EP 11
悪魔のトレーニングと騎士団長の驚愕
マルストアの領主執務室。
窓から入り込む夕方の潮風が、机の上に広げられた書類を静かに揺らしていた。勇太はそこに、三人の女性を呼び出していた。騎士団長のマンミヤ、そしてパーティーの仲間であるキャルルとリーシャだ。
「ユ、ユウタさん……。私とリーシャさん、それにマンミヤさんまで……一体、どんな大切なお話があるんですか……?」
キャルルは、勇太の真剣な眼差しに当てられたのか、長い兎耳をそわそわと動かし、もじもじしながら頬を朱に染めている。
「きゃ〜っ! まさか、ついにこの日が……! 領主夫人への心の準備が〜! ……って、えっ!? マンミヤさんもいるってことは、まさか……三股!? ユウタさん、いつの間にそこまで不埒な男にっ!」
「ぶっ!? なっ、何を言ってるんだキャルル!」
「キャルル様、落ち着いてください。『さんまた』とは一体何の陣形ですか?」
あまりに突飛な叫びに、椅子からずり落ちそうになる勇太。一方のマンミヤは、ケンタウロスの蹄で困惑したように床をカツンと掻き鳴らしている。
「コホンッ……。いいか、キャルル、落ち着け。今日三人に来てもらったのは、マルストア騎士団の『訓練メニューの抜本的改革』についてだ」
勇太が咳払いをし、真剣な口調で本題に入ると、マンミヤは瞬時に騎士の顔に戻り、胸の鎧を拳で叩いた。
「訓練の改革、でありますか。現在は、騎士団の練度を維持するため、基礎体力を削る走り込みに加え、実戦形式の対人戦闘を毎日課しております。兵たちの疲労も限界に近く、これ以上の強化は肉体を壊す恐れがあると考えておりましたが……」
「うん、マンミヤさんの配慮は正しいよ。オーバーワークは兵を潰すだけだ。……だけど、『壊れた肉体を瞬時に修復できる魔法』があるとしたら? 限界という壁を、一日で何度も超えられるとしたらどうなると思う?」
「……え? 魔法で修復……? しかし、それは重傷を負った際の話であって、日常の鍛錬に使うにはあまりにも贅沢、かつ魔力の無駄使いでは……」
マンミヤが当惑する中、勇太はスキルで出現させたホワイトボードに、ペンを走らせ始めた。
「いいかい。人間の筋肉は、激しい運動によって筋線維が微細な損傷を起こす。それを適切な栄養と休息によって修復した時、筋肉は以前よりも太く、強くなる。これを僕の世界では『超回復』と呼んでいるんだ」
勇太は、医学生としての知識を総動員し、筋肉細胞の断面図を描きながら説明を続ける。キャルルとリーシャは、その理路整然とした未知の「人体の理」に、息を呑んで聞き入った。
「通常、このサイクルには丸二日から三日かかる。でも、この世界の『回復魔法』があれば、筋肉の微細な損傷を数秒でリセットできるはずだ。……つまり、筋肉が壊れるまで追い込み、魔法で治し、栄養を摂って、またすぐに追い込む。このサイクルを一日で五回、十回と高速で回すんだ」
「……」
部屋が、静まり返った。
ルンベルスが淹れた紅茶がカップの中で揺れる音だけが響く。
「な、ななっ……!?」
真っ先に反応したのはリーシャだった。
彼女は卓越した回復術師としての視点から、勇太が提案した方法の『狂気』を即座に理解したのだ。
「……勇太。あなた、たまに本気で『悪魔』に見えてくるわ。それ、魔法で肉体は治せても、精神が持たないわよ。兵士たちは、一日のうちに何度も死ぬほどの苦痛と疲労を味わい直すことになるのよ?」
「そうだね。精神面でのケアも必要になる。でも、これを一ヶ月続ければ、騎士団の身体能力は数年分の修行に匹敵するレベルまで引き上げられる。……マンミヤさん、騎士団長として、どう判断する?」
問いかけられたマンミヤは、わなわなと全身を震わせていた。
彼女は自分の手のひらを見つめ、それから窓の外、夕日に照らされる未熟な部下たちが訓練している中庭を見た。
「……革命だ」
彼女の声は、低く、しかし熱狂を含んで響いた。
彼女は勇太の前に進み出ると、これまでにないほどの敬意を込めて、片膝をつき、深く頭を下げた。
「悪魔……? いいえ、これは騎士にとっての福音です! 勇太様、その『悪魔のサイクル』を、ぜひ我が騎士団に導入させてください! 我ら騎士は、守るべき民のためならば、精神が擦り切れるなど厭いません!」
マンミヤの瞳には、かつてないほど爛々とした光が宿っていた。
真面目すぎる彼女にとって、科学に基づいた効率的な「強さの階段」は、天啓以外の何物でもなかったのだ。
「分かった。ただし、リーダーのマンミヤさんが一番過酷なメニューになるけど、いいかな?」
「望むところであります!!」
こうして、マルストア騎士団の――そしてマンミヤの、地獄の(しかし、超効率的な)「地獄の超回復合宿」の幕が切って落とされたのだった。




