EP 26
オタク飯による胃袋掌握
「――見よ! これぞ、我らオタクが愛してやまない、堕落と不健康の象徴! 栄養価ゼロ、カロリーと脂質の暴力、『ピザ』と『コーラ』だ!」
マルストア城の広々としたダイニングルーム。
普段であれば、お抱えの料理長が腕を振るった、地元の新鮮な野菜や魔獣の肉を使った健康的な料理が並ぶはずの長机の上には、見慣れない巨大な四角い紙箱がいくつも積まれていた。
俺は腕を大きく広げ、いかにも「悪の首領」といった邪悪な笑み(のつもり)を浮かべた。
スキル『地球ショッピング』で取り寄せたのは、地球のジャンクフードの王様、Lサイズの宅配ピザ(特盛りチーズとペパロニのハーフ&ハーフ)と、漆黒の液体がたっぷりと詰まった大型のペットボトル入り炭酸飲料である。
「いいか、サブリナさん。真の戦士は己の肉体を神殿のように敬い、厳しい食事制限で鍛え上げるもの。だが、僕たちオタクは違う! 部屋に引きこもり、運動もせず、この油まみれの円盤を貪り食い、骨を溶かすという噂すらあるこの黒い毒液をガブ飲みするんだ!」
どうだ、と俺はサブリナさんの顔を覗き込んだ。
戦士にとって、己の肉体を意図的に害するような生活習慣は、最も軽蔑すべき堕落の極みである。常にストイックに修行に励む彼女なら、「ユウタ様は、自己管理すらできない愚か者だったのですね!」と愛想を尽かすに違いない。
「……骨を溶かす、黒い毒液……」
サブリナさんは、グラスに注がれたシュワシュワと弾ける黒い液体と、箱の中でギラギラと脂を光らせる円盤を見つめ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「これこそが……ユウタ様が日々、己に課しておられる『内なる試練』なのですね……!」
「えっ」
「過酷な毒をあえて体内に取り込むことで、あらゆる毒物に対する耐性を獲得し、同時に内臓の魔力回路に強烈な負荷をかけて鍛え上げる……! まさか、食事の時間にすらそのような命がけの修練を積んでおられたとは!」
サブリナさんは感動に打ち震え、両手を胸の前でギュッと握りしめた。
またしても、俺の不健康アピールが、彼女の強固な「戦闘狂フィルター」によって「命がけの毒耐性トレーニング」へと変換されてしまったのだ。
「違う、違うんだ! これは単に味が濃くて体に悪いだけで、何の修行にもなってないから! ほら、キャルルもリーシャも、遠慮せずに食べてみてくれ。絶対に胸焼けするから!」
俺は半ばヤケクソになりながら、妻たちの皿にアツアツのピザを一枚ずつ取り分けた。
とろりと溶けた黄金色のチーズが、どこまでも長く伸びていく。ガーリックとトマトソース、そして焦げたチーズと肉の香ばしい匂いが、ダイニングルーム全体に暴力的なまでに充満していた。
「では、いただきますね……。あむっ」
まず最初に一口かじったのは、月兎族のキャルルだった。
サクッ、というクリスピーな生地の音の直後、彼女の頭の上にある長いウサギの耳が、ピーン! と真っ直ぐに立ち上がった。
「っ……!? な、なんですかこれぇぇっ!?」
キャルルは大きな瞳をさらに見開き、信じられないものを見るような顔で、手元のピザを凝視した。
「お肉の旨みと、このドロドロにとろけた濃厚な乳製品……! それに、酸味のある赤いソースが絶妙に絡み合って……噛めば噛むほど、お口の中に幸せが爆発します! 勇太様、これ、お野菜は全然ないのに、どうしてこんなに美味しいんですか!?」
「え、あ、うん。ジャンクフードだからね。味覚を直接ぶん殴るように作られてるというか……」
「私もいただくわ……んっ!」
エルフのリーシャも、優雅にピザを一口かじった瞬間、その碧色の瞳を限界まで見開いた。普段は森の果実や薄味の料理を好むエルフにとって、この脂質と塩分の塊はあまりに刺激が強すぎるはずだった。
