EP 28
月兎族のダブルトンファー、魔法少女のステッキと化す
「魔法少女の魂。それは、愛と正義の魔力を解き放つ『魔法のステッキ』だ」
リーシャによる究極の広域制圧魔法(特撮エフェクト)の余韻が冷めやらぬ、マルストア城の訓練場。
俺は次なるオタク・ティーチング(という名のドン引き作戦)へと移行していた。
「ステッキ、ですか?」
月兎族の愛妻・キャルルが、ピンク色の魔法少女衣装のフリルを揺らしながら、ウサギの耳をピクッと立てた。
彼女の純真無垢な大きな瞳が、俺を見上げている。
「そうだ。魔法少女たるもの、徒手空拳で戦うのは野蛮すぎる。可愛らしく装飾されたステッキ(杖)を天に掲げ、そこからキラキラとした光のビームを放って、敵を『浄化』する……。それが、オタクが愛する魔法少女の美学なんだ」
俺は、自分のユニークスキル『地球ショッピング』で購入した、プラスチック製のオモチャのステッキ(ボタンを押すとシャラララ〜ン♪と安っぽい電子音が鳴るやつ)を取り出し、キャルルに見せた。
「いいかキャルル。これからは、敵を物理で殴るのはやめるんだ。このステッキを持って、可愛く『えいっ♪』と魔法を放つフリをする。……そうすれば、サブリナさんも『ユウタ様の妻は、実戦を舐め腐っているお遊戯集団だ』と愛想を尽かしてくれるはずだ!」
俺は声を潜めてキャルルに耳打ちした。
そう、目的はあくまでサブリナさんの「戦士フィルター」を打ち砕くこと。
だが、キャルルは俺のプラスチック製のステッキを見つめた後、ふわりと微笑んだ。
「勇太様のおっしゃることは分かりました! 要するに、可愛く装飾されたステッキを使って、敵を『浄化』すればいいのですね!」
「あ、ああ、まあそういうことだけど……」
「でしたら、これを使っていいですか?」
キャルルが背中から取り出したのは、彼女が日頃から愛用している二振りの獲物――月兎族の怪力に耐えうるよう、特殊な重金属で打たれた『ダブルトンファー』だった。
ただ、今のそのトンファーは、以前の無骨な武具の姿とは少し違っていた。
柄の先端には、俺が買い与えた魔法少女衣装に付いていた予備の「大きな星型のオーナメント」が接着されており、グリップの周りにはピンク色のリボンがグルグルと巻き付けられている。
「……えっと、キャルル? それは……」
「はい! 魔法少女ティンクルピーチの専用武器、『ピーチ・ステッキ(打撃用)』です!」
キャルルは満面の笑みで、デコレーションされた重金属の塊を両手に構えた。
リボンと星のオーナメントが付いているせいで、パッと見は確かに「ちょっと変わった魔法少女のステッキ」に見えなくもない。
「いや、ステッキ(打撃用)って時点で矛盾してるんだけど……」
俺のツッコミをよそに、キャルルは訓練場に設置された「重装甲のダミー人形」へと向き直った。分厚い鋼鉄の鎧を着せられた、騎士の稽古用の標的である。
「いきますっ! 愛と正義の星の力で……あなたを、浄化しますっ!」
キャルルは可愛らしい、アニメのヒロイン顔負けの甘い声で叫んだ。
そして、そのフリフリのミニスカートがふわりと舞い上がった次の瞬間――。
ダンッ!!
月兎族特有の異常な脚力が、訓練場の地面を蹴り砕いた。
超軽量かつ魔力親和性の高い『魔法少女の衣装(超実用的戦闘服)』の恩恵により、キャルルのスピードは普段の数倍に跳ね上がっている。
瞬きする間もなく、ピンク色の旋風が重装甲ダミー人形の懐へと潜り込んだ。
「えいっ♪」
キャルルはキュートな掛け声と共に、リボンでデコられたダブルトンファー(約三十キログラム)を、腰の回転を乗せてフルスイングした。
ドバァァァァァァァァンッ!!!!
