見上げた空に星は写らず
「なんですかあれ!!」
「...コウタ、いんせきだよ」
「見たらわかりますよ!そこじゃなくて!なんで一体...」
「女王に師匠!あとそこのアホ!いいから逃げんぞ!!」
「こっちだ貴公ら!建物の影に隠れるぞ!!」
カイザの声に我に帰ったコウタ達は、先に逃げ出したカイザの後を追って一目散に駆け出していく。緑色の隕石は雲を突き破り凄まじい轟音を立てながら地面に向けて落ちてきている。そのサイズは考えていたよりも遥かに大きく、少なくともこの町にいる限り被害は避けられそうになかった。
「ありゃまずいね。ビルごとまとめて潰されるよこれ」
「...それじゃ...わたしにおまかせ...『吹き飛ばされた時』」
アザトースが地面に手をおくと、アザトースたちの体が白い光に包まれる。それと同時にコウタは隕石が緑色の光を放ち破裂するところと、そこの近くにものすごい勢いで向かう何か黒い影を見た。
「...よし」
「...アザトースさん何かしました?」
「...ときを...とばした...だから...のこるはけっかだけ」
「は?」
「さすがっす師匠!なに言ってるのか全然わかんないっすけど!」
「...べんきょ...しよっか」
白い光が晴れあたりを見渡すと、瓦礫と血まみれだったさっきまでよりもさらに酷い地獄絵図が生まれていた。街を覆うような摩天楼が全て消え去っている。爆心地となった地点はえぐれたアスファルトの一部が高熱でガラス化していた。
「にしても一体なぜ隕石が?」
「コウタ氏、それはこのサモンが説明しよう。信じてもらえるかわからんが...少なくともそこの少女の行いよりは理解してもらいやすいはずだ」
そう言ってサモンはアザトース達に自分達になにがあったかを緊迫した面持ちで話し始めた。
「私には理解できません。どうして戦おうとするのですか?アナタにはボロボロになってまで戦う理由はないはずですよ?」
「ならば問おうベルモット。貴様は嫌いな相手を倒したいとは思わないのかね?」
「仕事に差し支えなければそうしますとも。差し支えがなければですが。『緑の魔手』」
踊るように襲いくるツタを切り払いながらサモンは避けて回る。その動きは無駄がなく、常に紙一重でぬるぬると避けきっていた。しかし、ツタはベルモットに近づけば近づくほど、ベルモットに近づけさせまいとするかのようにその量と密度を増していく。完全な拮抗状態となっていた。
(このまま時間を稼ぎ続けていればカイザが到着するだろう。彼の火力があれば十二分に突破口はある...!)
「勝てる。そう思っていませんか?」
「当然、思っているともっ...!」
「浅はかですね。知ったことではありませんが」
ベルモットのため息に呼応して、ツタの攻撃の密度はどんどん増していく。やがてツタの中に明らかに触れてはいけなさそうな紫のもやを纏ったものも現れる。そのツタがアスファルトに打ちつけられるたびに、地面からジュワッと溶けるような音がなった。
「あと勘違いを訂正させてください。実は私、近接戦の方が得意なんですよね」
「『海洋生物...」
「遅い」
サモンが瞬きをする間にベルモットが互いの吐息がかかる距離まで一気に詰める。その動きはサモンには見切るどころか感づくことすらできず手品のようだった。そしてベルモットはそのまま己の掌底をサモンのガラ空きの腹に叩き込む。ベルモットの服の下には先ほどまで操っていたツタが筋繊維のように彼に絡みついていた。
「操り蔦を絡めた肉体強化に礼装による時空間干渉...近接戦闘における恩恵は計り知れないものです。時空間干渉はグリムほど手慣れてはおりませんが...」
「ああっ...!」
「サモン様程度の実力なら十分ですね」
倒れ伏すシャケ頭の男を見ながらベルモットはつぶやく。サモンはひどく咳き込みながら背中を丸めて痛みに耐えていた。脳みそを思いきり殴られた時のような痛みで立ち上がることができない。視界がサイケデリックに歪んで、現状が全くわからない。
「お辛いでしょう?苦艾の力の応用ですよ。掌底の時についでに「苦味」を血中に注入しておきました。眩暈や吐き気、ひどい酩酊感などの症状が現れるかと」
「それはそれは...礼を言わねば...『海洋生物...ぐふっ!がほっごほっ!」
「十分効いているようですね。...そうだサモン様。アナタは『海神の探求者』でしょう?真実を伝えるまで死ぬわけにはいかないですよね?私は優しいので」
生かしてやってもいいですよ。こはく様を差し出すのであれば。ベルモットの提案にほんの少し心が揺れる。
「ベルモットよ。本当にこはくを差し出せば...本当に貴公に差し出せば...私の命だけは助けてくれるのか?」
サモンの媚びるような瞳にベルモットがピクリと反応する。ほんの少しだけ、彼の雰囲気が柔らかくなる。それと同時に襲っていた視界の揺れも収まり始める。
「ええ。ええ。もちろんですよ。サモン様の命とこはく様の命の等価交換...ギブアンドテイクです。アナタを蝕む「苦味」も抜いてあげますよ?」
サモンの喉がゴクリとうごく。痙攣する体を動かしてなんとか体を起こし、ベルモットと目を合わせる。
「さあ...早く彼女の居場所を教えてください。私も仕事を終わらせたいだけなのです」
「...る」
「聞こえませんね。失礼ながらもう一度お聞きしても?」
「......だが断る」
「は?」
「このサモン・サーモンは勝利を確信した愚者にNoを突きつけるのが趣味だ。『墨吐き』!」
呆けたベルモットに向けて、サモンは『海洋生物特徴付与』によってタコの特徴を自身に付与して生成した墨を思い切り口から吐き出した。墨は水中でないにもかかわらず瞬く間に広がり、サモンの姿をあっという間に隠してしまった。
「一時の感情で交渉を蹴るのはよろしくないかと」
怒気の籠った口調でベルモットは姿を隠したサモンに話しかける。彼の中にはまだ十分な量の「苦味」が残っている。少なくとも這うようにしか動けないはずだ。これはあくまで悪あがきにすぎない。ベルモットはそう判断した。
「『海洋生物特徴付与:甲殻因子』...そう思うなら伏せたまえ」
直後、赤い閃光と共に空気を切り裂くような爆発音が鳴り響く。突然の爆破にベルモットは反応が遅れ、防ぐことが叶わず大きく後ろに吹き飛ばされた。墨が衝撃で吹き飛ばされ、晴れたサモンの視界に映ったのはカイザだった。彼はサモンを見下ろしながら手を伸ばしていた。
「はっ...奇襲成功っと!おいシャケ立てるか!?」
「立つさ...幸い海には毒に強い生き物がわんさかいる」
「毒...?ああ。ベルモットのヤローか。せこい戦い方しやがんな」
爆発で後ろに吹き飛んだベルモットが、ゆらりと二人の前に現れる。彼の顔を覆い隠していた銀の仮面はひび割れ、顔が剥き出しになっていた。その顔はとてもヒトのものとは言い難く、まるで植物の茎を束ねてヒトの顔に仕立て上げているようだった。彼の足元には作り物の鼻や耳、義眼が落ちていた。
「せっかく用意した顔が剥がされて私、非常に不快です」
「知るかバーカ。リターンマッチだコラ」
「不覚をこれ以上とるつもりはないぞ」




