午前3時
アザトースがイケブクロで降りた後、プシューという音と共に電車のドアが閉じアザトースを置いて電車は行ってしまった。
「...ヒト、いない」
駅の構内には最初に来た時の賑わいが嘘のようにほとんどヒトの姿は見られなかった。電灯だけが気味の悪いほど明るく光っていて、どうもヒトがまとめて消えてしまったような感覚を覚えた。不思議に思いながらも、アザトースは外に出る。途中何度か迷ったが、コウタと歩いたおかげでシンジュクの時のようにはならなかった。
「...くらい」
地上への階段を登って外に出てみれば、完全に日が落ちてイケブクロは夜の闇に沈み、僅かな電灯の灯りが残っていなければここがイケブクロだとわからなかった。ログアウト前は日が落ちていなかったのに、やはりカルコサに行ったからだろうか?チャットでコウタとこはくに連絡は取ってみたが反応がない。とりあえず最後にログアウトした時の場所、アルキオネの棲家へと向かおうとする。しかし辺りは暗く、その上アザトースは道筋を覚えていなかった。
「...みえない...そだ。アトラ〜」
白縫の裾をつまみながらアザトースが話しかけると、白縫がモゾモゾと蠢いた後、ペッと何か丸いものをどこからか吐き出した。白い糸に包まれたそれの表面にヒビが入り、中からアザトースの手に乗るくらいの大きさの、毛糸を編んで作ったような白い蜘蛛が数匹這い出してくる。
「...ヘイけんぞく、アルキオネのしろ、さがして」
生まれたばかりの蜘蛛たちは前足を器用に動かしビシッと敬礼をアザトースにして、夜の闇へと消えていく。数分もしないうちに、蜘蛛たちは帰ってきた。
「...あれ......へってる」
戻ってきた蜘蛛の数が足りない。蜘蛛たちもそれはわかっているようで、ぴょこぴょこ跳ねながら身振り手振りで説明しようとしている。
「...ええと......ついてきて?」
アザトースの予想が当たったのか、蜘蛛たちは動きを止めてどこかに向かってカサカサと走り出す。彼女たちを追いかければ良いのだろうか?アザトースは蜘蛛たちについていくことにした。
「おや、こんな夜遅くにこんな路地裏で出会うとは...足元を見るにアザトース様は蜘蛛をペットにしているのですね」
「...たしか...モトベ」
街道に灯る僅かな光と蜘蛛たちのガイドをを頼りに歩いていくと、足りなかった眷属の蜘蛛を指で摘み上げているモトベがいた。空いた片手に持ったカンテラで道を照らしながら相変わらずの無表情でこちらを見ている。手に持っている蜘蛛とアザトースの足元で威嚇している蜘蛛たちを交互に見て、モトベはその指を離し、蜘蛛を解放する。
「失礼しました。このモトベ、好奇心がなかなか強い方でして。見たことないものを見ると手を出さずにはいられないのです」
「...そう。......そだ。ねぇモトベ、アルキオネのいたとこいきたい」
「残念ですが女王陛下はお休みになられています。あの陛下を起こすことは私にはとてもとても...」
「...そう」
この男の考えていることはいまいちよくわからないが、眠れる王を起こしてはならないのはアザトースにも理解ができる。自分がそうだからだ。
「...なにしてたの?」
「私がですか?そうですね...使命を果たしていた、と言えば納得してくれますかね?」
なんとなく疑問に思い話しかけるも、適当にあしらわれてしまった。
「...しない」
「そうですか。するしないは私の知ったことではありませんので。ではまたどこかで。なに、すぐに会うことになりますよ。」
そう言ってモトベはカンテラの火を消し、夜の闇に紛れ込む。アザトースは魔術で辺りを急いで照らしたが、その時には彼の姿は全く見えなくなっていた。
「......どゆこと?」
彼のはぐらかすような物言いに煙を巻かれたが、彼を追ってもしょうがない。アルキオネが起きるのを待つとしよう。取り敢えずアザトースは暇つぶしがてら夜のイケブクロを散策することにした。




