した直後。
ドドォォォォォォォォンッ!!!!!
サブリナとイグニスの目と鼻の先、渓谷の地面が爆発したように吹き飛んだ。
もうもうと舞い上がる土煙の中から姿を現したのは、全長二十メートルを超える、赤黒い岩の鱗に覆われた巨大な竜だった。
「地竜の変異種だと……!? なんであんなAランクの化け物が、スタンピードに混ざってやがる!」
イグニスが血の気を引かせて叫んだ。
通常の地竜よりも一回り以上大きく、その全身からは禍々しいまでの濃密な魔力が立ち昇っている。群れの先頭を歩くのではなく、地中深くを潜行し、魔法少女たちの包囲網を完全にすり抜けて、指揮官クラスであるサブリナたちの足元へ直接奇襲を仕掛けてきたのだ。
「グルァァァァァァァッ!!」
鼓膜を破らんばかりの咆哮。
それと同時に、地竜の巨大な尾が、鞭のようにしなってサブリナへと襲いかかった。
「しまっ……!」
サブリナが迎撃の体勢を取るよりも早く。
「サブリナ嬢! 伏せろォォッ!!」
イグニスが、竜人族の巨体を弾丸のように飛ばし、サブリナの前に立ち塞がった。
彼は己の全体重と闘気を乗せ、地竜の尾の薙ぎ払いに対して、自慢の戦斧を正面から叩きつける。
ガキィィィィィィィィンッ!!!!
火花が散り、金属の悲鳴が渓谷に響き渡った。
だが、膂力において他種族を圧倒する竜人族の戦士の渾身の一撃すら、Aランク変異種の規格外の質量と硬度の前には通用しなかった。
「ガ、ハァッ……!?」
イグニスの戦斧が根元から真っ二つにへし折れ、その衝撃で彼の巨体はボールのように弾き飛ばされた。
「イグニス殿ッ!」
サブリナの悲痛な叫びも虚しく、イグニスは後方の岩壁に激突し、血を吐いて崩れ落ちた。ピクリとも動かない。
「よくも……! 必殺、ティンクル・スラァァァッシュッ!!」
サブリナは激怒と共に地を蹴り、地竜の喉元へ向けて渾身の魔力刃を放った。
Sランク魔法剣士の最大火力の斬撃。しかし、地竜はそれを避けることすらせず、その分厚い顎を開いた。
『――ヴォォォォォォォォォォッ!!!』
放たれたのは、音波の暴力。
物理的な破壊力を伴った「魔力咆哮」が至近距離でサブリナを直撃した。
「きゃあぁぁぁっ!?」
サブリナの魔法剣は咆哮の魔力によって霧散し、彼女自身も木の葉のように宙を舞った。
手からすっぽ抜けた黄色いリボン付きの魔剣が、カラカラン、と虚しい音を立てて遠くの地面に転がる。
地面に叩きつけられたサブリナは、全身の骨が軋む激痛に顔を歪めた。
武器はない。魔力も先ほどの咆哮で乱され、うまく練れない。
ズシン、ズシン、と。
地竜が、無防備なサブリナを見下ろしながら、ゆっくりと近づいてくる。その巨大な顎から、粘り気のある涎がポタポタと落ちた。
(……ここまで、ですか)
サブリナは、絶望の中でギュッと目を閉じた。
彼女の脳裏に浮かんだのは、帝都での輝かしい栄光ではなく、この数日間、マルストアで過ごした狂おしくも愛おしい日常だった。
(ユウタ様……貴方様が教えてくださった魔法少女の極意、最後まで全うできず、申し訳ありません……)
死を覚悟した、その瞬間だった。
――バキィッ。
遥か後方の安全な指揮所で。
両手に持ったピンク色のサイリウムを振り回し、「が、頑張るでござる〜!」と甲高い声で震える演技をしていた男の手元で、小さなプラスチックが砕ける音がした。
その男、マルストア辺境伯・勇太の目は、数十メートル先の最前線でサブリナが武装解除され、イグニスが血を流して倒れた光景を、完璧な動体視力で捉えていた。
(……僕の領地で。僕の親友と、僕を慕ってくれる人に、手を出したな)
勇太の内に被っていた「オタクの仮面」が、音を立てて砕け散った。
いや、彼の中に眠る、強者を守り弱きを助けるという、あまりにも生真面目で高潔な武人の魂が、もはや茶番(演技)の継続を許さなかったのだ。
「……待っていろ」
低く、地を這うような声。
次の瞬間、指揮所にいたはずの勇太の姿が、かき消えた。
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
遅れて、勇太が立っていた指揮所の地面が爆発したように吹き飛び、音速の壁を突破した衝撃波が周囲の天幕を全て吹き飛ばした。
地竜が、サブリナの華奢な体を一息で噛み砕こうと、その巨大な顎を振り下ろした、まさにその刹那。
ガガァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
渓谷に、落雷のような轟音が響き渡った。
「……え?」
サブリナは、己に死が訪れないことに気づき、ゆっくりと目を開けた。
彼女の視界を埋め尽くすはずだった地竜の巨大な牙は、彼女の顔面からわずか数十センチの距離で、ピタリと停止していた。
いや、停止していたのではない。
彼女の目の前に立つ「一人の男」によって、完全に力負けし、押し留められていたのだ。
「――よく耐えてくれたね、サブリナさん」
地竜の巨体とサブリナの間に割り込み、愛用の身の丈ほどある薙刀の柄で、地竜の牙を正面から受け止めていたのは。
ピンク色の魔法少女がプリントされた、極彩色のフルグラフィックTシャツを着た男。
「ユウタ、様……!?」
サブリナは、信じられないものを見るように息を呑んだ。
震えて逃げ回っていたはずの男が、今、Aランク変異種の全力の噛みつきを、一歩も引くことなく、涼しい顔で受け止めている。
「遅くなってすまない。イグニスも、すぐに治療班に診させる」
勇太は、振り返ることなく、しかし信じられないほど優しく、深く響く声でサブリナに語りかけた。
その声には、普段の「デュフフ」という奇妙な響きも、甲高い震えも一切ない。ただ純粋な、底知れぬ強者としての威厳と、慈愛だけが満ちていた。
「もう大丈夫だ。……君たちを傷つけるような化け物は、僕の誇り(ルビ:魔法少女の教え)にかけて、一匹たりとも生かしては帰さない」
勇太の全身から、空気が凍りつくような圧倒的な闘気が立ち昇る。
その闘気にあてられ、地竜が初めて「恐怖」に染まった瞳を見せ、後退ろうとした。
「逃がすかよ」
勇太が手首を返した瞬間、薙刀の刃が閃光を描いた。
ズパァァァァァァァンッ!!!
地竜の硬い顎が、まるで紙切れのようにあっさりと斜めに斬り裂かれ、大量の血飛沫が渓谷に舞った。
その圧倒的な背中を見上げながら、サブリナの瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
彼が着ている極彩色の奇妙なTシャツが、今、サブリナの目には、世界を救う神聖な英雄の外套にしか見えなかった。
「ああ……ユウタ様……」
サブリナの胸の奥で、最後の何かが完全に「落ちる」音がした。
オタク防衛線は、今ここに。
勇太自身の生真面目すぎる正義感と、圧倒的な武力によって、内側から完全に消滅したのである。
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