EP 9
領主の覚悟と十字架の銃
マルストアでの生活が落ち着きを見せ始めたある夜。
勇太は一人、城塞の切り立った城壁の上に立ち、月明かりに照らされる自らの領地を見下ろしていた。
穏やかな海面に反射する港の灯り。オレンジ色に漏れる家々の窓明かり。そして風に乗って微かに届く、一日の終わりを告げる人々の笑い声。
それら全てが、今や自分が守るべき、かけがえのない「日常」だった。
「ルンベルスさんの話だと、周辺の村を合わせれば、僕が預かっている命は数万人になる……」
その数字の重みが、目に見えない巨大な質量となって勇太の肩にのしかかる。これまでは、自分と仲間の身を守ればよかった。だが、これからは違う。
「領民を守るには、圧倒的な『抑止力』が必要だ。ドルグさんのマギス・マグナムで兵士の底上げはできる。でも、もしもヒドラやグリフィンのような、軍隊すら蹂躙する規格外の化物が現れたら……」
マンミヤの騎士団を、ただの肉壁として死なせるわけにはいかない。
出し惜しみをしている余裕など、どこにもなかった。
「……僕が、この手で一撃で決着をつけられる『切り札』を。たとえそれが、人道から外れた破壊の化身だとしても」
勇太は決意を固めると、深夜の誰も立ち入らない城塞奥の訓練場へと向かった。
静寂に包まれた広場の中央で、彼は『地球ショッピング』を起動する。ボードの検索欄に打ち込んだのは、これまでで最も重い、そして最も高価な一品だった。
「対物ライフル……バレットM82A1。……購入だ」
ポォン。
2000Pという膨大なポイントが消費された瞬間、勇太の眼前に、冷たく、黒く、そして長大な金属の塊が出現した。
「……でかいな。やっぱり、本物は」
全長1.5メートルに迫る巨体。極太のバレル。そして銃口には、十字の刻印のようにも見える巨大なマズルブレーキ。
それは「人」を撃つためではなく、軽装甲車両や建造物を粉砕するために設計された、近代兵器が生んだ「アンチ・マテリアル(対物)」の怪物だった。
勇太はマジックボックスから、掌ほどもある巨大な.50BMG弾(12.7mm弾)を取り出し、マガジンに込める。カシャン、と重厚なボルトを操作する音が、深夜の訓練場に冷たく響いた。
彼はライフルのバイポッドを立て、砂地に伏せて構えた。
スコープの十字線の先に捉えたのは、一キロ先に設置された試験用の巨大な岩塊だ。
勇太は深く、長く息を吐き――そして、引き金を絞った。
ゴオォォォォンッ!!!
鼓膜を直接揺らす轟音。火薬の爆発エネルギーが周囲の空気を震わせ、地面の砂が衝撃波で円形に吹き飛ぶ。
バットプレートを通じて、勇太の肩に「巨人に鉄槌で殴られた」ような強烈な衝撃が走った。
放たれた弾丸は音速の数倍で闇を切り裂き、一キロ先の岩塊を捉える。
次の瞬間――巨大な岩は、砕け散るのではない。内側から爆ぜたように、一瞬で「粉塵」へと変わり、視界から消滅した。
「…………っ、はぁ……はぁ……!」
勇太は痺れる肩を押さえながら、ゆっくりと上体を起こした。
命中した場所には、ただ白い煙が漂うだけ。あそこに、もし生身の魔獣がいたら。……想像するだけで背筋に冷たいものが走る。
「……反動も、結果も、デカすぎるな」
勇太は、手元にあるM82A1を静かに見つめた。
この力があれば、どんな巨大な敵からも民を守れる。だが同時に、この引き金を引く指一本で、あまりにも多くのものを奪ってしまう。
「……それでも、これが必要なんだ。領民を、仲間を、僕を信じてくれるこの街を守るためには」
彼は慎重な手つきで、熱を帯びた銃をマジックボックスへと仕舞った。
銃口の「十字架」が、月光を反射して一瞬だけ鈍く光る。
「この力を使うことで、僕の魂がどんな汚れを背負うことになっても……その十字架は、僕が一人で背負う」
月明かりの下、若き領主の瞳には、かつてないほど重く、そして揺るぎない「守護者」としての覚悟の光が宿っていた。




