第百四十話 秀次
羽柴湊にて、秀次は地図を見ていた。
秀永から渡された南北大陸が描かれたものだった。
日本も書かれているが、初めて見た時は疑ったものだったし、今でも日本の海岸線を含めた形については実感がないため、正しいかはわかっていなかった。
ただ、城の位置や山や平地については、大体あっていた為、秀永作った地図を元に測量を行って、正確性を高めていた。
川も大体あっていたが、存在するはずの河川がなかったり、逆に存在しない河川があったり、河川の流れが違っていたり、海岸線も沖に大きく出ていたりと、食い違いが数多かった為、皆が首を傾げた。
元々あった地図や行儀図などとも違いがあり、当初は疑われていた。
三成でさえも、真に受けることはなく、秀永に確認を何度も行っていた。
一番のおかしい点が、大坂城に流れ込んでいる大和川の流れがなく、堺へを抜けて海に流れて込んでいた為、疑われた。
その為に、地図自体が信用されなかった。
ただ、その後、測量の仕方を秀永が説明し、三成ら奉行衆が中心となり摂津、河内、和泉周辺を調査した結果、ほぼ正確であると確認が取れた。
一部、違うものや細かい点の差異を修正するために、現在も全国で測量が行われていた。
西のシベリア、蝦夷や千島列島、樺太、高山国や南方の地域へも測量を広げていった。
東の大陸の西側の測量も行われており、地図の精度をあげていった。
「秀次様」
「忠康か、如何した」
「兄宗高、道斎殿が戻ってまいりました」
「そうか、ここに」
「はっ」
前野忠康は、前野宗高、高野道斎を呼びに部屋を出た。
「さて、東はどのような状況か」
しばらくすると、忠康が宗高、道斎を連れて部屋に入ってきた。
「失礼します」
「両名ご苦労だった」
「「はっ」」
「戻って直ぐ済まぬが、どうであった」
宗高、道斎、藤堂良政の三人は秀次の命で、大陸の東側を探りに行っていた。
秀次の問いに、宗高と道斎は顔を見合わせ、宗高が話し始めた。
「南東の海岸沿いの町は、海賊が盤踞しており、総督と組んで制海権を持っているようです。スペインの勢力が支配しているようですが、東部および北東部はまだ、スペインの支配が及んでいないようです」
「宗高殿の言う通り、現地の農作物や鉱物を本国に輸出して利をあげているようですが、それより北部はそうではないようでスペインの町、集落は見かけられませんが…」
「ん、どうした」
「どうも、紅毛人…殿下のいう所のイングランドら、スペインとは違う宗派の者たちが住んでいるところが数か所ありました」
「ふむ、それでどうだ」
「話はできますが、やはり耶蘇教とではない為、あまりいい印象はないようでした。ただ、スペインに比べれば、まだ、受け入れられるとは思えました」
「そうか、それも殿下の話の通りか、そうなるとかなり手ごわい相手になるか」
「かもしれませんが、ただ、国として入植というより流れ着いたという感じに思えました」
「なら、手を結べるか」
秀次の言葉に、宗高、道斎は難しい表情を浮かべた。
「確かに、スペインに比べれば手を結べるとは思いますが」
「どうした奥歯に物が挟まるような言い方をして」
「道斎殿、良政殿と共にあ奴らと話をしましたが、なかなか油断らなぬ目をしておりました」
「そうであろうな。殿下の話であれば、国に従わず信仰するものに従い、こちらに逃れてきた者たちだからな。反骨心は旺盛であろう。であれば、こちらと手を結ぶことは、今であれば可能かもしれんな」
「はい、殿下の話であれば、今はまだ勢力も小さく、人も支配地域も少なく狭い、そして、彼らの宗派はスペインの宗派と反目している為、共通の敵として手を結べると思えます」
「ただ、殿下の懸念が正しければ、同じ宗派のイングランドや他の国々が介入してくれば、敵対するかもしれません。また、鉱物などの所有を巡り争う可能性もあるかと」
「その通りだな。まあ、わが国でも、世代を重ねれば反目し合う場合も多い。民族も信仰も違う以上、将来的には争う事になるだろう。そして、彼らは唯一一神教と殿下は行っていた。神はひと柱であり、他には存在せず、違う神を信仰するものは邪教であり、悪魔信仰であるとして排除されると」
