EP 25
すれ違う変態性。それは深淵なる戦士の哲学
「――愛と勇気の戦士ッ! ティンクルピーチ、ここに推参ッ!!」
マルストア領の城の中庭に、凛とした、しかしどこか殺気を帯びた美声が響き渡った。
ドゴォォォンッ!!
その決め台詞と同時に、サブリナさんが勢いよく片足で大地を踏みしめ、両手で頭上にハートの形を作る「ティンクル・ポーズ」を決める。
ただ可愛らしいだけのアニメのポーズのはずが、Sランク魔法剣士である彼女が全力で実行した結果、踏み込んだ足元の石畳がクレーター状に粉砕され、周囲に凄まじい魔力の衝撃波が巻き起こった。
「……ユウタ様。いかがでしょうか。これが、貴方様が信仰する『魔法少女』の基本姿勢……ティンクル・ポーズですね!」
サブリナさんは、ハート型に組んだ両手の隙間から、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光で俺を見つめてきた。
その背後には、彼女が放った濃密な魔力が、まるで闘気のように陽炎となって立ち昇っている。
「……うん。ポーズの角度は完璧だけど、どうして石畳が粉々になってるのかな? アニメのピーチちゃんは、そんな破壊神みたいなオーラ出してないんだけど……」
俺は、中庭の惨状を見つめながら引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
サブリナさんがマルストアに突撃してきてから、数日が経過していた。
俺は彼女をドン引きさせて自発的に帰らせるため、「僕の妻になるなら、魔法少女の教義(オタ活)を学んでもらう」という無茶苦茶な条件を突きつけた。
常識ある貴族の令嬢なら、こんなふざけたお遊戯につき合わされる時点で激怒して帰るはずだったのだ。
しかし、結果はこの通りである。
「素晴らしいです、ユウタ様……!」
サブリナさんは興奮した様子で、額の汗を拭いながら熱弁を振るい始めた。
「一見すると隙だらけの奇妙な姿勢に見えますが、両手を頭上に掲げることで相手の視線を上に誘導し、同時に片足に全体重と魔力を乗せることで、いかなる方向からの攻撃に対しても即座に最高速度のカウンターを放てる! まさに、死中に活を見出す究極の『後の先』の構えですね!」
「いや、ただヒロインが可愛く見得を切ってるだけなんだけど……」
「さらに、この『愛と勇気の戦士』という言霊! 自らを奮い立たせるだけでなく、周囲の大気中の魔力と自身の波長を強制的に同調させる、極めて高度な自己暗示の無詠唱魔法……! オタクという道の奥深さ、恐れ入りました!」
だめだ。完全に重症だった。
俺が何を言っても、彼女の「戦闘狂フィルター」を通ると、すべてが洗練された暗殺術か魔法理論に変換されてしまう。
「サブリナさんの言う通りだわ、勇太!」
そこに、本物の魔法少女のコスプレ服(超実用的戦闘服)に身を包んだリーシャとキャルルまでが、目を輝かせて会話に加わってきた。
「私もあのポーズを試してみたのだけれど、頭の上で腕を交差させることで、体内の魔力回路が一時的にショートし、それを解放した瞬間に普段の三倍の威力の魔法が撃てるようになるの! 勇太が教えてくれたこの『決めポーズ』、理にかなった魔力圧縮の儀式だったのね!」
「私なんか、あのポーズから繰り出すダブルトンファーの回転が、いつもよりずっと鋭くなりました! 魔法少女って、すごい戦闘集団なんですね!」
妻たちまでもが、変な方向で覚醒し始めている。
中庭では今、ピンクとブルーのフリルを着た絶世の美女三人が、真剣な顔で「どうすればより殺傷力の高いティンクル・ポーズが取れるか」という地獄の武学談義に花を咲かせていた。
(違うんだよ……僕が求めているのは、もっとこう、ジメジメした気持ち悪いオタク空間なんだよ……。なんでこんな、屈強な戦士たちの修行場みたいになってるんだ……)
俺が頭を抱えていると、ポン、と肩を叩かれた。
親友のイグニスだった。彼は手にしたリンゴをかじりながら、中庭の惨状を見てニヤニヤと笑っている。
「どうだ、優太。お前の『変態偽装作戦』の成果は」
「見れば分かるだろ。大失敗どころか、マルストアの武力が無駄に底上げされてるよ」
俺が恨めしそうに睨むと、イグニスは肩をすくめた。
「まあ、諦めろ。そもそもお前が『キモい変態』を演じきれてねえんだからな。サブリナ嬢からすりゃ、あの最強のユウタが真面目な顔で教えてくれる儀式だ。何か深い意味があると思い込むのは当然だろ」
イグニスの言う通りだった。
俺自身の生真面目な気質が、彼女たちの誤解に拍車をかけている。
「……サブリナさん、本当に真面目で、良い子なんだよな」
俺はぽつりと呟いた。
サブリナさんは、俺が教えた支離滅裂なアニメの設定やセリフを、夜遅くまで一生懸命ノートに書き写して復習していた。彼女はただ純粋に、武の高みを目指し、そして俺という男を心から尊敬し、理解しようと努力してくれているのだ。
そんな彼女を、俺の個人的な「愛する妻たちへの誠実さ」というエゴのために、ピエロのように騙して振り回している。
(……罪悪感で、胃に穴が開きそうだ)
俺の心の奥底にある正義感が、彼女を欺き続けることに激しく警鐘を鳴らしていた。
だが、ここで真実を打ち明けてしまえば、シャリゼ侯爵家との婚約話が本格的に動き出してしまう。妻たちを悲しませたくないという想いと、サブリナさんへの申し訳なさの板挟みで、俺は苦悶の表情を浮かべた。
「おいおい、そんな死にそうな顔すんなよ」
イグニスが俺の背中をバンと叩いた。
「サブリナ嬢はお前を戦士として尊敬してるから、武術や修行めいたことで嫌われようってのがそもそも間違いなんだよ。アプローチを変えろ。もっと、戦士として根本的に軽蔑されるような生活態度を見せつけるんだ」
「生活態度……?」
「ああ。例えば、食事だ。戦士にとって身体は資本。だが、お前が言ってた『オタク』ってやつらは、もっと不健康で怠惰なもん食って生活してるんじゃないのか?」
その言葉に、俺の脳内に電流が走った。
そうだ。戦士としての行動でドン引きさせられないなら、生活習慣そのものを腐らせてみせればいい。
地球のオタク文化の象徴とも言える、あの「堕落の食事」。
徹底した健康管理を重んじる異世界の戦士であるサブリナさんなら、あんな不健康極まりない食事を見れば「己の肉体を管理すらできない堕落者」として、今度こそ確実に愛想を尽かすはずだ!
「……天才か、イグニス! よし、今日の夕食から、作戦を次のフェーズに移行する!」
俺はスキル『地球ショッピング』の画面を脳内で開き、「高カロリー・高脂質」のカテゴリーを検索し始めた。
「サブリナさん! 今日の夕食は、僕たちオタクの神聖なる晩餐だ! 覚悟しておいてくれ!」
俺が気合いを入れて叫ぶと、サブリナさんはティンクル・ポーズを解き、頬を紅潮させて深く頷いた。
「はいっ! ユウタ様の御心を形作る、神聖なるお食事……! 私、何を口にしようとも、決して後退みません!」
彼女の瞳には、まだ見ぬ厳しい修行に挑むような、悲壮なまでの決意が宿っていた。
すれ違い続ける俺たちの防衛戦は、戦場を中庭からダイニングへと移し、さらなるカオスへと突き進んでいくのだった。
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