EP 24
サブリナ襲来! オタク防衛線の幕開け
「――開けるぞ。僕の、貞操を懸けた戦いの幕開けだ」
重厚な木製の正門に手をかけ、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
門の向こうに立つのは、泣く子も黙るSランク魔法剣士にして、俺を強引に婿にしようとしている張本人。
ギィィィッ、と重い音を立てて門が開く。
そこには、抜けるような青空の下、銀色の髪を風に靡かせた美しい令嬢が立っていた。
サブリナ・シャリゼ。帝都の武術大会でその名を轟かせた誇り高き魔法剣士は、長旅の疲れを一切見せず、純白の騎士服に身を包んで凛と佇んでいる。
「ユウタ様! 突然の訪問、お許しください。どうしても、一日でも早く貴方様にお会いしたくて……!」
サブリナさんは頬をほんのりと赤く染め、乙女のような可憐な表情で俺を見つめた。
その純粋な好意は痛いほど伝わってくるが、俺には心に決めた愛する二人の妻がいるのだ。ここで情けをかけては、全員が不幸になる。
俺は心を鬼にし、先ほどイグニス相手に練習した「キモオタ・ムーブ」を全力で発動させた。
「デュ、デュフフフフ……! よ、よくぞ参られた、サブリナ殿! 拙者は今、大いなる儀式の最中でござるよ!」
俺は背中を丸め(ようと努力し)、両手に持った二本のサイリウム(ピンク色)を顔の前でクロスさせ、奇妙なステップを踏みながらサブリナさんの前に躍り出た。
さらに、胸を張って、着ているフルグラフィックTシャツ――アニメ『魔法少女ティンクルスター』の主人公・ティンクルピーチの巨大な顔面プリント――を見せつける。
「見よ! この拙者の愛の結晶を! 拙者は、二次元の美少女の脚を舐め回すように眺めるのが何よりの至福! 剣を振るうなど野蛮な真似はもうやめ、これからは部屋に引きこもってオタ活に専念する所存でござるぅぅ!」
言い切った。
自分で言っていて吐き気がするほどのクズ発言だ。英雄として名を馳せた男が、実は救いようのない変態の引きこもり志願者だったと知れば、誇り高い彼女は必ず愛想を尽かすはずだ。
「さあ、幻滅したならさっさと帝都へ帰るが……いい……?」
勝利を確信し、俺はサブリナさんの顔を覗き込んだ。
激怒しているか、あるいは汚物を見るような目で見下しているか。
しかし。
サブリナさんの紫色の瞳は、驚愕に見開かれた後、信じられないものを見るかのように、微かに震え始めていた。
「ユウタ、様……。貴方というお方は、どこまで高みを目指しておられるのですか……!」
「……はい?」
サブリナさんは感極まったように両手を胸の前で組み、熱を帯びた瞳で俺の奇抜な服装を凝視した。
「その、胸に描かれた極彩色の乙女の似姿……! まさか、異国の軍神でしょうか? 目を引く派手な色彩で敢えて自身の位置を敵に晒し、いかなる攻撃も正面から打ち破るという、強者の覇気を感じます!」
「いや、軍神じゃなくて、ただの魔法少女のアニメキャラなんだけど……」
「そして、その頭に巻いた鮮やかなピンクの布! 額に魔力を集中させるための、特別な呪具ですね!? さらに極めつけは、両手に握られたその発光する短い棒! 魔力を極限まで圧縮し、光の刃として顕現させる直前の状態……! なんという恐ろしい魔力制御機構!」
「違う! これサイリウム! ただ光るだけのオモチャ!」
俺の必死の訂正は、彼女の強固な「戦士フィルター」の前に完全に弾き返されていた。
「デュフフ、という独自の呼吸法。それに、相手の脚の動きを注視して重心移動を読むという、徹底した実践的な戦闘理論……。ああ、何という事でしょう! 私は、貴方様の深淵なる武の哲学を、少しでも『野蛮』だなどと勘違いした自分が恥ずかしい!」
サブリナさんはその場に片膝をつき、まるで神聖な儀式を目の当たりにした信者のように首を垂れた。
「既存の常識や、貴族としての体裁などにとらわれない、真の実力者ゆえの自由な境地……! ユウタ様、私は貴方様を、心の底から尊敬申し上げます!」
「なんでそうなるんだよおおおおおっ!?」
俺は両手のサイリウムを地面に叩きつけそうになった。
俺の生来の姿勢の良さと、無駄に響く良い声のせいで、イグニスの予言通り「高潔な戦士の独自の儀式」として完全に好意的に解釈されてしまったのだ。
「――勇太様! お加勢いたしますわ!」
「勇太、私たちも一緒に戦うわよ!」
俺が頭を抱えて絶望していると、屋敷の奥から二つの可憐な影が飛び出してきた。
キャルルとリーシャだ。俺の危機を察知し、急いで駆けつけてくれたらしい。
だが、彼女たちが身に纏っているのは、先ほど俺が買い与えた「魔法少女のコスプレ衣装」だった。
ピンクとブルーのフリルが風に舞い、短すぎるスカートから健康的な太ももが惜しげもなく晒されている。
「キャルル! リーシャ! だ、ダメだ、今はその服で出てきちゃ……!」
俺が制止するより早く、サブリナさんが弾かれたように顔を上げた。
そして、フリフリの魔法少女姿で武器を構える二人の姿を見て、息を呑んだ。
「あ、貴女たちは……武術大会で相見えた、月兎族の戦士と、エルフの魔術師……! そ、その恐ろしいまでの装束は、一体……!」
サブリナさんは、ガタッと立ち上がり、後ずさった。
彼女の目は、フリルの可愛さなど全く見ていなかった。彼女が見ていたのは、その装備の「異常なまでの実用性」だった。
「関節の動きを一切阻害しない、極限まで防御を捨てた超軽量化……! いや、違う。布の表面に、恐ろしいほどの魔力が循環している! 全く隙のない魔力障壁を纏いながら、最高速度で敵を殲滅するための、超攻撃型戦闘服!」
サブリナさんは戦慄したように肩を震わせ、そして、尊敬と羨望の入り混じった視線を俺に向けた。
「ユウタ様……。貴方様の奥方たちは、これほどまでに洗練された武の装束を纏っておられるのですね。これが、ユウタ様が信仰する『魔法少女』という名の、愛と正義の戦闘教義……!」
「ち、違う! ただの趣味全開のコスプレ服だ! 僕が着せたんだ! 気持ち悪いだろ!?」
「いいえ! 実用性を極限まで追求した結果、このような美しい形に行き着いたのですね。機能美の極致です!」
もうダメだ。
何を言っても、彼女の頭の中では「究極の戦闘集団・マルストア」というイメージに変換されてしまう。
サブリナさんは決意に満ちた表情で、俺の前に進み出た。
そして、胸に手を当てて高らかに宣言する。
「ユウタ様! 私も、貴方様にふさわしい妻となるため、その『魔法少女』とやらの戦闘教義、一から学ばせていただきます!」
俺の貞操防衛戦は、開戦わずか数分にして、大音響と共に完全崩壊の音を立てていた。
どこからか、親友のイグニスの大爆笑する声が聞こえた気がした。
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