「確か、同じような信仰が他にもあると」
「そうだな、回教と言われる者たちだな」
「はい、商人とも優秀と聞いております」
「耶蘇教とよりは話が出来るとは聞いているが、やはり唯一一神教だから将来的には争う可能性はあるな」
「はい」
「が、それは今問題とするべきことではないか」
「それと、殿下が言われていた耶蘇教と回教の源流ともいえるユダヤ教の信者も少数いました」
「ほう、だが、彼らは忌避されていたと言われていたが、一緒にいるのか」
「いや、別に集落をつくっているようです。交流はしているようではありますが」
「なるほど、ここには頼るべきものもない、原住民もいる。だからこそ、手を握り協力しあうが手を携えて一緒になることはないか。しかし、信仰の違いは根深いようだな」
「かつて、わが国でも神道と仏教で揉めたという話もありますから…」
「そうだな、良政はどうした。あちらに残したのか」
「はい、数人の部下とアパッチらの者たちと共に、地域の部族と交渉を行っています。東南部の部族はスペインからの圧力があるそうで、交渉はこちらにとって良い方向に進んでいました。他の地域も入植してきた者たちとの小競り合いがあるようで交渉は進みそうです」
「争いはなかったか、途中の部族とも小競り合いはありましたが、こちらが持ってきた酒をふるまうと収まりました」
宗高の言葉に秀次は苦笑をした。
「酒は人と人を繋ぐ役割を得るのか…土地や民族は関係ないのか」
その秀次の言葉に三人は苦笑を浮かべた。
「儀式のように酒を飲み、神との交信を行うという事でしたが、まあ、きつい酒なので薄めて、皆に振舞ったら友好的になり、追加でほしいと言われましたので、こちらに友好的な部族と争わない事を条件に取引を行う約束を行いました。申し訳ございません」
「宗高、構わない。酒はこちらでも増産している。日本と違い、米ではなく芋の焼酎だがな」
「それで問題ないかと。あまり酒の取引もなく、飲んでいない部族も居ました」
「そうか、それで協力関係が結べれば問題ない。まして、殿下の話では原住民は神道と同じ形態というではないか」
「はい、ですので取り込むことは可能と思われます」
「殿下のいう事が事実なら、遥か遥か昔に枝分かれした同族であると」
「そうだな、確かにスペインの者たちに比べれば、顔や姿が似ている」
「真実かどうかは別として、近い者たちとは感じます」
「まあ、だからと言って素直に協力するとは思えんな」
「はい」
そういって、秀次は三人と笑いあった。
「部族同士の争いは、我々が仲介しつつ、食料の提供と栽培技術の提供で協力関係を築けつつあります。ただ、放牧関係は我々よりも優れているようでこちらも学ぶことが多いです。また、彼らは素直で、時々、心配になるときがあります」
「宗高殿の言う通り我々と違い戦続きではないのか、それとも素直な戦いしかないのか…イングランドやスペインの者たちに騙されている者も多くいたようで…それと、麻疹、結核、天然痘の危険性も説明しておきました。しかし、信用はされてません」
「それはそうだろう。よそ者のことをすぐ信用は無理だろう。だが、こちらにも被害が広がる可能性があるから、対策だけは行っておくことだ」
「はい、漢方、食料の備蓄は進めており、途中の友好的な部族にも依頼して増やしていく予定です」
「道斎、頼むぞ」
「はっ」
「道斎は交易を含め、森九兵衛には各部族への漢方の薬草を作る指導を行わせろ」
「わかりました。西部の部族の協力を求めて、行います」
「任せる。忠康は兵を纏め、街道の整備と休憩所の設置を引き続き行え」
「はっ」
「政宗殿への支援もある。本国からの支援は難しい」
「はい、そのため、ため池などの造成などを進めております」
「水がなければ、食料も得れないからな」
「はい、大陸の中央部は水が乏しいところもありますので、ため池の必要性が高いと思っています」
