アトラに向かえ
アンドレの案内を受けて地上への道を進んでいくと、だんだんと蜘蛛の街と呼ばれる理由がアザトースにもわかってきた。地上に近づくにつれて蜘蛛の巣がいたるところに見え始めている。最初はところどころにアザトースの手よりも小さい蜘蛛の巣が張ってあっただけだが、地上に近づくにつれて巣は大きくなり、地上と地下を繋ぐ階段の辺りはもはや蜘蛛の糸を用いて作られた洞窟のようになっていた。地上に出ると、長い年月が経って崩壊した摩天楼を修復するように蜘蛛の巣が張り巡らされていた。ビル同士を繋いでいる、糸で作られた橋の上をヒトと同程度の大きさの蜘蛛がシャカシャカと動き回っていた。そして張り巡らされた糸はある一つの奇抜な形状の塔に収束するかのように構成されていた。
「......あれ?」
「そうだ、あれが繭の塔だ」
卵を縦に引き伸ばしたような奇妙なデザインの塔は蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされていて、アンドレの解説が入るまでこれがヒトが建てた建造物だとはアザトースには思いもよらなかった。アザトースがシンジュクの街並みを見ながら歩道を歩いていると不意にアンドレがアザトースの肩を掴んで立ち止まらせる。
「嬢ちゃん、下を見な」
「......わお」
アザトースが自分の足元を見ると、何やらキラキラした線が見える。よく見ると、細い蜘蛛の糸が張られていているのがわかる。アンドレに聞くと、これは落とし子達が使う獲物を捕らえるための罠の一つらしい。一度捕まれば最後、溶解液で骨までドロドロに溶かされて食われてしまうぞとアンドレが驚かしてきたが、眉ひとつ動かさないアザトースに興を削がれたのか話を変えてきた。
「こんな人のいないところで鍛冶屋を営むなんて変な話だろ?実は理由があってな。俺の師匠はそれはそれはすげぇ鍛冶の腕だったんだ。そんでもって俺は師匠の元で修行してたんだがよ、一つだけ教われなかった技があったんだ。教わる前に師匠がどっか消えちまってな...師匠の日記を読んで何とか覚えたがよ、素材の調達がアホほど難しくてな?ここでずっと機会を待っていたんだ」
「......」
「つまらないか?悪りぃ悪りぃ。ここに一人でいたから随分人と話すことがなかったもんでよ。それでその素材ってのがな、聞いて驚け...嬢ちゃんどうした」
アザトースは何も言わず、ただ上を指差した。アンドレが空を見上げると、ビル同士を繋ぐ蜘蛛の巣の上からアザトース達を睨む赤い瞳が一つ二つ三つ.......全部で一六個。ガチガチと鋭い顎を打ち鳴らしながらヒトほどの大きさの蜘蛛が二匹、ナワバリを荒らすヒト二人に飛びかかってきた。