EP 25
「わ、分かった! 分かったから押すな、イグニス!」
イグニスのあまりに乱暴な檄に呆然とする間もなく、勇太の背中を巨大な手が容赦なく押し出していた。
「ぐだぐだ言ってねえで、さっさと謝りに行くんだよ! で、ついでに茶にでも誘って、最高に甘い言葉で機嫌を取るんだ!」
もはや恋愛の達人気取りの竜人にぐいぐいと背中を押され、勇太はパニックに陥る。
「む、無理だって! 急にそんな、意識したら……どう話せばいいか……! あ、そうだ、『地球ショッピング』で『絶対に失敗しない恋愛マニュアル』を検索して……」
理系医学生特有の『困ったら知識(本)に頼る』悪癖が出た、その時。
「馬鹿かてめえはッ! 女心に小細工すんじゃねぇ! 魂でぶつかれっつってんだよ!」
「ぐわぁっ!?」
イグニスの怒声と共に首根っこを掴まれ、勇太は文字通り引きずられるようにして、中庭のテラスへと強制連行された。
そこには、テーブルを挟んで、まだ少し不機嫌そうにハーブティーを飲んでいるキャルルとリーシャの姿があった。
「キャ、キャルル……。リーシャ……」
「あら、勇太様。私たちに何か、ご用かしら?」
「……」
リーシャは冷ややかな笑みを浮かべ、キャルルはぷいっとそっぽを向いている。そのあからさまな態度に、勇太の口からはしどろもどろの言葉しか出てこない。
「え、えっと、その……さっきは、ごめん。その、服……と、とっても、似合っていると……思う! すごく……綺麗だ」
その言葉に、キャルルの長い兎耳がピクンと動いた。
彼女はゆっくりと勇太の方を向き、頬を真っ赤に染めながら嬉しそうに微笑んだ。
「……っ! 嬉しい、です」
だが、隣のエルフは手厳しい。
「あら、それだけ? 繊細な乙女の心を二度も傷つけておいて、まさかそれで終わりじゃないわよね? もっとこう、決定的な言葉があるんじゃなくて?」
「け、決定的な言葉……? え? え、えっと、えっと……」
再び思考が完全に停止する勇太。
その時、彼の視界の端――植え込みの物陰から、イグニスが必死に『一枚の羊皮紙』を掲げているのが見えた。
急いで書き殴られたであろう、竜人流の『カンペ』だ。
勇太は藁にもすがる思いでそれに目をやり、パニック状態のまま、書かれた文字を一言一句違わず読み上げた。
「え、えっと……『お前たちのことが好きだ』……え? ……『俺と、け、結婚してくれ』……えぇぇッ!?」
自分の口から発せられた、信じられないパワーワード。
勇太が硬直するのと、キャルルが椅子を蹴り倒して飛びついてきたのは、ほぼ同時だった。
「――はいッ!! 喜んで! 私、勇太さんのお嫁さんになりますッ!!」
「ぐふぅッ!?」
満面の笑みで、瞳をキラキラさせたキャルルのフルタックル(愛情表現)を腹に受け、勇太は物理的にも精神的にもノックアウトされる。
「まぁ、勇太ったら。ずいぶんと直球で欲張りなのね」
リーシャも驚きで目を丸くした後、色っぽい流し目で勇太を見つめ、クスリと悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふっ、でも言質は取ったわよ。キャルルが第一夫人なら、私は第二夫人……いえ、年齢的には私が第一夫人かしら?」
「だ、第一夫人!? いや、あの、今のはイグニスが……!」
事態はもはや、誰にも止められない方向へと猛スピードで転がり始めていた。
植え込みの陰では、イグニスが「よっしゃあッ! 俺のカンペ完璧じゃねえか!」と滝のような涙を流しながら無言のガッツポーズを決め――
その中心では、未来の花嫁たち(確定)に両脇を固められた勇太が、完全に魂の抜け殻となって白く燃え尽きているのだった。




