研究室
小男の研究室と言っている部屋は三階建て建物の三階にあるようだった。三階建てとは言っても、ちゃんとエレベーターが付いている、そこそこ立派な建物だった。
「最近は、学生でも先生連中にしても、車椅子やったり、杖突きやったりが多いから皆んなバリアフリーちゅうて改築しますやろ。この建物も最近になってエレベーター付けよりましたんや」
『なるほど、たかだか三階建ての建物に、贅沢な、と思ったらそう言う訳か』
案内された研究室と呼ばれる部屋は、どちらかと言えば、病院の診察室のようなところだった。
「ほなら、奥さんをそこのベッドに寝かしてもらえますか?」指示されたベッドは、正に病院のべッドそのものだった。
滝沢は言われるがまま可憐を車椅子からベッドへ移した。小男は可憐を寝かせたベッドを、キャリーのロックを解除して、どこかで見た事があるような機械の近くまで移動した。
「あぁ、自己紹介がまだでしたな。ボクはここで電子光学を研究したり、学生に簡単な電子光学の応用技術なんかを教えとる川上 新次郎て言います。ほんでお宅は?」
滝沢は慌てて名刺を取り出した。
「私は、DGP企画と言うゲームソフトメーカーで企画開発をしております、滝沢 龍翔と申します」名刺を受け取った川上は、名刺をまじまじと見ながら「ふーん、ゲームメーカーか…ほならちょっとは話し早そうやな」と言って名刺をデスクの上に無造作に置いた。そして可憐の頭に軟膏を塗り始めた。
「それは…何ですか?」期待はあると言っても、信用した訳ではなかった。滝沢にとっては大切な可憐に変な事をされては困る。すると、川上は滝沢の心を見透かしたように言った。
「心配せんでエエで。ボクはこれでも元は脳外科におった人間や。ここにあるモンも、殆どが医大から拝借して来たモンやから」川上は少し胸を張り、自慢げに言った。
「えっ?元はお医者さんだったんですか?」滝沢は川上が何故、片岡医師の事を知っていたのか納得した。
「そやでー!せやけど別にドロップアウトした訳やないで。どうしても必要に迫られて、仕方なしに、この分野を研究する事になったんや」言いながら、川上は軟膏を塗った可憐の頭に、今度は先が吸盤のようになっているコードを付け出した。
「そ…それは何ですか?」元医師とは言っても完全に信用した訳ではない。可憐に変な事をされてはたまったものでない。
「心配せんでエエって。これは、元は脳波計や。その脳波計をボクがチョチョイと改造したモンや」そう言うと、川上は機械のスイッチを入れ、パソコンのデスクに座り、キーボードをカチャカチャと叩き出した。
すると、デスクトップの画面にアルファベットや数字が羅列されたものが表れた。
「な…何ですか?それは…」滝沢はその画面に見覚えがあった。
「まぁ、お宅…滝沢さんやったな、滝沢さんには、ただの英数字の羅列にしか見えへんやろうけど、ボクの目にはこれが映像に見えんねん」
滝沢は川上の言っている意味がようやく分かった。ゲームを作る際に、ゲームとしては美しい背景だったり、キャラクターだったりのポリゴンが画面に表示されるが、元のデータはこのような英数字の羅列で出来ているのだ。見覚えがあったのはそう言う事だったのだ。
しかし、だからと言って、それを見ただけで、頭の中で映像が浮かぶような事はあり得ない。滝沢じゃなくとも、あの小園でも恐らくは、映像などは見えないだろう。
「んー、なるほどな!奥さんは今、滝沢さんの言うゲームの中に居るな」川上は画面から顔を離してマトリックスをスクロールしながら言った。
「はっ?ゲームの中?どう言う事ですか?」流石の滝沢にも川上の言わんとするところの真意を図り兼ねた。
「もうチョイ調べな分からんけど、ゲームの中で何かのキャラクターになって、そこに住んどる。それも、多分、自分の意思でな」川上は相変わらずスクロールしながら目を細めた。
「自分の意思で…ゲームの中に…?」滝沢はまるで狐か狸にでも化かされているような気分で川上の言葉を聞いていた。




