EP 2
出陣! 魔法少女部隊と、巻き込まれた斧使い
「盾持ち(シールド)部隊! 隙間を開けるな! 渓谷の出口を完全に塞ぎ、後ろの長槍部隊と連携しろ! 押し込まれたらそこから陣形が崩壊するぞ!」
ラウラ山脈から続く細く険しい谷、通称『嘆きの渓谷』。
その出口にあたる平野部との境界線に、マルストア領の正規軍・重装歩兵部隊の分厚い盾の壁が構築されていた。
陣形の最前列、ひときわ巨大な戦斧を肩に担ぎ、部隊を指揮しているのは、竜人族の戦士イグニスである。
彼の見据える先の渓谷の奥からは、ズズズズッ、という地鳴りのような重低音が響き続けていた。万に近い魔物の大群が、土煙を上げながらこちらへ向かって押し寄せている音だ。
「……たく。あのクソ真面目な唐変木め。オタクだの変態だのふざけた能書きを垂れてるくせに、いざ実戦となれば、完璧すぎる采配を振るいやがって」
イグニスは、額の汗を拭いながら独り言ちた。
領主執務室で震えるフリをしていた親友、優太の顔を思い出す。あいつは「戦うのは嫌だ、引きこもる」と言いながら、結果としてこの領地の被害をゼロに抑えるための最適解を、たった一瞬で提示してのけたのだ。
狭い渓谷に魔物を押し込め、数の暴力を無効化する。
そして、動きが止まったところを上空からの一斉魔法で焼き尽くし、漏れた個体を遊撃隊が処理する。
理にかなった、冷酷なまでに洗練された殲滅陣形である。
「お前がそんな頭のキレる英雄の顔を見せちまったら、あのサブリナ嬢が幻滅するどころか、ますます惚れ込むに決まってるだろうが。……まあ、親友(俺様)としては、あんな出来た嫁さんが三人も揃うなら万々歳なんだがな」
イグニスがニヤリと牙を見せて笑った、その時だった。
『――愛と正義の星の戦士! ティンクルピーチ、戦場に到着ですっ!』
『――月の戦士、ティンクルムーン。布陣完了よ』
緊迫した空気が張り詰める最前線に、場違いなほど可愛らしく、そして凛とした美声が響き渡った。
正規軍の屈強な兵士たちが、ギョッとして頭上を見上げる。
渓谷を挟むように切り立った両側の絶壁。その片方の頂に、風にフリフリのミニスカートを揺らす、二つの可憐な影が舞い降りていた。
月兎族のキャルルと、エルフのリーシャである。
二人とも、優太が「地球ショッピング」で買い与えた『魔法少女ティンクルスター』の公式コスプレ衣装(超高魔力親和性・超軽量アサルトドレス)に身を包んでいた。
ピンクとブルーの鮮やかな色彩。巨大なリボン。絶対領域を惜しげもなく晒したハイソックス。
血と泥と鉄の匂いが立ち込める戦場において、彼女たちの出立ちは、あまりにも異質で、狂っていた。
「お、おい……嘘だろ。お前ら、本気でその格好で戦場に来たのか……!?」
歴戦の戦士であるイグニスが、巨大な斧を取り落としそうになりながら頭を抱えた。
「はいっ! 勇太様の奥方として、この『魔法少女の正装』で出陣するのは当然の義務ですから!」
崖の上から、キャルルが元気いっぱいにウサギの耳を揺らして答える。その両手には、先端に星のオーナメントが接着された三十キログラムの重金属ダブルトンファーが、凶悪な光を放って握られている。
「ええ。それにこの装束、大気中のマナの吸収率が異常に高いの。これなら、この渓谷全体を覆うような大魔法でも、三日は連射できるわ」
リーシャが涼しい顔で、恐ろしい殲滅宣言を放つ。
「だからって、そのヒラヒラのスカートで戦う奴がいるか! 兵士たちが動揺して陣形が崩れたら……」
イグニスが部下たちを怒鳴りつけようと振り返った瞬間、彼の言葉は途切れた。
「おおおおっ!! 見ろ! 領主様の奥方様たちだ!」
「あれが噂に聞く、マルストア領の秘密部隊……『魔法少女』!!」
「ユウタ様が自ら考案されたという、機動力と魔力に特化した究極の戦闘装束らしいぞ!」
「あんなに美しい方々が、我らと共に最前線に立ってくださるなんて! 負けられるかァァァッ!!」
正規軍の重装歩兵たちの士気が、崩壊するどころか、爆発的な勢いで天元突破していた。
兵士たちの目は血走り、盾を叩いて「ティンクル! ティンクル!」と謎のコールまで巻き起こっている。
