川上の過去
チーム滝沢のメンバー達の頑張りもあり、作業としては五割程度まで終わっていた。定時になり、滝沢は小園に、音楽を付けてくれている八戸島と言う音楽家に連絡しておくように伝えた。
実際の仕事は五割程度まで行ったが、2Dつまりは妻救出作戦はまだ駆け出したばかりだ。滝沢は出来るだけ効率を考えて攻略しなければ、いつまで経っても妻の元に辿り着けない事を胸に刻み込んだ。
研究室に着くと、今回は川上は起きていた。滝沢がノックして入ったのにも関わらず、デスクに向かって何やら黙々と作業しているようだった。
「先生、こんにちは!」滝沢が挨拶をすると、ゆっくりと滝沢の方に振り向いた。その顔はいつになく、にやけていた。
「遂にやったで!遂に手に入れたんや」滝沢は何か朗報が聞けると思い、唾を飲み込んだ。
「これや、これ見て。このフワッフワの感じ。エエやろ?これがほんまのメロンパンや」滝沢は肩透かしを喰らった気分になった。
「よ…良かったですね」とりあえず愛想笑いをした。
「分かるか?ほれ!一個あげるわ」川上は本物のメロンパンを一つ差し出した。
「あぁ、ありがとうございます。それでは遠慮なく」断るのも何なので、滝沢はとりあえず受け取った。
食べてみると、確かに美味かった。一般にメロンパンと呼んでいる物とは明らかに違うフワフワした食感、そして中からはみ出して来る甘い白餡。全くの別物だった。
「どや?美味いやろ」川上は相変わらずニヤけている。
「はい、確かに。しかし、先生は何故そんなにメロンパンに拘るんですか?」滝沢は気になっていた事を勢いで聞いてみた。
「妹のな…好物やったんや。もう食べられへん妹の…」川上は遠い目になってしみじみと話した。
「スミマセン!なんか聞いちゃいけない事でしたね」滝沢は初めて見る川上の哀愁溢れる表情に、まずい事を聞いてしまったと思った。
「イヤ!エエねん。エエ機会やから話しとくわ。…もう14年になるかなぁ、まだ医大に居った時やなぁ」川上はゆっくりと自分の過去を話し始めた。
脳外科医として、忙しい日々を送っていた川上は、ある日、神戸に住む妹の光子が原因不明の昏睡状態に陥った事を知らされる。川上は直ぐに東京に連れて来るように両親に伝えた。
上京して来た光子に何が起こったのか、懸命に探る川上だったが、異常はどこにも見当たらなかった。
両親にそれまでの光子の様子を聞いた所
「婚約まで行ったフィアンセに、間際で破棄され、その後、鬱状態に陥った」と言う。
そして、そのまま引き籠るようになり、愛読していた少女漫画に出て来る男性キャラクターが、元フィアンセに似ていた事もあり、のめり込んで行ったらしい。そして、ある日、気付けば今のような状態になっていたと言う。
川上は妹を救うには、彼女の頭の中を覗く必要があると考えた。川上は医大を離れ、電子光学の研究室に籠もる様になった。この時、既に川上の頭の中には脳波計とコンピュータを繋ぐ構想はあった。
それからも、電子光学の講師や学生の力を借りながら開発を進めて行った。
ようやく形になりかけたその時、光子は息を引き取った。
川上の悲しみは尋常ではなく、三日三晩泣きながらメロンパンを食べたと言う。
その後、電子光学の教授に見初められ電子光学の研究を続けるように打診された。
悩んだ川上だったが、自分と同じ悲しみを他の人間に与えたくないと、あくまで医学の一環として、今の研究を続けて来たのだった。
そして最後に川上は言った。
「ボクの最終目標は、現在マトリックスになっとるこれを、誰が見ても分かるように可視化する事や」
滝沢はその言葉を聞いて思った。全て終わらせた後の新たな目標が出来た。
それが恩返しになるかは、これからの自分に掛かっているんだと。




