ゴートゥーイケブクロ
アザトースはアンドレの何気ない一言の衝撃で彼にアルデバランについて聞くことができないまま別れ、電車に乗った。電車の席に座って揺られる中、アンドレの一言によって生まれた謎を考えていた。神はヒトである、このことに関しての仮説は3つあった。1つは今のアザトースのように、神であるアルデバランがヒトに化けてアンドレに接していた説。2つ目は神であるアルデバランと師匠アルデバランは別の存在であるという説、3つ目はアルデバランがなんらかの手段によって神へと至った説だ。アザトースとしては1つ目だと踏んでいた。2つ目に関しては神と同じ名前を名乗ることなどアザトースの感覚としてはあり得ない、不遜極まりないことな上、3つ目に至ってはそのような方法などアザトースには皆目検討もつかなかった。ヒトからヒトを越えた存在に姿を変えることならば魔導書を読むか神の眷属になるために生贄を捧げるなどすれば可能なのかもしれないが、神へと至ることなどできるはずもないはずだ。
「次は狭間駅、狭間駅」
「...そだ」
コウタとの待ち合わせまでには少し時間がある。ならばアルデバランのことを知っていそうなグリム神父に話を聞いておこう。そう考えてアザトースは狭間駅に降りることにした。
狭間駅に着くと、いつものようにグリム神父が掲示板に寄りかかるようにして立っている。アザトースを見るとギラリとメガネを光らせ、ニャルラトホテプともいい勝負をできそうな邪悪な笑みを浮かべ迎えてきた。
「その外套...神殺しを成したようだな」
「...うん」
「......そうかそうか」
グリム神父は少し頷くとアザトース背を向けて離れようとする。しかしアザトースは聞きたいことがあったので呼び止める。振り向いたグリム神父の顔から心情を読み取れなかったが、アザトースは構わず話しかけた。
「...アルデバラン、なにもの?ヒト?かみ?」
「......アンドレの奴から話を聞いたのか。......我々神父はあの唾棄すべきアルデバランについて話すことを禁じている。かの神の凶行を口にすること、そして何者かが知ることは決して許されないことなのだよ」
「...そう」
これ以上の質問は許さないと言わんばかりの態度のグリム神父を見て、アザトースは追求を諦める。最も彼に聞けなくてもアルデバランについて知っている奴はもう一人、いやもう一柱いるのだ。アザトースはすぐに狭間駅の階段を駆け上がっていった。
「ここに来るということは、もしやアトラを殺せたのかネ?ボクとしては殺すどころか傷ひとつ奴につけられずに泣く泣く戻ってきた挙句、このオグハに恥を偲んで助言を頂きにきたというのが一番よかったのだがネ」
「...そう」
「初対面から思っていたけれどキミ敬意というものを知らないのかネ?」
アザトースは階段を登り、オグハの座す玉座前まで来ていた。オグハは以前と同じようにだらしなく玉座に座り、口から血の匂いを漂わせていた。この前うずたかく積まれていた『人でなし』の死体の山は血痕一つ残さず綺麗さっぱり消え去っていた。眼前にいる少女を見て露骨に不快そうな面を見せるオグハに対して構わずアザトースは質問をする。
「...アルデバラン、なにもの?ヒト?かみ?」
「それを聞いてくるカ。答えない方が絶対に面白いんだガネ、特別にヒントを一つやるとするヨ。ボクは慈悲深い神だからネ......『アルデバランは未だ神ではない』。」
「...?」
「わかる必要はナイ。奴にもちゃんと座る資格があることは間違いないのだからネ。それよりもキミ、今教義を決めていないだろう?それは嘆かわしいことダヨ。どうだね?我が教義に入信するというのは。このオグハの偉大さを知ることでキミのような愚か者でも上位存在への敬意と礼節をその詰まっていない頭に入れることができるんダヨ?今ならばこのオグハ直々に洗礼をしてあげる...」
オグハの長い話を聞いているうちに、コウタとの待ち合わせの時間にもう30分もないことに気づく。アザトースとしては目の前のヒキガエルよりもコウタとの関係の方が重要だったので話を適当に遮ってお別れを言う。そのまま無視して去ってもよかったのだが、一応別れの言葉を伝えたのはアザトースなりの礼のつもりだった。
「...ばいばい」
後ろでオグハが何かグチグチと言っていたが、急ぐアザトースの耳には入ってこなかった。
「次はイケブクロ、イケブクロ」
「......おりなきゃ」
開いた電車のドアからアザトースは降りる。ホームにはシブヤやシンジュクのようにヒトは一人もいなかった。しかしホームから地上につながる階段を登ると、シンジュクと違っていく人ものヒトがたむろしていた。地面に品物を広げて商いをする男、はるか昔使われていたのであろう店舗を改装して店を開く老人、なんとかして値引きできないかと熱っぽく交渉する女性に長い買い物を待つのに飽きたのかどこかへ走り出す子供。老若男女様々なヒトが集まり街を築き上げていた。アザトースにとって少し奇妙だったのはそこにいる誰も彼もが豚や鶏を模した悪趣味な革製の被り物をかぶっていることだった。それは見る人によっては腰が引けるようなデザインだったが、アザトース的にはドンピシャだった。被り物を色々と見ている内にアザトースはひとつ記憶にある姿を見つけた。巨大な体を黒曜石の鎧で完全に包み、巨大な剣と盾を背負って仁王立ちしている。彼の見た目から放たれる威圧感からだろうか、その周りに人は全くいなかった。流石に人違いということはないと思うがほんの少しだけその可能性を心配しながらアザトースは駆け寄り、話しかける。
「......おひさ」
「フッ...少女よ。この俺、黒曜の騎士コウタに近づいてもいいことなんてないぜ...怪我が嫌なら離れることだな...あっアザトースさん違うんですこれはそう来るまで暇だったからロールプレイで遊んでいただけであって決してアザトースさんに気づかなかったとはそういうわけではなくて」
「...ふふ。やっぱりコウタ。......あるてぃめっとふぁいたー、やめたの?」
膝から崩れ落ちる姿を見て、やっぱりコウタだと思うアザトースだった。




