EP 23
親友イグニスの憂鬱。正義の英雄はキモくなれない
「……で? 俺を呼び出して早々、そのふざけた格好とセリフは何なんだ、優太」
マルストア領の屋敷の中庭。
呼び出しを受けてやってきた竜人族の親友、イグニスは、巨大な戦斧を肩に担いだまま、冷ややかな、そして心底呆れたような目を俺に向けていた。
俺の現在の服装は、貴族としての威厳あるフロックコートでも、戦士としての身軽な革鎧でもない。
「地球ショッピング」でなけなしのポイントを叩いて緊急購入した、アニメ『魔法少女ティンクルスター』の主人公が全面にプリントされた「フルグラフィックTシャツ」である。
頭には推しのイメージカラーであるピンク色のバンダナを巻き、両手には謎の光を放つサイリウム(ケミカルライト)をしっかりと握りしめていた。
「笑わないで聞いてくれ、イグニス。これは、僕の貞操と、キャルルやリーシャとの平和な家庭を守るための、血を吐くような防衛戦の準備なんだ」
俺は真剣な面持ちで、帝都のシャリゼ侯爵家で起きた「政略結婚の罠」と、それを回避するための「変態オタク偽装作戦」の概要を親友に説明した。
俺の話を黙って聞いていたイグニスは、数秒の沈黙の後――。
「ブッ……ギャハハハハハハハッ!!!」
腹を抱え、地面に転げ回らんばかりの大爆笑を放った。
「ヒィーッ、腹痛てぇ! あのAランク魔獣を正面からぶっ飛ばした英雄様が、女一人の縁談から逃げるために、そんな奇天烈な服を着てピエロを演じるってか!? ガハハハッ、最高じゃねえか優太!」
「笑い事じゃないんだ! 僕は至って真面目だぞ!」
「いや、分かってる、分かってるぜ。お前のそのクソ真面目な『俺の愛は妻たちのものだ』って理屈はな。俺様も嫌いじゃねえよ」
イグニスは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「で? 俺様をわざわざ呼んだってことは、その『変態』とやらの演技指導でもしてほしいってことか?」
「ああ。サブリナさんはSランクの魔法剣士だ。生半可な演技じゃ絶対に見破られる。だから、客観的に見て僕が『心底気持ち悪い、救いようのないクズ』に見えるかどうか、厳しくジャッジしてほしいんだ」
「よしきた、任せとけ。俺様にかかれば、どんな粗も見逃さねえぜ。さあ、やってみな!」
俺はコクリと頷き、一度深く深呼吸をした。
前世で見た、ステレオタイプな「キモオタ」のイメージを脳内に呼び起こす。背中を丸め、視線を泳がせ、手を揉み手のようにすり合わせながら、口角をだらしなく上げるのだ。
よし、いける。
俺はイグニスに向かって、ゆっくりと、そしてねっとりとした声で台詞を放った。
「デュフフ……拙者は、この魔法少女ティンクルピーチの、白くて滑らかな御御足を、下から舐め回すように見るのが至高の喜びでござるよぉ……」
言い切った。
自分でも鳥肌が立つほど、最低で気持ち悪いセリフだ。これなら間違いなくドン引きされる。
だが。
俺の渾身の演技を見たイグニスの表情は、ドン引きするどころか、ひどく複雑な、まるで「珍妙な生き物」を見るような顔になっていた。
「……どうだ? 気持ち悪かっただろ?」
「……優太。お前、自分が今、どんなふうに見えてるか分かってんのか?」
イグニスは深くため息をつき、腕を組んだ。
「まず、姿勢だ。お前、背中を丸めて猫背にしようとしてたみたいだが、日頃の薙刀の鍛錬のせいで体幹がブレてねえ。その結果、ただの『いつでも相手の喉笛を掻き切れる、極めて洗練された前傾の戦闘態勢』になってるぞ」
「えっ!?」
