第百四十一話 秀吉
困った表情をしながら、三成は秀吉からの書状を呼んでいた。
「おふくろ様の許可を得ていると書いているが…」
そう言いながら、秀吉からの書状おいて、今度は寧々の書状を読みだした。
秀吉が死を装った際に、側室は淀君を除いてすべて、秀永が差配して再嫁させている。
その際に、本人の意向を優先し、実家の以降は二の次にした。
相手がいない場合は、しばらくは豊臣家で養い、嫁ぐ際には、化粧料として1万石を渡した。
媒酌人は、秀永行っている為、再嫁した家も無下に扱われることはなく、穏やかに過ごしている。
その為、秀吉本人も妾を置くこともなく、寧々と過ごしていたが、秀吉の事を考えた寧々が妾を取ることを勧めていたが、秀吉は断っていた。
秀永が成長する、孫が出来るまで我慢すると。
我慢と言った時に、寧々が苦笑を浮かべていたが、子どもが出来た事や秀次が東の大陸に渡り、跡目争いも起きそうにないことから、寧々もひと区切り付いたのだからどうだと話したと聞いた。
それでも、秀吉は子が増えれば跡目争いが起きると危惧したようで、しばらくは保留にしていたが、秀永も成長し、日本の外であれば良いかと考えを変えたらしい。
ただ、子が産まれた場合は、継承権を与えず、秀次よりも家格を低くするとも言っているそうで、秀吉の立場は教えず、ただの女好きの裕福な老人が手を付けたという形にするらしい。
「それで、子ができたと…」
三成は深いため息をついた。
既に、妾がいることは秀永も知っていた為、その事を聞いた時に笑っていた。
「はぁ、よく我慢しましたね…とは、子が言う言葉としてはどうかと思うのですが」
古今東西、年を取って出来た子を溺愛し、家督が乱れることは良くある話であり、いくら秀吉が言ったところで、その子を利用するものが必ず出てくる。
秀吉の存命を知っている者は、少ないとはいえ、それなりの人数がいる。
「生まれてくる子が、姫であることを祈るしかないか」
女子であれば、後継ぎ問題もそこまで大きくはならない。
秀永に何かあっても、生まれる子が男であれば問題はなく、秀克もいる。
秀克が高山国を本拠とする話もあるが、今のところは本決まりではなかった。
三成としては、シベリア、高山国、呂宋、そして、それよりも南の大陸に、豊臣家を大名として置きたいと秀永には話していた。
東の大陸は、秀次の一族の管轄としたが、将来的には秀永の血筋との婚姻を約束していた。
ただ、秀永は血筋を信用はしていないと三成に話していた。
源氏の親兄弟での争い、観応の擾乱のような兄弟の争いと、足利将軍家と鎌倉公方との血族の対立。応仁の乱やそれ以外でも、後継者争いや一族の分裂など信用できるものではないと言い。
三好兄弟、北条兄弟、島津兄弟、秀吉秀長の兄弟など、近々で手を取り合った事例はあるが、代を重ねればそれは薄れる。
血は水より濃いとはいえ、それを盲信することはできないと秀永は言った。
また、唐は、血筋を王や諸侯に封じたが、結託して挙兵し反旗を翻したり、本家が弱っても助けることもしない。そんな歴史を証明している実例がある。
南蛮諸国と言われる西の最果ての国々も、婚姻関係を結び血縁が広がっても戦が亡くならないどころか、諸侯や国が争っているとも言っていた。
それを聞いて、どうすべきかと三成は秀永に聞くと、教育と法によって纏めるしかないと説明された。
それさえも、長い時間が経てばそれも崩れるだろうが、その時の者たちが考えるべきと秀永は言った。
なので、秀永は特に血族による政治体制をそこまで重視していなかった。
「とはいえ、やはり、豊臣家の方がいる方が良い。権限を与えるにしても、大名家を信じ切るのも無理がある。今はまだよいが、今後、力をつければどうなるかもわからない。こちらからの統制が入らなくても、やはり親族が治めている方が協力関係を築きやすいはずだ」
そう三成はつぶやきながら、立ち上がり秀永の元に向かった。
「父上が、子をなしたそうですね」
