かいもの
メモ書きを握りしめ、アザトースは先ほどの店へと向かう。その前に白縫を一旦脱いでおく。いくら顔が隠れているとはいえこのマントはかなり特徴的だ。店主が覚えていてもおかしくはない。ポーチにしまい込むときに白縫が抵抗しているのかなかなか押し込めなかったが無理やり押し込んで再び人通りの多い場所に出た。
「...どこだっけ」
先ほどの店にコウタに連れられる形で来たアザトースは店の場所をほとんど覚えていなかった。豚のかぶりものを被った人を探そうともしたが、その数もなかなかに多い。さっきまでコウタといたところを振り向くと、コウタが建物の影から体を少しだけ出して見守っていた。
「...『脳の接続』」
魔術を発動すると、アザトースの頭の辺りからコウタの方に透明な糸がシュルシュルと伸びる。それはあらゆる障害物をすり抜けてコウタの後頭部あたりに突き刺さった。接続がなされた時のくすぐったい感覚を覚えると、アザトースは自らの思念を伝える。
(...てすてーす)
(オスカーの時のあれですか。何か御用ですか?)
(...みちわからない)
(oh...)
コウタの指示もあり、なんとか店まで辿り着いたアザトースだったが、今度は店主をうまいこと騙くらかさなければならない。
「...ども」
「......」
挨拶に応じずにアザトースをじっと見て、一言も言わずに動かない店主だったが次第に彼の目に涙が溜まっていく。
「その左手...「神隠し」にあったんだな...よく生き延びたものだよ嬢ちゃん」
知らない単語が出てきたのでコウタに聞いてみたが、コウタもいまいち知らない様子だった。それとなく店主に聞いてみようかコウタに提案したが、止められた。
(「神隠し」のことはともかく、とりあえず買い物を先にお願いします!)
(...りょ)
「...これほしい」
そう言ってアザトースは店主に向かってメモ書きを渡す。店主は「神隠し」の件もあってか随分とアザトースに好意的で、快く引き受けてくれた。店主は手慣れた様子でリストの商品を揃えた後、カゴに乗せて渡してきた。中身の確認を求めてきたのでコウタに色々と聞きながら間違っていないか確かめた後、アザトースは中身を全てポーチに突っ込んだ。店主が驚いていたあたりこのポーチはあまり普及していないのだなと気づいた。
「じゃ全部で1880ゴールドね」
「......」
(アザトースさん、もしかして...お金ないですか?)
(.........うん)
「ウサギの嬢ちゃん、早く渡してもらおうか」
店主はお金を出すそぶりを見せないアザトースに対して最初の方こそ優しげに請求していたが、いつまでももたもたしているアザトースに対して段々と苛立ち始めている。
(少し待っててくださいと言ってくださいアザトースさん!すぐに代金を渡すので!)
(...わかった)
「...あとででいい?」
「オイオイオイオイ!流石にそれは困るな。一回許すと同じような輩がわんさか出てくるからな。それに嬢ちゃんの家がわかっているならともかく、そういうのも言わないならダメだね」
店主を魔術で騙そうとかと考えたが、コウタによって止められた。料理大会の運営にはここの人たちが大きく関わっているため、下手に手出しをすると出禁にされるとのことだ。コウタはすぐに向かうと言っているが、それも問題だ。ここの住民はコウタを嫌っているようだ。結局出禁にされるかもしれない。すでにアザトースの周りに野次馬の住民達が集まり始めている。彼らの目を掻い潜ってアザトースに金を渡すのは難しいだろう。だが、アザトースにはニャルラトホテプからの入れ知恵があった。一度自宅の宮殿に帰った時に聞いたヒトと関わる時の方法を実践する。
「...ごーるどでいい?」
「はぁ?いいも何も、それ以外の方法で払われてたまるか!」
言質は取れた。アザトースはポーチに手を突っ込み、見えないようにして魔術を発動する。その魔術は実に初歩的なもので、神を名乗るのならばまず間違いなく使えるものだ。
「...『物質の創造』.........はい」
アザトースは生成した物質をポーチからそのまま引き抜き、店主の手の上に置く。その物体は重く、手に乗せた店主の体勢が少しぶれた。それはアザトースの拳ほどもある大きな純金の塊だった。
「...これでいい?」
「うおおおおおおお!!!いい!全然いい!!」
渡した純金を抱きしめながら狂ったような大声でOKを出す店主を尻目に、アザトースは文句を言われないようにさっさとコウタのいた路地へと逃げるように戻っていった。後ろから他の店の店員がアザトースに買っていかないかと言いながら鬼気迫る形相で追いかけてきていた。




