昏き繭の中、その神は確かに「滅び」を呼んだ その7
アンドレは地面に転がったアザトースに駆け寄って抱き起こしながら、赫い炎の中で悶え苦しむアトラを睨みつける。その顔は自らの弾丸が直撃したことによる安堵と、本当に殺すことかできたのかわからない不安が混じったような複雑な表情をしていた。
「やったか!?」
「......まだ」
「......だよなぁ。畜生め」
アザトース達の視線の先には炎の中から出てきたアトラの姿があった。神殺しの凶弾に貫かれ、物真似とはいえアザトースの神炎に焼かれたその姿は痛々しく、そして恐ろしかった。下半身を構成していた蜘蛛の部分を捨てて、アトラはヒトの半身のみでアザトース達の方へ這いずるようにして向かってきた。つけていた糸の鎧は焼け落ち、肌は焼けただれ『空間の掌握』を防いだときにアトラの体を覆っていたあの刺青と混ざり合って非常に不気味だった。長く美しかった黒髪もほとんどが燃え尽きて僅かに生え残っているだけだった。アザトースが炎を止めると焼け焦げた蜘蛛の下半身がひっくり返っていた。
「...なにかある?」
「......策もクソもあるかよ。こいつでアイツが死ぬまでブチ抜き続けるだけだ」
アトラを心底嫌悪したような顔でアンドレが再びジュウを構え、弾丸を装填し始める。万全な時ですらジュウはアトラの体を貫通したのだ、弱りきった上に這いずるしかないアトラを撃ち殺すことなど簡単だろう。アザトースはそう考えてとりあえず強化棍を取りに行こうと蜘蛛の焼死体まで走り出すと、アトラがそれを咎めるように攻撃してきた。刺青が紫色の妖しい光を宿すと、アトラの周りに同じ色の光球がいくつも浮かび出す。
「嬢ちゃん気をつけろっ!!」
「...わわ」
アンドレの声の少し後にアトラが耳をつんざくような声を上げると、それと同時に光球全てから紫色の光線が発射される。間一髪アザトースが転がるようして避けたことで、光線は空を切っていった。アンドレにあたったのではないかと心配してアザトースが光の飛んでいった先に目を向けると、光線が当たった壁に綺麗に穴が開き、煙と元に外の光が流れ込んできていた。アトラの方を向くと再び光球を浮かび上がらせて次の攻撃の準備をしていた。その間にも嗜虐性の強そうな若い女の声で笑うアトラに引導を渡そうと、アンドレがジュウをアトラに向けてその引き金を引こうとしていた。
「クソッタレ!ここで壊れるなよ!」
アンドレがジュウを撃とうとしたとき、神の遺骨を撃ち出すときに込めた熱が強過ぎたのか、砲身が撃つ直前で破裂して使い物にならなくなってしまう。彼はジュウを投げ捨てて腰につけていたハンマーを再び構えてアトラへ向かう。しかしアンドレがアトラに近づくよりも早く光球から光線が放たれる。その光線は一直線にアザトースに向かい直撃する。壁と同じようにアザトースの体が穴だらけになる姿がアンドレの脳裏に一瞬浮かんだが、そうはならなかった。
「......やっぱり」
光線はアザトースに確かに当たったが、ぶつかった瞬間にアザトースの体に飲み込まれたかのようにして消える。アンドレとアトラが意味不明な状況に固まっている中、アザトースには心当たりがあった。おそらくアトラが今使ったのは魔術だ。なぜゲーム内の存在ごときが魔術を使えるのかという疑問は置いておいて、そもそも魔術とは混沌の渦から力を汲み上げる行為だ。その分その力の形は使い手によって様々になるのだが、ある一つの傾向として混沌に近しきものには効き目が薄いところがある。アザトースの『空間の掌握』にアトラが最初耐えきったのもおそらくそれが原因だろう。あの変な模様がアトラに混沌の力を与えているようだ。しかし、裏を返せばそれはアトラの魔術も混沌に近いものには意味をなさなくなる。
「ふふ......むだむだ」
酷い金切り声を上げながら魔術をアザトースに向かってやたらめったらに発動するアトラだったが、それら全てがアザトースの前で消え去る。当然だろう、アザトースは混沌そのもの。偉大なるかの神に魔術が通じるはずもなし。やがてアザトースに自分の魔術が一切効かないとわかったアトラは半狂乱で焼け焦げた半身の元へ向かうと、紫色の光を放つ頭上の巣にその両手を掲げ何やらぶつぶつと唱え始める。その言葉や抑揚はヒトのものではなく、トルネンプラ楽団の演奏を聞く時のような不快感をアザトースにもたらした。耳障りな上にどことなく危険な匂いを感じ取ったので止めようと思ったがMPはほぼ切れているアザトースにできることはもはやなかったので、まずはさっきから固まっているアンドレを起こすことにした。