「はい」
「目出度きこと。弟か妹が増えることになるのは感慨深いですが、我が子とあまり年が変わらないのも不思議なものです」
秀永の言葉に、三成は苦笑を浮かべた。
今まで、子が出来ず悩んでいた秀吉に子が出来たという事について、不思議に思った。
「しかし、高齢でもあるのにお元気なようです」
その言葉に、三成は苦笑を浮かべた。
「やはり、精神的に若返り、滋養強壮を付けたからでしょうか。相手の方の力もあるとは思いますが」
「…」
三成の表情見て、秀永は困った表情をした。
慌てて、それを見て、三成は頭を下げた。
「気にしなくても良いですよ。確かに父上は長い間子が出来ず、皆からも不思議がられていました」
「…」
「あくまで私の考えですが、父上は今まで精力的に動き、心身ともに疲弊しながら生きてこられたと思っています」
三成は頷いた。
「そのため、子をなす力が衰えていたのかもしれません。当初は貧しく精の付くもの食べれず、満足に食事をしないまま東奔西走していたはずです。信長様にも精神的な圧力をかけられ、出自の問題もあり他の歴々の重臣、公家衆や商人からも散々圧力をかけられたはずです。肉体的には頑強でも、体の内部や心にはそれを耐える力が弱かったのかもしれません」
「そうなんでしょうか。ご隠居様は、笑顔を絶やさず、周囲を鼓舞しながらまい進されていましたが」
「そうですね、でも、特に心は他人は見ることはできません。まして、本人でさえ疲弊状態を誤魔化すように動く場合があります」
「…それは」
「例えば、何日もろくに寝ない、身体を限界まで動かす、仕事の量がまったく減らないなど、過度の負担に耐えられない場合は、心が身体をだまして問題ないと認識させることがあります。なぜか疲れているのに元気になっている事はありませんか」
「ありますね」
「でも、実際は心身に負担があり、気を抜けば数日寝込むことや、病になってしまうこともあると思います。父上は、子をなす力が元から弱かったのかもしれず、そのような状態で長年生活され子が出来なかったのかもしれません。そして、表舞台から降りて、養生し栄養を取った為に子を成しやすくなったのかもしれません」
「ふむ、それでは、子が出来ぬ者たちももしかしたら?」
「はい、夫婦ともに十分な栄養をとり、心身ともに健康になれば子をなすことが出来るかもしれません。また、出産に関する衛生環境の整備も必要です。安全に出産ができなければ、その後の生育にも影響しますが」
「それを、医師、薬師も協力して試しているんですね」
「ええ、まさか、父上がその結果を出す第一号になるとは思いませんでしたよ。年が年なので」
そう言って、秀永は笑った。
「それでも子が出来ぬものはいるとは思いますが、ひとつの成功事例として、良いことだと思います…公表はできないですが」
そう言って秀永は苦笑した。
世間では亡くなったとされている秀吉が子をなしたとは、流石に公表することは難しい。
気が付いている者もいるが、秀永が公表しない以上、何かを言うことはなかった。
ただ、子が出来れば話は別で、利用しようとするものがいるかもしれない。
「秀克には私から伝えますが、淀殿には伝えるのは止めておきましょう。騒ぐことは流石にないと思いますが、周囲の者がどのような動きをするか分かりませんので」
「分かりました」
「あとは、医師と薬師を派遣しないといけないですね」
「口の堅い者たちを選びます」
「お願いします」
「あと、近衛家から側室の話が来ております」
「…はぁ、駒に子が出来たからでしょうが…もう少し、安定期に入るまでは待ってもらってください」
「分かりました。ただ、豊臣の一族は少ないので、殿下には子を増やしていただかなければなりません。側室は数人お願いします」
「いたし方ありません。秀克にも負担してもらいましょうか」
「秀克様は赴任される現地の有力者を正室に迎えるのでは」