「運河とは言わぬが、河川の整備が必要だな」
「はい、原住民と移住してくる者たちを使って、広げています。結果は、まだまだ先になりそうですが」
「そうだな、だが、進めなければならん。苦労を掛けるがよろしく頼むぞ」
「はっ」
「それと宗高、今度行く時には永継を連れて行ってくれ。今後の事を考えれば、各地の部族と顔つなぎが必要だろう」
「少々危険では、まだ若く身体もできておりません」
宗高の言葉に秀次は顔を左右に振った。
「分かっている。だが、分家として、この地を預かる以上、部族との顔つなぎと、この土地になれる必要がある」
三人はその言葉に、眉をひそめた。
「娘たちは、日本に戻すこともあるだろうし十丸は戻すかもしれぬが、永継は後継者としてこの地に残る。わしを含めて、日本に戻るとするならば、遺髪のみであろうよ」
秀次の覚悟に、三人は下を向いた。
「そんな顔をするな、この大陸は広いぞ。それこそ、日本よりもな。まして、西の大陸に比べたら過ごしやすい部分もある」
「しかし、厄介な病や虫どもがいますが」
忠康の言葉に秀次は苦笑を浮かべた。
「確かにな。巨大な蜥蜴もいるし油断はできぬが、日本にいるより広大な土地を保有することは可能だろう。原住民もいるが、全体を支配してるわけでもないからな。百万石どころか千万石の大名ともいえるかもしれんぞ」
「その割に、苦労が多き過ぎるとおもいますがな」
「道斎もまだまだ活躍してもらわなければならんぞ」
「何とも人使いの荒いことで」
そう言って、四人は笑いあった。
「スペインや西の大陸の果ての者たちを防ぐ防人ではある。だが、我々は見捨てられたわけでもない」
「そうですな」
「朝廷も官職を増やしても、それを武士にとられる事に歯がゆく思っておったようだがな」
「でも、その下で働く官職に中級下級貴族も任じられ仕事が与えられて喜んでもいるようですが」
「そうだな。摂関家などであっても、子や孫に与えられる役職は限られるから喜びはするが、京から出ることは嫌がっている者も多いな。それに出産が増え、幼子が亡くなることも減ったこともあるだろう」
「協力的でないものは放置すると殿下は言っておられましたな」
「ああ、協力するものには仕事と報酬を与えるが、協力しないものはその家で面倒見ろと、ずいぶん突き放した物言いで反感を買ったようだが、陛下はそれを認められたからな」
「はい、陛下の発言は内親王、親王家を認め、親王は各地に赴き祭祀を取り扱う事をお願いした事も関係しているかもしれませんな」
「尼や僧になるなら、俗世で活躍できる場や降下出来る方が幸せだろう。中には、出家を選んで各地に赴いて、修行をする方もおられるそうだがな」
「ええ、殿下はそれを聞いて、積極的に支援しているとか」
「諜報の役割ではないが、各地に赴きその地の情報を得ることは貴重であると言っておられたからな」
「親王様たちが危険を顧みず、各地に赴く以上、我が子も甘やかすことはできぬ…が、わしも一緒に行って、部族長たちと語らうことにする」
「まだ、安全が確保されておりません。万が一の事があったら」
忠康の言葉に、秀次はふっと笑った。
「叔父上は、身の危険を顧みず各地を転戦したぞ」
「しかし」
「百丸らは残していく、九兵衛らに補佐させればよい。それに、此処にいても病で亡くなることもある。どこも危険なものだ」
「…分かりました」
「あと、部族長の娘との縁を結ぶ必要がある」
「それは…」
「別に私の側室にする必要はない。永継の室でも側室でも良い。我々は、この地に根を張る必要がある」
「分かりました」
「血のつながりが、一番良いだろう。特に話を聞く限り一族の結束が固いようだからな。あと、政宗殿も既に側室を迎えているらしいぞ」
秀次の言葉に、三人はため息を継いだ。
「永継の正室をどうするかは、殿下と相談済みだ。好きにしていいと言われている」
「まことですか」
「ああ、なので、気にせずに。そして、お主たちも考えておけよ」
その言葉に、三人は何とも言えない表情を浮かべ、秀次はその顔を見て笑った。




