EP 14
領主が起こす産業革命
マルストア城の領主執務室で行われている定例報告会。
重厚なマホガニーのテーブルの上には、リーシャたちが開発した新型ポーションの試作品、ドルグが打ち出した金属製の缶詰のサンプル、そして特産品として完成した最高品質の干鰯などが所狭しと並べられていた。
マルストアの新たな産業が、着実に形になりつつある証拠だ。
だが、執務机の奥で腕を組む勇太の顔に、満足の影はなかった。
「ポーションはリーシャとキャルルが屋敷の工房で。缶詰はドルグさんの工房で。干鰯は浜辺の施設で……。今はみんながそれぞれの場所で頑張ってくれているけど、これからの『圧倒的な量産化』を考えると、この体制じゃ限界が来る」
勇太は地図の上に点在する作業場を指差しながら、三人の側近たちに切り出した。
「すべての作業を一つの場所に集約して、巨大な施設で作った方が、絶対に効率が良いと思うんだ」
勇太の提案に、執事のルンベルスが真っ先に首肯した。
「仰る通りですな。完成した商品を帝都へ運ぶ際にも、あちこちの工房を回って集荷するより、一箇所から一斉に積み込めた方が、輸送コストも時間も大幅に削減できます。防衛と機密保持の観点からも、拠点は一つに絞るべきかと」
物流と管理のプロフェッショナルとして、彼は即座にその利点を理解した。
ドワーフの鍛冶師ドルグも、太い腕を組んで力強く頷く。
「うむ。一つの所で固まって作った方が、道具や資材の融通も利く。何より、ワシの目が全体に届くからのう。不良品を弾く『品質管理』の点でも間違いなく効率が良いぜ」
二人の実務的な賛同を得て、最後に壁際で本を読んでいた賢者ダボルグが、興味深そうに目を細めて尋ねた。
「ふむ。中央集権的な巨大生産体制か。理には適っている。……して? 若き領主様は、具体的にどんな設計図をお持ちなのだ?」
その挑発的な問いを待っていたかのように、勇太はスッと手をかざし、スキルを発動した。
軽い電子音と共に、彼の目の前に再び異世界の知識が詰まった専門書が数冊出現する。
『工場設計と生産ラインの基本』『作業効率を最大化する動線管理術』『近代工業の夜明け・フォード生産方式』――。
「工場……? 生産、ライン?」
ダボルグは、その中の一冊『生産ラインの基本』を震える手で手に取った。
ページをめくった瞬間、天才ハイエルフの表情が凍りついた。
そこには、一つの製品が完成するまでの工程を極限まで細分化し、ベルトコンベアという動く作業台の上で、複数の人間が「自分の担当するたった一つの部品だけ」を取り付けていくという、未知の概念が図解されていた。
「こ、これは……!! な、なんという合理性……いや、狂気だ!」
ダボルグの目が、かつてないほどの驚愕に見開かれる。
「通常、物作りとは一人の熟練した職人が、最初から最後まで全工程を通すものだ。だがこの『流れ作業』とやらは違う! 職人の技術を極限まで分解・単純化し、素人でも覚えられる反復作業へと落とし込んでいる!」
彼はページをめくる手を止められず、顔を引きつらせながら笑い始めた。
「一人が全てを作るのではなく、連続した流れの中で分業する……。これならば、特別な技術を持たないただの村人であっても、熟練の職人を遥かに凌駕する速度で製品を組み上げられる! 個人の才能を歯車に変え、全体の生産性を何百倍にも高めるシステム……! 天才的だ……いや、命を機械の部品に変える、悪魔的な発想ですらあるぞ!」
「ベルト・コンベア……? フン、面白え! こりゃあ最高に面白えぞ!!」
ダボルグが戦慄する傍らで、ドルグは設備や機械の設計図に釘付けになっていた。
「この歯車と歯車の組み合わせ……動力の伝え方と変換……なるほどな! 地球とやらでは電気や蒸気を使っているようだが、この仕組みなら『川の急水流』や、力自慢の『ロックブル(魔牛)』を歩かせる動力で、この巨大な機械の帯を動かせるかもしれん! 若い衆を総動員して、早速この『工場』とかいうデカい作業場を建ててやろうじゃねえか!」
ドワーフの職人魂が、新たな創造の喜びに轟々と燃え上がっている。
「……ユウタ様。これは、もはや単なる工房の集約ではございませんな」
熱狂する二人を静かに見守っていたルンベルスが、震える声で、しかし深い畏敬の念を込めて勇太に言った。
「特別な技能を持たない平民たちにも、等しく『仕事』と『賃金』を与えることができる。街に爆発的な雇用を産み出し、貧困を根絶し、マルストアの経済水準を根底からひっくり返す……まさに、国家規模の大事業ですな」
「うん。この街を、大陸で一番豊かで誰もが笑顔で暮らせる場所にしたいんだ。頼むよ、三人とも」
勇太が力強く頷くと、三人の側近たちはそれぞれの胸に熱い野心を抱き、深く頭を下げた。
一人の若き領主が持ち込んだ、地球の「常識」。
それは、マルストアという辺境の港街を震源地として、大陸のどの国もまだ経験したことのない、**『産業革命』**という名の巨大な嵐を巻き起こそうとしていた。




