小園と宙良とゴーシュと
壁に掛けられた時計は午後二時半になろうかと言う所を指していた。小園は今朝、滝沢に報告した通りに会社を出た。
ここ新橋から銀座までは、目と鼻の先にと言った距離感だが、直線距離にしても1km強はある。
小園は、銀座線を使い一駅先まで乗って行こうとしたが、間の悪い事に、人身事故があったらしく、運転が見合わされていた。仕方なく小園は、わざわざ外堀通りの信号を越えてタクシーを捕まえた。
タクシーは新橋の交差点を左折し、銀座方面に向かったが、地下鉄の不通の影響か、混雑している。
"もう一本東側の裏道に行こうとか、そんな考えないのかよ?"小園は心の中で運転手への不満を呟きながら、運転席のメーターと時計を見た。時刻は二時五十五分を示している。
小園は堪らず「運転手さん、もうここで良いです」と言い、タクシーを降りた。
目的地であるカフェ "シャルル" は、後250mと言った所だったが、小走りに向かっても、約束の三時を少し過ぎるだろう。
「何だよ!本当、間が悪いよなぁ」時間に対してルーズを嫌う小園は、焦りながらも小走りに向かった。
ようやくシャルルに着いた頃には、時計は三時を七分過ぎていた。
店内に入ると、奥の四人掛けテーブルから後藤が軽く手を挙げた。
「遅くなったな、ちょっと道、混んでてさぁ」小園は初冬にも関わらず、額から滲み出る汗をハンカチで拭いた。
後藤に気を取られ気付かなかったが、向かいの席に座るオーラを帯びた人物に気付いた。
「あっ…貴方?」人物のオーラに小園は一瞬、たじろいてしまった。
「やぁ、初めまして、ヘクターレコードで音楽プロデューサーをしている大倉 宙良です」
大倉は、名刺を差し出し、小園も慌てて名刺を出すと「DGP企画の小園 誠です」と名刺交換をした。
しばらくは、コーヒーを飲みながら、多愛のない話しをしていた三人だったが、大倉が
「それで、ボクに何か頼み事でもあったんですか?」と切り出した。
「そうそう!お前さぁ、オレのコネまで使って宙良を紹介しろって、何だったんだよ」後藤も畳み掛ける様に続けた。
「ウン、実はさぁ、あっ…オレ達、初対面とは言えN大の同級なんだし、タメ口で良いかな?」小園は三人の微妙な間柄から起こる変な雰囲気を一掃しようとした。
「あぁ、そうだね。そうしよう」大倉も同意してくれた。
「実は、当社で今まで手掛けてた新作のゲームが原因不明の情報漏洩でライバル社に先に発表されたんだ。それで、直ぐに別の新作を手掛ける事になったんだけど、そのBGMを今まで頼んでた八戸島先生に頼んだんだけど、ボツになった前作から間もなかっただろ?それで断られちゃってさぁ。それで新しい音楽プロデューサーを探してたんだ」一気にそこまで言うと、小園はお冷やの水を一口、口に含んだ。
「なるほど、事情は分かったよ。でも、ボクはゲームは疎か、映像に合わせたBGMなんて経験した事がないよ。ある程度、画像なんかを見させてもらって、ボクの世界観で良ければ…」と返した。
「へぇ、宙良も依頼を躊躇なく受ける様になったんだ」と後藤が茶々を入れた。
「煩いなぁ!ゴーシュに言われたくないよ」大倉のこの言葉を聞いて「何?ゴーシュって何なの?」と小園は興味津々と言った感じで聞いて来た。
「あぁ、コイツさぁ、サークルでチェロを担当しててさぁ、後藤 修二だから、セロ弾きのゴーシュ…」
大倉が言いかけた所を後藤は口を抑え「もう良いだろ、そんな昔話は」と、やや赤面して言った。その様子を見ていた小園は"ププッ"と笑いを堪えていた。
「何だよ!二人の間に入っただけのオレが何でこんな恥をかくんだよ」と後藤は膨れた。
「ゴメン、ゴメン、それじゃあ大倉君、ヨロシク」小園はおしぼりで目尻を拭いた。
「コチラこそ!良い曲に仕上げるよ」大倉も快諾の返事を返した。




