サンライズの男
『もう、本当に方法はないのだろうか?確か、片岡医師は最後に "新種のウィルスに感染したとか…" なんて言ってたよな。じゃあ、ウィルスに感染したとして、その、感染源は?そして、何より四六時中と言う訳じゃないが、一緒に住んでる私はなんともないじゃないか』やはり、いくら考えても答えは出なかった。
ふと、滝沢の足元に何かが当たった。
「メロンパン?」滝沢は袋に入ったままのメロンパンを拾い上げ、転がって来た方に目配せした。すると、白衣を着た小さな男が「サンライズ!ボクのサンライズ」と訳の分からない事を叫びながら、こちらに向かって走って来た。
男は滝沢の近くまで来ると、両手を膝に突き立てて "ハーッ、ハーッ" と息を切らした。
「スンマセン、おおきに。ボクの…ボクのサンライズ拾てもうて」と言いながら右手を差し出した。
「サンライズ?この…メロンパンの事ですか?」滝沢は手に持っていたメロンパンを差し出した。
すると男は「はっ?メロンパン?どこ、どこにあんのん?」と言いながら右手で眉の上に庇を作って周りをキョロキョロ見廻した。
『何なんだ?この戯けた関西弁の小男は?』
「あの…私、貴男のお戯けに付き合ってる暇はないんですよ。さっさとこのメロンパンを受け取って向こうに行ってもらえませんか?」滝沢はイラッと来てつい、辛辣に言い返してしまった。
「あぁ、スンマセン、ボクね、サンライズをメロンパンって言う東京モンの透かしたトコが嫌いでね。つい…」と言いつつ後頭部を掻いた。
「まぁ、こちらもちょっと言い過ぎましたけど、この…サンライズかメロンパンか知りませんが、どうぞ」滝沢は再びメロンパンを差し出した。
すると男は落ちていた木の枝を拾い、ベンチの周りだけ芝が剥げて土が剥き出しになっている所に何やら絵を描き始めた。
「エエですか?ほんまのメロンパンて言うんは、こんなんや。それはサ・ン・ラ・イ・ズ」と言いながらラグビーボールのような楕円形の物体を描いた。
男はメロンパンを受け取ると "ふん" として滝沢が座っていたベンチの横に腰掛けてメロンパンを食べ始めた。
「あぁ、ほんまのメロンパンが食べたいなぁ、あのフワッフワの…」小男はブツブツ一人言を言い出した。
『参ったなぁ。一人で色々と考えたいのに…』滝沢は可憐を連れてその場を去ろうとした。
「あぁ、気にせんで構いませんよ。ここ、座ったら宜しいねん」男は座っていたベンチの横をバンバンと叩いた。滝沢はこのまま去るのに後ろ髪を引かれ、仕方なく男の横に座った。
「イヤァ、エエ天気ですなぁ。こんな日は外でメシ食うんが一番ですわなぁ」小男はベンチに座っても地面に届かない両足をブラブラさせながら言った。
『何だよ!この訳の分からない小男は!』
「はぁ、まぁ、そうですね」滝沢は適当に相槌を打った。
「何や、元気ありませんなぁ。横に居てんのん、奥さん?彼女?」小男は顔は正面を向いたまま、横目で可憐を見て言った。
「妻です」滝沢は吐き捨てるように返した。
「ふーん、何で寝てますのん?こんなエエ天気やのに」小男は今度は空を見上げて言った。
『本当に人の気持ちを逆撫でる男だなぁ』
「分かりません。今、病院で見てもらいましたが、原因は分からないそうです」滝沢は語尾を強めた。
「あっ!片岡君やろ?彼なぁ、ウンそやろなぁ。彼なぁ、片方からしか物を見られへん、典型的なお医者さんやからなぁ」小男は意味深な物言いをした。すると、この変な男の口から出た意外な名前に滝沢は反応した。
「片岡先生を知ってるんですか?じゃあ、貴方も医者ですか?」と興奮気味に返した。
男は首を横にブルブル振りながら「ボクはアッチ、あそこで電子光学を研究してますねん」男は病院棟とは反対側の建物を指差して言った。それを聞いた滝沢は一瞬でも期待した自分に腹立たしくなった。
「そうですか、それでは私はこれで」今度こそ、その場を去ろうとした滝沢の背中に向かって小男は足止めをした。
「ちょう、待ちぃなぁ!ちょっとでエエから奥さん、ボクに見さしてくれへん?」小男はベンチから飛び降りるように立ち上がった。
「貴方、医者でもないのに、妻を診れるって言うんですか?」滝沢の苛立ちは頂点を極めようとしていた。
「まぁまぁ、そない怒らんと、片岡君よりはボクの方が頼りになるかも知れませんで」と言うと、小男は食べかけのメロンパンをベンチの上に置いて、胸ポケットからペンライトを取り出し可憐の元に歩み寄って来た。
小男は可憐の目をこじ開けると、目に向けてペンライトを上下左右に動かした。そして、今度はペンライトを目に真っ直ぐ当ててグッと凝視した。
「そんな事して、何か分かるんですか?」滝沢は期待半分、疑惑半分の気持ちで男に問うた。
「あぁ、やっぱりなぁ。奥さん、多分、病気とかそんな類とちゃいまっせ」男の意外な言葉に滝沢はピクリと反応した。
小男は可憐を見たまま「奥さんの意識は多分、どっかの2Dの世界に行ってるんやと思いまっせ」と訳の分からない事を言い放った。
「2Dの世界?何なんですか?それは」どうせ、原因不明なのだからと滝沢は期待を少し膨らませて聞いた。
「まぁ、論より証拠や…て言うてもアンタの知識で証拠になるか知らんけど、興味あるんやったらついといで」男は食べかけのメロンパンを拾うと、男が言う研究室なるものが入っていると思われる建物に向かって歩き出した。
「えぇい!なる様になれだ!」滝沢は半分以上はやけ糞の気持ちで男の背中を追って可憐が乗る車椅子を押した。




