EP 19
城内の密議とミスリルの重圧
未踏の丘陵地帯での歴史的発見から数日後。
マルストア城塞の最奥にある領主執務室は、分厚い扉が固く閉ざされ、息が詰まるほどの重苦しい沈黙に包まれていた。
部屋の中央、重厚なマホガニーのテーブルの上には、持ち帰られたこぶし大の『ミスリル原石』が一つだけ置かれ、ランプの光を吸い込んで鈍い白銀の輝きを放っている。
それを囲むのは、若き領主である勇太と、彼の領地経営を支える四人の最高幹部――執事のルンベルス、賢者ダボルグ、鍛冶師ドルグ、そして騎士団長のマンミヤだ。
「――とんでもないパンドラの箱を開けてしまいましたな」
最初に重い口を開いたのは、常に冷静沈着な執事ルンベルスだった。
「皆様、既にお分かりかとは思いますが、この一件はマルストアの存亡を左右します」
「ああ、無論だ」
ルンベルスの言葉を、腕を組んだ賢者ダボルグが引き継ぐ。
「調査団の者たちには、既に最高レベルの『口外無用』の魔法契約を済ませてある。今は念のため城の地下書庫で書類整理の仕事を与え、外部との接触を完全に絶っておるわ」
その迅速かつ徹底した対応に一同が頷く中、騎士団長のマンミヤだけが、わずかな戸惑いと興奮を隠しきれない様子で口を開いた。
「しかし……純度百パーセントのミスリル鉱脈ですよ? これほどの資源、速やかに帝都へ報告し、献上すれば、我らマルストアの功績は計り知れないものになるのでは? 勇太様の爵位も上がるはずです」
彼女の言葉は、帝国の騎士としての純粋な愛国心と、主君への忠誠心から来る正論だった。だが、その言葉を聞いた瞬間、ドワーフのドルグが「フン」と鼻を鳴らして吐き捨てた。
「馬鹿を言え、お転婆騎士。帝都の腐った貴族どもに知らせてみろ。奴らは『帝国の財産である』などと小難しい理屈をこねて大軍を送り込み、我が物顔でこの地を掘り返し、一欠けら残らず根こそぎ奪っていくぞ。文句を言えば、謀反の疑いをかけて俺たちを皆殺しにするのが関の山だ」
そのあまりに辛辣で生々しい物言いに、勇太は目を見開いて聞き返した。
「え……そうなんですか?」
「ええ。残念ながら」
ルンベルスが、眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、断定的に頷いた。
「ドルグ殿の言う通りです、勇太様。ミスリルとは、それほどの『呪い』を持つ金属。一国、いや、大陸全土の軍事バランスすらひっくり返しかねない最高級の戦略物資です。一度その存在が中央に知られれば、帝国が我々のような辺境の成り上がり貴族に独占を許すはずがございません」
ダボルグも、深くため息をついて付け加える。
「この鉱脈の事をバカ正直に公表するのは、『私共は、防衛力に見合わない莫大な黄金を持っております。どうぞ奪いに来てください』と、大陸中のならず者や隣国に宣伝しているようなものじゃ。街は一瞬で戦火に呑まれるぞ」
その容赦ない現実を突きつけられ、マンミヤは「しかし……!」と悔しそうに唇を噛んだ。
「これほどの価値を持つ鉱脈を、みすみす土の下に眠らせておくというのですか? それはあまりに惜しい……」
その言葉こそ、この秘密会議の核心だった。
全員が押し黙り、視線が自然と、テーブルで静かに指を組んでいたルンベルスに集まる。彼は、まるで最初から結論は決まっていたとでも言うように、ゆっくりと顔を上げた。
「ですから、マンミヤ殿。我々はミスリルそのものを『原石』として売るのではないのです」
「……と、申しますと?」
「我々は、そのミスリルを使って、このマルストアでしか作れない『圧倒的な製品』を作る。新型の魔導具でも、武具でも良い。そして、限界まで付加価値を付けたその『製品』だけを、少しずつ市場に流すのです。そうすれば、鉱脈の存在を秘匿したまま、この街に莫大な富を落とすことができます」
その瞬間、部屋の重い空気が一気に晴れ渡った。
原料を安売りするのではない。技術という付加価値をつけて高く売る。
それは、勇太がこれまで行ってきた『廃棄される小魚を干鰯にする』『魚を缶詰にする』という内政ロジックの、究極の最終形態だった。
「なるほど……!!」
勇太は、ポンと力強く膝を打った。
「原石を売らなければ、帝都の連中もまさかマルストアに『鉱脈』があるとは思わない。どこか別の国から仕入れた素材で加工していると勘違いしてくれる。それなら、僕たちの利益を最大化しつつ、安全も確保できる!」
「そういうことじゃな!」
ドルグも、己の職人魂に火がついたようにカカッと笑った。
「俺に任せりゃ、マギス・マグナムの量産だけじゃねえ! 大陸中の王侯貴族が血眼になって欲しがるような、最高のミスリル製品を作ってやらあ!」
希望の道筋は完全に定まった。
だが、勇太は最後に残った、そして最大の懸念を真っ直ぐな瞳で口にする。
「……では、今回の調査結果についての、帝国への正式な報告はどうする?」
ルンベルスは、待ってましたとばかりに、冷徹な執事の顔で完璧な『嘘』を用意していた。
「ええ。帝都へはこう報告書を提出いたします。――『先日発見された金属反応は、ごく小規模な鉄鉱石のものであり、調査の結果、採算が取れずすぐに枯渇いたしました』……と。ミスリルの鉱脈など、最初からこの世に無かったことにしてしまうのです」
それは、絶対君主である皇帝を欺くという、発覚すれば一族郎党処刑間違いなしの極めて危険な賭け(国家反逆)だった。
だが、マルストアの領民を守り、この街が豊かに生き残るためには、それ以外の道はない。
勇太は、テーブルの中央にあるミスリル原石に手を置き、四人の側近たちの顔を一人ひとり見渡した。
そして、小さく、しかし決して折れない覚悟を込めて頷いた。
「……分かった。その方針でいこう。すべての責任は、領主である僕が持つ」
「「「「ハッ!!」」」」
薄暗い執務室の中。
若き領主とその家臣たちは、国家を揺るがす一つの重大な秘密(共犯関係)を共有し、互いの命を預け合うように、固く、深く頷き合うのだった。