「いえ、次代以降は、それも良いですが秀克の正室は、摂関家から迎えたいとは思っています」
「それは…」
「叔父上の子らにも公卿から正室ないし、側室を貰ってもらう気ではいます」
「秀次様には、正室は自由にと言われたと思いますが」
「はい、なのでその次の代ぐらいに嫁いでもらいたいかと思っています。血縁による関係は期待はしませんが、それを是とする人たちにとっては安心できる材料になるかと思っていますので」
「なるほど」
「重家さんも、どうですか?豊臣か羽柴か公卿と婚姻関係を結びますか?」
「…いえ、お断りします」
「ははは、まあ、今は良いですよ。私に頼むのですから率先していただからないとね?」
そう言いながら、にやりと秀永は笑った。
三成はそれを見ながらため息をついた。
「豊臣家でも重要な位置にいる以上、ある程度、覚悟しているのでしょう」
「それは理解しておりますが」
「まあ、それでも本人同士が何度か会って、話して合わなければ、話は無かったことにしますけどね。関係は時間をかけて築けるものですが、第一印象は中々意識の中から抜けないものですから、駄目なときは他の方に嫁ぐのが一番良いですよ」
「そのようなことを言われるのは、殿下だけです」
「悋気の強い方は、流石に私でも手に余りますからね…駒が良い人で良かったです」
「ははは」
ふと三成は、正則の事を思い出して、乾いた笑いをした。
良い方なのだが悋気が強い、気が強い正則の室でも秀永は何とかしそうと思いながらも、確かに気が休まらないと思った。そして、自らの妻であるうたを思い出した。
「そういえば、秀克を南方へ送る手はずはどうなっています」
「はい、最新の船で編成した海軍で護衛する予定です。後は、勝永殿に護衛を頼む予定です」
「なるほど、それは心強いですね」
「あと、家康殿から忠輝殿を一緒に連れて行ってほしいと」
「そうなんですか」
「ええ、なかなかの気の強い方らしく、国内に留めるよりは外へ出た方が良いと言われていました」
秀永は忠輝と家康の関係を考えていた。
親子の仲は良くはないが、対立するほどの悪さではないと思っていた。
ただ、太平よりも戦国で生きる人物だったと考えており、その勇猛さと果断さは家康には危うく見えるのかもしれない。
それよりも、秀忠の方が兄秀康に似た忠輝は自らの立場を脅かす危険な才能を持った人物と映ったかもしれない。その為、家康の死後、秀忠によって改易され配流されたのではないかと推測した。
この世界では、将軍職にはないが、当主の座に就いた秀忠は警戒している可能性はある。その為、家康は対立して家中が分裂する前に外に出そうと考えたのかもしれない。
家康が危惧するもうひとり秀康は体調を崩しており、忠輝がいなくなれば秀忠の立場は安定すると考えていた。ただ、その子仙千代も中々強情だと聞いており、いずれは、外に領地を貰い松平秀康の家系をそこに移封させる心算と秀永は聞いていた。
秀永や秀克とも年が近い為、偶に会い関係を深めていた。それは他の大名家や配下の武将たちの子も同じで、幼年学校を京に建て、秀克と一緒に学ばせてもいた。
忠輝は、家康の推挙で秀永の小姓として仕えてもいたが、あまり秀永の近くにいると秀忠が心穏やかではないだろうという判断の元、秀克と共に南方への随行の一人にすることを三成に頼んだ。
「いいと思います。大人しくするのが大変そうなので、秀克の支えにもなりそうですし」
「ありがとうございます」
「代わりに、仙千代さんを小姓にしましょうか」
「家康殿のお子ではなく」
「ええ、他の子は秀忠さんについて学べば良いと思います」
「ふふふ…悍馬を豊臣家が受け持つのですか」
「まあ、他のお子もなかなか難しい子がいるとは思いますが、年も離れてますし、竹千代さんを補佐するご一門になるでしょう。悍馬は能力があるから悍馬なんですよ。なので、その能力を成長させて、豊臣家の為に使ってもらいましょう。それに、父上が好きそうな人たちです」
