懐かしい再会
新橋駅北口の赤レンガ通りにある居酒屋で、小園 誠は二人掛けのテーブル席に座り、枝豆をツマミに一人、生ビールを飲んでいた。中身が半分ほどになったジョッキは、すっかり汗をかいており、ジョッキを口に運んだ小園の太腿辺りに滴が落ちた。おりぼりで四つ折りにして作ったコースターの上にジョッキを置いた小園は、左手の腕時計に目をやった。
「もう八時十二分か…遅いな?アイツ」小園はこの居酒屋で八時の待ち合わせをしていたが、待ち人は中々、姿を現さず、先に軽い注文をして飲んでいた。
"ガラガラ"と引き戸が開く音がして、小園は入口の方に目をやった。そこには周りをキョロキョロ覗う懐かしい姿があった。
「おい!後藤!コッチ、コッチ」小園は右手を真上に挙げて待ち人に合図した。
「おぉ!久しぶり!小園、元気だったか?」小園が待っていた後藤 修二は晴れやかな顔で軽く右手を挙げた。
後藤は小園にとって、N大電子光学科の同級生で、後藤にとってはサークル仲間以外で一番の心許せる友だった。
二人は運ばれたばかりのジョッキと飲みかけのジョッキをぶつけて乾杯した。
「いやー、驚いたよ!急にお前から電話で"頼みたい事がある"なんて言って来るからさぁ!所で仕事は順調なのか?」後藤は小園が頼んでおいた枝豆を一つ、摘み上げた。
「まぁ、色々とトラブルがあって大変だったけど、やっと落ち着いて来た所かな?」小園はジョッキの残りを飲み干すと、店員にお替りを頼んだ。
「で?頼みって何だよ?オレに出来る事なのか?」現在は大学で学んだ事を全く活かせていない食品会社の営業マンをしている後藤にとって、それを存分に発揮して働いている小園が、正直な所、羨ましかった。
「うん、これはオレにとってはだけど、お前にしか頼めない」濁す様な言葉ながらも小園はハッキリと言い切った。
「何だよ、たかが一営業マンのオレにしか頼めない事って?」後藤の言葉には少しの嫉妬心が含まれていた。
「お前さぁ、学生時代に音楽サークルか何かにいただろ?」小園は運ばれたお替りのジョッキを受け取ると、一口飲んだ。
「あぁ、ジャズ同好会な!懐かしいなぁ」後藤は空中の何処を見るでもなく、青春時代に思いを馳せた。
「そこで、お願いなんだけど、あの…リーダーをやってて学生時代にプロデビューした大倉 宙良って、いただろ?確か、ヘクターレコードだったっけ?その大倉を紹介して欲しいんだよ」小園はジョッキを持ち上げ、コースターにしていたおしぼりで額を拭った。
「大倉?あぁ、良いよ!ちょっと待ってて」そう言うと、後藤はスマホを取り出し、操作し始めた。その後藤の行動に小園は肩透かしを食らった気分になった。正直な所、もっとゴネられるか、躊躇われると思っていたからだ。
「あぁ、宙良?ちょっと頼みたい事があってさ!うん、あぁ、ちょっと待って」後藤は話し口を親指で押さえると
「小園?明日の夕方三時に時間取れる?」と聞いて来た。
小園はあまりのトントン拍子の展開に少し面を食らったが、直ぐに「あぁ、もちろん」と答えるに留まった。
それを聞いた後藤は、再びスマホを耳に充てがうと「大丈夫だって。うん、あぁ、もちろんだよ。えっ?美奈代?あぁ、真田な!別に来なくて良いよ。それじゃあ銀座のカフェ シャルルな!OK、それじゃあ、また明日」と言って電話を切ってしまった。
それを横で聞いていた小園は「なぁ?美奈代とか真田って、あの真田 美奈代の事?」とやや後藤の顔色を覗いつつ聞いた。
「うん、そうだよ」後藤は動じる事も、顔色を変える事もなく生ビールを一気に飲み干した。
「もしかしてだけど、頼んでたら来てくれたのか?」平然としている後藤だったが、相変わらず小園は覗いを立てる様に聞いた。
「んー、分からんけど、多分、来たんじゃない?」と相変わらず平然と答えた。
「うわぁ、やっちゃったよ!真田 美奈代もお願いしといたら良かった」嫉妬心は後藤のものから小園のものに移り変わっていた。




