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タイガーストリーム

「とにかくや!本人の意思でる以上、説得しに行かな、戻ってえへんで」川上は新しいメロンパン、もといサンライズの袋を開けた。

「説得って、どうやって…」滝沢の必死な顔を見てか、川上はニンマリ笑うと、サンライズにかじり付いた。

「アンタや、滝沢さん。アンタが奥さんの意識の中に入って説得しに行くんや」川上はデスクの上に置いていた飲みかけのカフェオレのストローを口に運んだ。

「どうやって?どうやって意識の中に入るって言うんですか?」

滝沢は川上に食い付くように問うた。

「それなんやけど、ちょっと用意する時間が欲しいんや。何、心配せんでエエ。ボクも一応は医師免許も持っとる元医者や。身体のケアは、しといたる。」川上のニヤけた顔が滝沢に変な想像をき立てさせた。

「身体のケアって…アンタね!」滝沢は勢いで川上の胸ぐらをつかんでいた。

「待ちなはれや、滝沢さん。いくら奥さんがゲームの中に住んでるってうたかって、実際の身体はこうして寝てますんやで。ちゃんと栄養も取らなあかんし、衛生上清潔にもしなあきませんやろ」川上の言う事が少し理解出来たのか、滝沢は手を離した。

「栄養ってどうやって?清潔って何を?」しかしやはり信用しきれない滝沢だった。

「まず、栄養は食事は出来んから点滴を打たなあかん。それから、衛生上の事やけど、医大の方に行って看護師さんを一人、派遣してもらうわ」川上は医学部棟の方を指差して言った。

「医大の方って、川上さん、行きにくくないんですか?」滝沢なりの心遣いで言った。

「アホな…っきも言うたけど、ドロップアウトした訳やないで。今でも片岡君かて "先輩" 言うて寄って来よるし、今、脳外の師長はボクが居る時はヒラやってんけど、エラいしたってくれとった。事情を話したら、ちゃんと協力してくれるって」滝沢はようやく合点がてんが行った。

「でも…こう言っちゃ何ですけど、何で片岡先生は可憐を見てくれた時、川上先生を紹介してくれなかったんですか?」話している内に、信用出来る様になって来たのか、滝沢はこの奇人を先生と呼んでいた。

「せやから言いましたやろ?片岡君は、片方からしか物を見られへんって。彼はボクとちごうて手先が器用やから脳外の手術させたらボクなんか足元にもおよばん。でもな、ボクが今、やってるこの研究なんかは、片岡君やったら思いも付かへんやろ。まぁ、適材適所っちゅうやっちゃな」

川上の過去に何があったのかは滝沢には図り兼ねたが、何となく川上の言っている事は分かって来た。滝沢自身がチームのメンバーの得性を考えて、役割りを振り分けているようなものなのだと。そしてこの奇人が信用出来る事も分かって来た。人は見かけにらないとは、こう言う事なのかも知れないと滝沢は思った。

「分かりました。それで、私はどうしたら良いんでしょうか?」滝沢は手帳を取り出して聞いた。

「とりあえず、帰ってもうても、仕事に行ってもうてもかまへん。まぁ、入院とおんなじようなモンやと思てもうたらエエ」

滝沢はその通りかも知れないと思った。電子光学科とは言っても医大と隣接している訳だし、川上がどの程度の医者だったか分からないが、医者であった事は間違いないのだから。

「それでは、よろしくお願いします」滝沢は手帳をしまい頭を下げた。

こうして、滝沢は可憐の着替え等が入ったカバンを託し、N大をあとにした。



時刻を見ると午後五時を回っていたが、滝沢はそのまま出社した。皆んな、懸命に作業を続けているようだった。

「皆んな、お疲れ!差し入れ持って来たぞ」滝沢はコンビニエンスストアで買って来たいくつかの食料や飲み物が入った袋をかかげた。

「あっ、滝沢さん!いい所に!ちょっとこれ見て下さいよ」小園の言葉に滝沢は既視感デジャヴを感じた。

「何だよ!また、どうかしたのか?」そうだった。データ漏洩した日の朝と同じだ。小園が言う通りに画面を覗き込むと、やはりと言うべきか、盗まれたゲームの記事が映り込んでいた。


"発売されたばかりの新作ゲーム『タイガーストリーム』が好調に売り上げを伸ばしている!発売から一週間で50万本の売り上げを記録した。発売元のTGKプランニング森野 虎次郎こじろうプロデューサーは「目標は200万本」と語っており、その目標も夢ではなくなった"


「何じゃこりゃ!ふざけんな!何がタイガーストリームだよ!」滝沢が怒るのも無理はなかった。元々、滝沢達が発売しようと制作に取り組んでいた商品名は『ドラゴンストリーム』だったのだ。しかも、森野は同じ専門学校で学んだ滝沢の同期で、ライバルだった男なのだ。

「そうです!これじゃあパクりましたって言ってる様なものですよ」いつもは冷静な脇田 怜央までが、こめかみに青筋を立てて怒っている。

「こうなったら、絶対にこれを超える作品にしよう」寺尾もリーダーとしての自覚が出て来たのか、叫ぶように声を上げた。

こうして、滝沢の差し入れなどは全く必要なく、全員の士気は上がった。

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