まるで大砲をゼロ距離でぶっ放したかのような、耳を劈く轟音が響き渡った。
鋼鉄の鎧を着たダミー人形は、キャルルの『ステッキ』が直撃した瞬間、装甲が飴細工のようにひしゃげ、内部の木材ごと木端微塵に粉砕され、後方の石壁まで吹き飛んでパラパラと崩れ落ちた。
「……は? え?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
「ふんすっ! 浄化、完了です!」
キャルルは、先端の星型オーナメントから硝煙(のような削りカス)を上げるトンファーをクルリと回し、バシッと脇に抱えて、俺に向かって最高の笑顔でピースサインを送ってきた。
「違う! 浄化っていうか、完全に物理法則で粉砕してるだけじゃん! 光のビームはどこいったの!? 魔法要素ゼロじゃんか!」
「えっ? でも勇太様、ちゃんと敵の穢れ(装甲)は無くなりましたよ?」
「跡形もなく消し飛ばせば綺麗になるって、そういう脳筋な解釈求めてないから!」
俺が頭を抱えて絶叫していると、少し離れた場所で見学していたサブリナさんが、またしても顔面を蒼白にさせながら、ガタガタと震え始めた。
(……しまった。またサブリナさんの戦闘狂フィルターが発動する!)
俺の悪い予感は、見事に的中した。
「ユウタ様……そしてキャルル様……」
サブリナさんは、木端微塵になったダミー人形の残骸と、キャルルの持つリボン付きのトンファーを交互に見つめ、ひゅっと息を呑んだ。
「あのような、星の装飾を施した愛らしい杖で……まさか、対象の内部構造に直接『破壊の波長』を送り込み、強制的に崩壊させる(浄化する)とは……!」
「だから違うんだ! ただ物理でめちゃくちゃ強く殴っただけなんだ!」
「魔法の杖とは本来、術者の魔力を大気中に放出するための触媒……。しかし、あえて魔法を放たず、杖そのものに超高密度の魔力を纏わせ、超音速の『打撃』として叩き込む……。魔法の行使における詠唱の隙を完全に無くし、なおかつ必殺の威力を担保する、究極の『近接魔法特化型ステッキ』……!」
サブリナさんは、もう俺のツッコミなど一切聞こえていないようだった。
彼女は両手で顔を覆い、感極まったように身震いしている。
「なんという恐るべき戦闘教義の極致! 装飾されたリボンすら、スイング時の空気抵抗を計算し、軌道をブレさせないためのスタビライザーの役割を果たしているのですね!」
「リボンはただ可愛いから巻いただけだよおおおおお!!」
サブリナさんは涙ぐんだ瞳で、俺とキャルルに向かって深く頭を下げた。
「ユウタ様! これで確信いたしました! 魔法少女とは、ただの遠距離魔術部隊ではない。極限まで鍛え抜かれた肉体と、魔法技術を融合させた、最強の『魔法物理ハイブリッド殲滅部隊』だったのですね!」
「その物騒な解釈やめて! もっとオタクに優しくして!」
サブリナさんは、自らの腰に提げた愛剣の柄をギュッと握り締めた。
「ユウタ様の妻となるためには、この私とて剣からビームを撃つ(魔法剣)ばかりに頼っていてはいけないのですね。私も……私の剣を『ステッキ』として再定義し、敵を物理で『浄化』できるよう、更なる高みを目指します!」
「サブリナさん、それただの撲殺剣士になるだけだから! 剣の本来の使い方忘れないで!」
俺の悲鳴は、広大な訓練場の空に虚しく響き渡るだけだった。
愛する妻・キャルルの純粋な戦闘力と、それを「魔法少女のステッキ」という名のもとに正当化してしまった俺の浅はかな指示。
結果として、俺のオタク防衛戦は、サブリナさんに「魔法少女=究極の近接物理アタッカー」という、致命的かつ狂った勘違いを植え付けるだけで終わってしまったのである。