「確かにご隠居様は元気な脳筋…ではなく、闊達な若者を気に入りますから」
そう言い二人は笑いあった。
秀吉は子が出来たと聞いて、踊っていた。
その近くでは、子が出来たことに喜ぶ若い娘と、苦笑する寧々が座っており、清正と正則が笑顔で寧々たちの向かい側に座っていた。
「温泉の効果かのぉ」
「ご隠居様、これは後世に子宝の湯と言われるかもしれませんな」
「その通り、子宝の湯、良いですな」
そう言って、三人は笑いあった。
しばらく踊った後に、秀吉は動きを止めた。
「ふむ、子が出来たとなると、旅には連れていけぬな…寧々よ、頼めるか」
「分かりましたが、元気に戻ってきてくださいね」
「ああ、今回は高山国に行って帰ってくるだけだ。それと、すまんが虎之介、二人を守ってくれんか」
「…」
清正は、その言葉に一瞬苦い表情をした。
「一緒に行けない事は残念ですが、おふくろ様とろく様の事はお任せください」
若い娘のは呂宋で人さらいにさらわれるところを利益が助けて、身寄りがないという事で一時保護していた。
どうも、働いていたところの雇い主が、娘を売ったらしく、娘はその事を知らなかったようだった。
そのことを聞いた娘は驚いて、しばらくふさぎ込んでいたが、寧々などが励まして回復した。その後、そのまま放置するにも、世間に戻すのも心配した寧々が雇うことにし、秀吉の身の回りの世話を任されるようになった。
その時に、過去を忘れるために、ろくという名を名乗るようになった。
秀吉の世話をしながら日本の言葉を一生懸命に学ぶ姿に、寧々は好感を持った。
そうしているうちに、秀吉もほだされたのか手を出してしまったようで、それを聞いた寧々にこっぴどく怒られた。
秀吉は、妾を持てと言ったじゃないかと言い返したが、それはそれで、ちゃんと話をしてからであって、黙って手を出していいとは言ってませんと言いながら箒で秀吉を叩いた。
それを見て、ろくはおろおろしていたが、清正や正則が仲がいい証拠だから気にするなと慰めて、落ち着くを取り戻した。
その後は、秀吉について日本に来て、秀吉の有馬での湯治についてきていた。
「この年でも子が出来るか…うれしいもんじゃな。そうじゃ、この子はろくの子でもあるが、寧々、お主の子でもあるからな」
「分かっておりますよ」
寧々は秀吉の気遣いに気が付いていた。
子が出来なかったことに対して、思いつめないようにの配慮は、今までもしてくれていた。
信長が亡くなった後、人が変わったと言われることもあるが、寧々に対しては一貫して態度を変えることはなかった。
「木下の者らにも会いたいが…」
「止めた方が良いかと」
「そうだな、まあ、仕方あるまい」
「木下の者たちは、シベリアと南方へ行っているようだが、元気なのか」
「ええ、兄と勝俊は日本に居ますが、他の子たちはそれぞれ領地を貰い治めているようです」
「ならばよいか」
「秀秋は、秀永の命で京で学びを得て、評判が良いようです」
「ああ、あれか、秀永から酒を止めるように止められたらしいな。ははは」
「ええ、若いうちから飲むのは身体によくないと。最初は、不機嫌だったようですが、元就殿の父弘元、兄興元が酒害で亡くなった事を滾々と言われ、その際の苦しみや辛さも何度も言われて、酒に対して恐怖を感じるようになったとか。行き過ぎと秀永に叱りましたが、命の方が大事と言われて言い返せませんでした」
そう言って、寧々は笑った。
「それで、酒は元服するまでは飲まない、もしくは、背丈が伸びるのが止まるまでは飲まない方が良い。そして、飲み過ぎないようにとお触れを出しましたね、市松」
「…はい」
「確かにのぉ、市松は酒癖が悪いからな!お前は飲むなよ?飲むとしても、薄めて少しだけだ!」
「…殺生なことを」
「仕方あるまい市松、お前、どれだけの失敗をしてきたんだ?」
「…」
「いつまでも子供ですね」
「おふくろ様、それはないですよ!」
そう言って正則だけふてくされて、他の者たちは笑い出した。




