見上げるがいい、唾棄すべきあのアルデバランを その8
遅くなりました
アルキオネの能力は防御と妨害に特化している。これは彼女の役割がAldebaranの封印と制御だったことが原因である。彼女の一族、その始祖であるAldebaranを止めるためアルキオネの一族は自分達を彼女への生贄とすることで封印してきた。そのためアルキオネの肉体には神を封殺する力が宿っている。とはいえ成り損ないとはいえ曲がりなりにも神を、血が繋がっているだけのただの人間が封印できるはずもなく、少しづつ綻びが生まれていった。その最たるものが「使徒」の出現であった。
「『連星の盾』」
再びアルキオネはアザトースを狙うAldebaranの一撃を防ぐ。盾についた宝玉がまた一つひび割れた。なぜAldebaranがアルキオネではなくアザトースに襲い掛かるのかはわからなかった。確かにアザトースは特異な術を使う。これまでAldebaranの体表にあのような痕が出てきたなど文献で読んだこともモトベから聞いたこともないし、何より破壊力と消費した魔力が見合っていない。だがそれだけではAldebaranの狙いがアルキオネより大きくなるはずがない。今目の前で暴れ狂う神が最も欲しているものは神の魂とアルデバランの精神のつなぎになる肉体...つまり自分の体だ。
「...なんで」
「ん?アザトースちゃんどしたの?」
アルキオネの思考を読んでいたのか、後ろのアザトースがボソッとつぶやく。しかし彼女の発動していた意識を繋ぐ半透明な糸は既に消え去っていた。アルキオネが彼女の方を向くとアザトースの姿はこれまでの超然とした、心臓に毛が生えているのではないかと思わせる立ち振る舞いとは程遠い、縮こまったような態度だった。
「...なんでたすけるの?わたし、あなたのねがいかなえてない」
下を向いてこちらと目を合わせないアザトースだったが、本気でなぜ助けるのかわからないといった雰囲気だった。
「そういう君こそさっき自分のコト守ったじゃん。ふつー避けるでしょ」
「...わたしかみだから」
「ジョーダンはよしなよ.......えマジ?マジなの?」
あり得ないが仮にそうだとしたらAldebaranがアザトースを狙う理由に納得できる。納得できてしまう。
「...まえ」
「まえ?前?」
「VVVVVVOOOOOLLLLLL!!」
一瞬呆けてしまったアルキオネにAldebaranの太い腕が迫る。『連星の盾』に衝撃が走り、宝玉がまたひび割れる。Aldebaranは自分の一撃をまた防がれて苛立たしげに腕を振った。
「あと4回か...人にはキツイねー。あ、そうだアザトースちゃん」
「...なに」
「君を守ったのにそんな複雑な理由はないよ。強いて言うなら女王だからかな」
「...え」
顔を上げたアザトースにアルキオネは微笑みかける。彼女の中身がどうであれ、彼女はひどく幼い。なれば大人として、一つの国の王として、守るべきなのだろう。『連星の盾』でAldebaranの攻撃を防ぎながら、アルキオネはただ思う。
「...りゆう」
Aldebaranと戦う間、アザトースはずっとそれを見出せなかった。思えばアザトースはここまでずっと誰かの願いを聞いてきた。それこそが自分の意味だと思っていたが、それでは自分で何も決めていない。
「...たのしくない」
そもそもこの世界にやってきたのは楽しそうだったからだ。だが今はたのしくない。自分の魔術は相手に通じず、その相手に自分の魔術を使われている。魔力もヒトの体では全然足りない。そもそもAldebaranが今の姿になったのも元を正せばアザトースのせいだ。結局誰かの願いすら満足に叶えられていない。
「......なんで」
全能たる自分にできないことなどないはずなのに、今の自分は本来の自分よりも性能ではるかに劣る生物に守られている。
「......やだ」
格下の生物に舐められたときに感じるモヤッとした少し経てば忘れる程度の不快感とはかけ離れた、ドロドロとした感情がアザトースが知らないところから溢れ出す。それは言いようのない衝動でアザトースを突き動かす。
「やだやだやだやだ!」
アザトースの心からの声に呼応して、ポーチにしまったはずの強化棍が一人でに出てくる。導かれるように、吸い込まれるようにそれを掴むと、内部に潜む邪神の力が流れ込んでくる。破裂寸前の感情にさらなる燃料が注がれて、脳の内ででこだまする。
『ぜったいヤダッ!!』
アザトースが絶叫すると、その体が黒い繭に包まれる。それと同時に流し込まれた力に耐えられるよう、肉体が凄まじい勢いで変質していく。繭が乾き、崩れるように消えた後そこに立っていたアザトースの姿はまるで違うものだった。まず色素のない薄い肌が、褐色に変色していた。瞳孔は収縮し、歯と爪はより鋭く肉食獣のように尖っていた。服の下には細い首から下を覆うように黒い皮膜が体に張り付き、灰のようなくすんだ銀髪は艶のある黒を基調に赤、青、黄色のメッシュが不規則に混じった奇抜な髪色になっていた。
「VIVIVIVIVIVIVIVIiiiii...」
「アザトース...ちゃん?」
少女の急激な変化にアルキオネとAldebaranの動きが止まる。それは突然の変身に驚いていると言うよりも、突然現れた怪物に警戒していると言う方が正しかった。
『...白縫』
ゆらゆらと立っていたアザトースがポツリとつぶやくと、アザトースの姿がフッと消える。それと同時にアルキオネに向けて凄まじい風が吹く。
「viviviviviviv!?」
「まさか今のっ...移動!?」
アルキオネが振り向くと、吹き抜けになった展望台から変身したアザトースと何やら白い糸に縛られているAldebaranが落下していくのが見えた。




