昏き繭の中、その神は確かに「滅び」を呼んだ その6
結構長いこと生きてきたが嬢ちゃんみたいなのと出会うのは初めてだ。時間を稼いでくれと頼んだ後アトラに臆することなく突っ込んでいくアザトースを見てアンドレは思う。特にグリム神父の名前を出した時は本当に驚いた。あの男が自分のところに人を寄越すなんて長い付き合いで一度もなかったし、グリムが自分を紹介するほどの実力がアザトースにあるようには到底見えなかった。狩人を見たこともない魔法で消し飛ばした時に納得させられたが。
「さて......ぶっ放すか」
背負ってきたバックから木箱を取り出して蓋を外す。正直師匠との最後の思い出の品を使うのは心苦しい。だが、神殺しに使うにはもってこいだ。木箱の中に入っていた白い何かの生き物の指の骨を取り出して、弾丸代わりにジュウに仕込む。
「掛けまくも畏き日炉大神。諸々の禍事罪穢有らむをば、祓え給い清め給えと白す事を聞こし食せと恐み恐みも白す」
確実にアトラを葬るためにも普段は省略している呪術の祝詞をしっかりと唱える。神殺しの凶行の前に浅ましくも神に祈ることに若干の矛盾を感じざるを得ないが、やるしかない。砲身には熱がたまり手に熱さが伝わってくる。内に秘めた力の解放を今か今かと待っているようだった。
「神殺しは人の手で行われてこそ価値がある。でも俺は未熟だからよ、ちょっとばかしズルしたっていいだろ?師匠」
アンドレはジュウに仕込んだ骨のことを思い出す。これは師匠が「好きにしな」と言って渡してきたものだ。そして師匠がこれを神殺しに使ったといえば手を叩いて喜ぶだろう。いい皮肉だと言って。
昔の思い出にほんの少しの時間耽っていると、アトラがアンドレの方に向かって猛然と進んでくる。ようやく嬢ちゃんが囮で俺が本命だと気づいたのだろうか。だがもう遅い。
「神の遺骨を喰らいやがれ...」
心臓の鼓動が高鳴り手元が少し震える。その中でアンドレは照準を合わせアトラの蜘蛛の部分に狙いを定める。仮に殺せなかったとしても下半身を潰せば倒したも同然のはずだ。しかし引き金を引く直前、後ろからアトラに迫っていたアザトースがかの神に捕らえられ、さらに盾にされて射線を塞がれてしまう。アトラは目も鼻もない顔にいやらしい笑みが張り付いているように見えた。上手くいっていたと思っていた作戦がアトラの手の上だったとわかり全身の血の気が一気に引き、眩暈が起きる。
「撃てねぇ...」
目の前の少女は自分ごと撃ち抜けと言っているが、どうしてもできない。頭ではそれが一番いいとわかっているのに、引き金を引く指が動かない。自分はここまで意気地なしだったのかと情けなさと恥ずかしさで胸がいっぱいになる中、どうするどうすると考えているうちにアンドレはある一つのことを思い出す。しかしそれを声で伝えてアトラに気取られてしまうわけにはいかない。ならばどうするか、この最悪の状況を唯一打破できそうな物へ視線を向け、ひたすらそこを凝視する。アンドレにとってそれはある種の賭けだったが、成功することを祈るしかなかった。
アンドレの考えを察したアザトースは宙吊りの状態で足を振り回し、履いていたサンダルを脱ぎ捨てる。愚かな抵抗だと思ったのか、口もないのにさらに気色の悪い声を上げるアトラを無視してアザトースは足の指を使ってアトラのヒトの部分の腰辺りに未だ刺さっているオスカーの強化棍を握りしめる。すると棍の内から火が溢れ出し、アトラが突然の出火に笑いを止め驚いたように硬直する。しかし一瞬たじろぎはすれど、アザトースを火の元である得体の知れない棍棒から振り離せば良いだけの話。すぐに鎮圧される儚い抵抗に過ぎない。ならばどうするか。
「........《虚の器》、まりょくを」
アザトースの体の中に機織りの魂の残りカス、つまり僅かなMPが流れ込む。どんなに少なかろうとも、MPがあるのならなんだってできる。そう思いながらアザトースは即興の魔術を発動する。思い描くは赫い炎、ココロさえ焼くあの輝き。
「......『ココロ焼く大火』!」
アザトースの失われた左腕を補うかのように赫い炎が左肩から溢れ出す。その炎はアザトースを縛り付ける糸とアトラのみに食らいつくかのように襲い掛かった。更なる火炎に襲われ混乱の渦に陥り暴れまわるアトラから、アザトースは掴まれているマントを引きちぎるようにして脱ぎ捨ててアトラの手から離れる。そのまま地面に叩きつけられてゴロゴロと転がった後アンドレの方を見ると、冷や汗も手の震えも収まってはいなかったが、その顔には最初に会った時のような笑みが浮かんでいた。
「今度こそ喰らいやがれっ...!!」
アンドレが引き金を引くとジュウの先端から凄まじい熱と爆音と共に、白い何かがアトラ目がけて打ち出されアトラの蜘蛛の体の眉間から尻までを貫くのをアザトースは見た。




