EP 10
豊穣の土と保存の知恵
帝都武術大会の熱狂から一月ほどが過ぎ、マルストアの高台にある城塞は、すっかり勇太たちの「家」として馴染んでいた。
その日、勇太が仲間たちの様子を見に裏庭へと足を運ぶと、そこではキャルルとリーシャが、土にまみれながら協力して新設した『薬草畑』の手入れをしていた。
「あ、勇太さ~ん! 見て見てっ!」
勇太の姿に気づいたキャルルが、兎耳をピンと立てて嬉しそうに駆け寄ってくる。
「勇太さんが教えてくれた『干鰯』を肥料に混ぜたら、薬草たちの成長がすっごく良いんです! 葉っぱも茎も、こんなに艶々してるんですよ!」
彼女が誇らしげに指さす先には、青々とした白月草が群生していた。驚くべきことに、その葉脈からは微かに燐光のような魔力の光が漏れ出し、以前とは比較にならないほど力強い生命力を放っている。
リーシャも、ふわりと立ち上がって満足げに頷いた。
「ええ、土の栄養価が爆発的に上がったおかげで、薬草に乗る『魔力の密度』が格段に違うわ。これなら、通常のものより遥かに治癒効果の高い上級ポーションや、特殊なバフ効果を持つ魔法薬だって量産できるわね」
「それは凄いな。期待してるよ、二人とも」
勇太が微笑むと、キャルルは「はいっ!」と元気よく答えた。
「もっとたくさん作れるようになったら、ニャングルさんに話をして、帝都だけじゃなくて大陸中の街へ販売経路を拡大しますからね!」
「頼もしいな」
勇太は頷き、そして思考を巡らせた。
(薬草はこれで良し。食糧の要であるサツマイモも順調だ。……そういえば、港では相変わらず小魚が大量に獲れている。干鰯にしてもまだ余るなら、それを『腐らせずに内陸の街まで長期間保存して運ぶ技術』がいよいよ必要だな)
彼は、完璧な解決策を思いつくと、仲間たちに声をかけた。
「ちょっと、ドルグさんの所に行ってくるよ!」
勇太が真っ直ぐにドルグの工房へ向かうと、中は相変わらず肌を焼く炉の熱気と、鉄を打つ重厚な音で満ちていた。
「おう、勇太様よ。どうした? マギス・マグナムの新しい改良案でも思いついたか?」
「それも進めたいんだけど、今日は別の相談なんだ」
勇太はドルグの前に立つと、スキルを発動して空間からいくつかの物を取り出した。
それは、金属製の円筒形の容器(缶詰)、ガラスの密閉容器(瓶詰め)、そして『図解・食品保存と加工技術』『缶詰・瓶詰製造の基本』といった現代の専門書だった。
「何だ? この奇妙な金属の筒は……。極限まで薄く、しかも寸分の狂いもなく円柱に成形されとる……。ドワーフの技術でも、ここまで均一に薄く延ばすのは相当骨が折れるぞ」
ドルグは職人の鋭い目で缶詰を手に取り、その精緻な作りに唸る。
「開けてみてください。中に魚の切り身が入っています」
勇太に言われ、ドルグは訝しげに工具を使って缶詰の蓋をキリキリと開けた。
途端に、オリーブオイルとハーブで煮込まれた魚の芳醇な香りが、煤けた工房の中にパッと広がる。
「こりゃあ……! いい匂いだ。しかも、全く腐ってもいねえ。たった今、厨房で調理されたばかりのようだぞ」
「それは、この『缶詰』という技術を使っているからです。食べ物を詰めて空気を抜き、完全に密閉した状態で高温の熱湯で煮沸するんです。そうすれば、食べ物を腐らせる目に見えない小さな原因(菌)が死滅して、中に外の空気が入らない限り……何ヶ月、いや、何年も保存が効きます」
「何年もだと……!?」
「ええ。軽くて丈夫だから兵士の携行食にもなるし、馬車に揺られても平気です。これがあれば、マルストアの海の幸を、遠く離れた山奥の村にだって新鮮なまま届けられる」
「そ、そりゃあすげぇ……ッ!!」
ドルグの目が、マギス・マグナムの構造を理解した時と同じ、あるいはそれ以上の狂気じみた輝きを放った。
保存食といえばカチカチの干物か、塩辛い塩漬けというこの世界の常識が、今、目の前でひっくり返されたのだ。
「ドルグさん。この『缶詰』、マルストアの工房で作れないかな? 任せても良いですか?」
勇太が尋ねると、ドルグはカッと血走った目を見開き、そして工房が揺れるほど豪快に笑い飛ばした。
「ったりめえよ!! 面白え、最高に面白えじゃねえか! 金属を加工して『時間』ごと食い物を閉じ込めるだと? やってやろうじゃねえか! よ~し、ドワーフの板金技術の粋を見せてやる! 絶対に腐らねえ、最強の缶詰を作ってやろうじゃないか!!」
その時である。
別件の報告のために工房を訪れ、入り口で二人のやり取りと「缶詰」を見ていた執事のルンベルスが、静かに、しかし確かな興奮で全身を震わせて呟いた。
「数年間も腐らず、持ち運びが容易な美食……。ユウタ様、これはただの食料ではございません。他国の王族や軍部が、喉から手が出るほど欲しがる『究極の兵糧(戦略物資)』となり得ます……!」
ルンベルスは眼鏡を押し上げ、誇らしげに新領主を見つめた。
「……干鰯に、上級ポーション、そして缶詰。新たな産業が、また一つ、このマルストアに産声を上げましたな」
勇太の現代の知恵と、仲間たちの異世界の技術が完璧に融合し、辺境の港街マルストアは今、大陸の経済を揺るがすほどの巨大な変革の時を迎えようとしていた。