だが。
「……信じられない。何という濃密な味……! これほどのカロリーを一度に摂取すれば、普通は体が拒絶するはずなのに、この計算し尽くされた香辛料の配合が、次の一口を強制的に要求してくるわ! 魔術的な洗脳にも似た、恐ろしいほどの依存性……!」
リーシャは震える手で二口目、三口目へと喰らいつき、あっという間に一枚を平らげてしまった。
そして、その脂っこくなった口内を洗い流すように、グラスに注がれたコーラをあおる。
「……っ!! な、何よこの黒いお水! 口の中で無数の細かい気泡が弾けて、喉の奥をバチバチと刺激していくわ! なのに、すごく甘くて、油っぽさを一瞬で消し去ってくれる……! はぁっ……なんて、なんて恐ろしい飲み物なの!」
俺の愛する妻たちは、完全に地球のジャンクフードの虜となり、目をキラキラさせて二枚目のピザへと手を伸ばしていた。
異世界には存在しない、科学と欲望の結晶である「現代のオタク飯」。その麻薬的な美味しさを、俺は完全に舐めていたのだ。
その光景を見ていたサブリナさんは、意を決したようにピザの一切れを手に取った。
「ユウタ様が日々の糧とされ、奥方たちですら恐れる未知の食事……! 私も、戦士の端くれとして、この試練に挑ませていただきます!」
サブリナさんは、まるで毒薬を口にするかのような悲壮な決意と共に、ピザをガブリと大きくかじり取った。
「――ッ!!!」
その瞬間、サブリナさんの全身を、雷に打たれたような衝撃が駆け抜けた。
圧倒的な塩気。溢れ出す豚肉の脂。濃厚すぎるチーズのコク。
それらが渾然一体となって、彼女の舌の上の味蕾を容赦なく蹂躙していく。
「あ、ああ……! な、何という、圧倒的な熱量……!」
サブリナさんは、咀嚼しながらハラハラと涙を流し始めた。
「口に入れた瞬間から、体内へと凄まじいエネルギーが流れ込んでくるのが分かります! これほど高密度に圧縮された魔力……いえ、体力回復食が存在したなんて! これさえあれば、何日続く激戦であろうと、一瞬でスタミナを全快させることができる……!」
「だから、それはただの太る食べ物であって、戦闘用レーションじゃないってば!」
俺のツッコミなど、もはや彼女の耳には届いていなかった。
サブリナさんは、ピザを飲み込むように平らげると、グラスのコーラを一気に喉へと流し込んだ。
「ゴクッ……ゴクッ……プハァァッ!!」
清楚な令嬢らしからぬ、豪快な飲みっぷりだった。
炭酸の刺激に彼女は目を白黒させ、口元を手の甲で拭いながら、荒い息を吐き出した。
「の、喉の奥で小規模な爆発が起きている……ッ!? しかし、この黒い薬液を飲んだ瞬間、先ほどの重い油が一掃され、さらに戦い(食事)を続けられるように精神が覚醒しました! 極限状態の兵士を無理やり奮い立たせる、恐るべき闘薬……!」
サブリナさんは、すっかり空になったグラスを机にドンッと置き、熱を帯びた、とろけるような瞳で俺を見つめた。
「ユウタ様! このような素晴らしい、超実戦型の携帯食料を日常的に摂取しておられるとは! 貴方様の強さの秘密の一端に触れることができ、私、感激いたしました! おかわりを、所望いたします!」
「僕の不健康アピールが……ただの美食家英雄の振る舞いになってる……」
俺は、楽しそうにピザを頬張る三人の美女を前に、力なく机に突っ伏した。
「ガハハハハ! おい優太、この『ぴざ』ってやつ、すげぇ美味いな! 酒のツマミに最高だぜ! 俺様の分も追加で頼むわ!」
いつの間にか同席していた親友のイグニスが、親指を立てて満面の笑みを浮かべていた。
ダメだ。嫌われるどころか、完全に胃袋を掌握してしまった。
オタク防衛線は、もはや内側から甘く美味しく溶かされ、完全に決壊の時を迎えようとしていたのである。