(……狂ってやがる。この領地、優太のせいで完全にイカれちまった……)
イグニスが遠い目をしていると、後方からさらに、重装甲の馬の足音が聞こえてきた。
「遅れて申し訳ありません! 愛と勇気の魔法剣士! ティンクル……サブリナ、推参ッ!!」
現れたのは、美しい白馬に跨った、帝都が誇るSランクの魔法剣士・サブリナだった。
だが、彼女の姿を見たイグニスは、今度こそ本当に膝から崩れ落ちそうになった。
サブリナは、彼女のトレードマークである純白のミスリル騎士服を着てはいた。
しかし、その硬質な鎧の関節部分には、不器用な手つきで縫い付けられた「ピンク色のフリル」がヒラヒラと風に舞い、愛用のSランク指定魔剣の柄には、巨大な「黄色いリボン」がこれでもかとグルグル巻きにされていたのだ。
「サ、サブリナ嬢……!? あんた、その格好……いや、その剣に巻いてるふざけた布はなんだ!?」
イグニスが震える指で指摘すると、サブリナは真剣そのものの表情で馬から飛び降りた。
「ふざけてなどいません! これは、ユウタ様が提唱される『魔法少女理論』に基づき、私が昨晩徹夜で改良を施した『疑似アサルトドレス仕様』の騎士服です!」
「て、徹夜でフリル縫ってたのか……このお嬢様は……」
「この剣の柄に巻いた巨大なリボンは、敵の視覚的意識を刃先ではなく手元へと誘導させるための『認識阻害』の役割を果たします。さらに、鎧に施したこのフリルは、空気抵抗を意図的に乱し、私の踏み込みの軌道を敵に読ませないための『風力スタビライザー』なのです!」
「んなわけあるかァァァッ!! お前、完全に俺の親友の能書きに洗脳されてんじゃねえか!!」
イグニスの魂の叫びのツッコミも、サブリナの分厚い「戦闘狂フィルター」の前には虚しく弾き返されるだけだった。
「ユウタ様は、後方の指揮所にて陣形全体の指揮を執っておられます。ここは、我ら『魔法少女ティンクルスターズ』の初陣! イグニス殿、貴方も共に、愛と正義の魔力で敵を蹂躙しましょう!」
サブリナが、黄色いリボン付きの魔剣を天に掲げ、両手を頭上で交差させる『ティンクル・ポーズ』を決めた。
すると、兵士たちのボルテージはさらに跳ね上がり、戦場に「愛! 正義! マルストア!」という地鳴りのような歓声が轟いた。
「……もう、どうにでもなれ」
イグニスは、巨大な戦斧を地面に突き立て、深々とため息をついた。
常識人としての己の戦士のプライドが、ピンク色のフリルとリボンによって粉々に砕かれ、風に舞っていくのを感じた。
だが、同時に、腹の底から得体の知れない笑いが込み上げてくるのも事実だった。
「ガハハハハッ! 面白ぇ! どいつもこいつも頭のネジが吹っ飛んでやがる! いいぜ、お前らのお遊戯に、俺様も最後まで付き合ってやるよ!」
イグニスが戦斧を構え直し、ギラリと猛禽類のような瞳で渓谷の奥を睨みつけた。
ズズズズズズズッ!!!
地鳴りが最高潮に達し、渓谷の奥から、ついに黒い濁流がその姿を現した。
凶暴なオーク、巨大な牙を持つウルフ、そして全身を岩の鱗で覆われたリザードマンの変異種。殺意と飢えに満ちた数千の魔物が、砂埃を上げて突進してくる。
「総員、構えェェェッ!!」
イグニスが腹の底から咆哮を上げた。
盾持ち部隊が、一斉に重心を落とし、鋼鉄の壁を構築する。
「さあ、見せてみろ! 魔法少女とやらの、そのふざけた殲滅力をな!」
「はいっ! 皆さん、いきますよ!」
崖の上で、キャルルがピンクの衣装を翻し、三十キロのステッキ(トンファー)を構える。
「ええ。まずは、派手な『特撮エフェクト』で歓迎してあげるわ」
リーシャの周囲に、全属性の魔法陣が何十重にも展開され、凄まじい魔力の光が戦場を昼間のように照らし出した。
「愛と正義の名の下に! 貴様らを、浄化します!!」
サブリナが、リボン付きの剣から圧倒的な魔力刃を立ち昇らせる。
マルストアが誇る最強にして最狂の部隊。
魔法少女(物理)部隊による、一方的で無慈悲な蹂躙劇が、今まさに幕を開けようとしていた。
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