「次に目だ。『下から舐め回すように見る』とか言ってたが、お前のその目は、濁るどころか正義感と意志の強さでキラキラ輝いてやがる。まるで、強大なドラゴンを前にして『俺が皆を守る!』と決意を固めた聖騎士の目だ」
「な、なんだって……!?」
「そして最後、その声だ。『デュフフ』だの『ござるよ』だの、ふざけた単語を並べてるが……腹からしっかり声が出てるせいで、無駄に響きが良すぎる。大衆の前で高らかに演説をぶつ英雄のトーンだ」
イグニスはズバッと、容赦のない致命的な宣告を下した。
「総合して評価してやる。……お前の今の演技は、『本当は高潔な魂を持っているのに、愛する者を守るために、あえて自ら泥を被って変態の汚名を着ようとしている、悲劇の英雄』にしか見えねえ」
「そ、そんな馬鹿な……!」
俺は頭を抱えた。
骨の髄まで染み込んだ正義感と、武人としての生真面目な気質が、ここに来て俺の「変態化」を全力で阻害しているのだ。
「イグニスさんの言う通りですわ、勇太様!」
いつの間にか縁側で見ていたリーシャが、うっとりとしたため息をつきながら拍手を送ってきた。
「『デュフフ』という奇妙な呪文も、勇太様が発すると、まるで古代の神聖な詠唱のように聞こえます。その自己犠牲の精神、エルフの私でも胸が熱くなりましたわ!」
「勇太様、とってもカッコよかったです! 魔法少女の脚を舐め回すって言ってる時の真剣な眼差し、まるで真理を追究する賢者様みたいでした!」
キャルルまでもが、頬を赤らめて両手を組んでいる。
「違う、違うんだ! 僕が求めているのはそういうのじゃない! もっと底辺の、人間のクズみたいな不潔さなんだよ!」
俺はサイリウムを振り回しながら絶叫した。
妻たちに惚れ直されてどうする。このままでは、サブリナさんを追い払うどころか、「既存の価値観に囚われない、独自の哲学を持った強者」として逆に好感度を上げてしまう危険性すらある。
「ダメだ、もっとだ! もっと体の芯から腐りきったような、本物のクズのオーラを出さないと……! イグニス、もう一回だ! 次はもっと酷いセリフを言うから!」
「いや、何度やっても同じだと思うぞ……。お前、根が真っ直ぐすぎるんだよ」
俺が必死に姿勢を崩そうと四苦八苦し、イグニスが呆れ返っていた、まさにその時だった。
『――ごめんくださーい! ユウタ様、いらっしゃいますかー!』
屋敷の正門の向こうから、よく通る、凛とした女性の声が響き渡った。
その声には聞き覚えがあった。いや、忘れるはずもない。帝都の武術大会でキャルルと激闘を繰り広げた、あの銀髪の魔法剣士の声だ。
「なっ……!?」
俺は全身の血の気が引くのを感じた。
「うそだろ……!? まだ今週中って言ってただけで、具体的な日程は決まってなかったはずじゃ……!」
『シャリゼ侯爵家より参りました、サブリナ・シャリゼです! ユウタ様にお会いしたく、馳せ参じました!』
想定よりも一週間は早い、まさかの強襲。
シャリゼ侯爵の行動力が早すぎるのか、それともサブリナさん自身の想い(勘違い)が暴走した結果なのか。
「おい優太! どうするんだよ! 相手はもう目の前だぞ!」
イグニスが焦ったように声を上げる。
俺は、自分が今着ている「魔法少女のフルグラフィックTシャツ」と、両手に持ったサイリウムを見下ろした。
着替える時間はない。こうなったら、ぶっつけ本番でオタク防衛線を張るしかない。
「……いくぞ。僕の、愛と貞操を懸けた戦いだ……!」
俺は謎の覚悟を決め、輝くサイリウムを握り締めながら、正門へと重い足取りで向かっていくのだった。




