第八話 名を知られた男
小林城、伊東方の陣所。
木崎原から命からがら逃げ延びた足軽の一人が、傷の手当てを受けながら、震える声で語っていた。
「あの戦、味方が崩れたのは、伏兵のせいだけじゃねぇ……囮の兵を、あそこまで平然と使い潰す将なんて、見たことがねぇ」
「島津義弘の下に、そういう策を立てる小僧がいるらしい。名は……確か、有村とか」
「元服したてだと聞いた。だが、あの策の冷たさは、とても小僧の考えとは思えん」
「飯野の悪鬼、と呼ぶ者もいるそうだ」
その言葉は、傷ついた兵たちの間で、じわりと広まっていった。伊東義祐の耳にも、遠からずその名が届くことになる。
真幸院、飯野城下。
有村義誠は、木崎原の戦から一月ほど経った頃、再び義弘に呼び出されていた。
「伊東は、木崎原の借りを容易くは忘れまい。すでに、間者らしき者の出入りが増えておる」
義弘の言葉に、義誠は静かに頷いた。
——大敗した側が、すぐに大軍で押し返してくることはない。だが、探りを入れてくることは、十分にあり得る。
「義誠、お主に真幸院の境目、いくつかの見張りを任せたい。伊東の間者が入り込んでおるとすれば、村々の動きに、必ず綻びが出るはずだ」
「承知いたしました」
義誠は、飯野城下から半日ほど離れた境目の村々を、数人の郷士と共に回ることになった。表向きは、木崎原の戦後処理と、村の被害調べという名目だった。
三日目、義誠は違和感に気づいた。
とある村で、行商人だと名乗る男が、やけに詳しく飯野城の兵の数や、義弘の動向を尋ね回っていたという。庄屋の話では、村を出た後、その男は真幸院の外れではなく、なぜか山中へ向かったらしい。
「行商人が、荷も持たずに山へ入る道理はない」
義誠は、その足取りを追わせた。
案の定、男は日向へと続く間道を辿っていた。義誠は数人を率いて先回りし、間道の途中で男を待ち構えた。
「そこな者、動くな」
男は一瞬、逃げる素振りを見せたが、退路が塞がれていると悟ると、観念したように膝をついた。
「……お主、伊東の間者だな」
男は答えなかったが、その沈黙が、何よりの答えだった。
「命だけは、お助けを……」
義誠は、少しの間、男を見下ろしていた。
——ここで斬れば、伊東への牽制になる。だが、生かして帰せば、それも一つの意味を持つ。
「お主の名は」
「……甚八、と申します」
「甚八。お主を斬ることは容易い。だが、それでは意味がない」
義誠は、男の縄を解かせた。
「日向へ戻り、伝えよ。真幸院を探ろうとする者は、必ず見つけ出す、と。次に間者と分かれば、容赦はせぬ」
甚八は、震えながら何度も頭を下げ、逃げるように山を下りていった。
「あれでよかったのか」
同行していた次郎太が、訝しげに尋ねた。木崎原の一件以来、次郎太の義誠への態度は、明らかに変わっていた。恐れと、それでも認めざるを得ないという複雑な色が、その声に滲んでいた。
「殺せば、それだけの話で終わる。生かして帰せば、あの男は伊東の陣で、飯野の様子を語らねばならぬ」
「わざと、恐れを広めさせるということか」
「戦わずして相手を怯ませられるなら、それに越したことはない。無駄な殺しはせぬ、というのが、私の信条だ」
次郎太は、しばらく黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。
「……お主、本当に、何を考えているのか分からんな」
義誠は、それに答えなかった。ただ、遠く日向の方角を見やった。
甚八が伊東の陣に戻り、飯野で捕らえられ、解き放たれた顛末を語ると、その話は瞬く間に広まった。
「有村義誠……殺さず、あえて恐れだけを残して帰したそうだ」
「木崎原の策といい、今度のことといい、底が知れぬ」
「あの男がいる限り、真幸院には容易く手を出せぬ」
伊東方の陣所で、義誠の名は、いつしか「飯野の悪鬼」という呼び名と共に、確かな重みを持って語られるようになっていた。
義誠自身は、まだそのことを知らない。ただ、境目の村々を守り抜くという、目の前の役目を、これからも淡々とこなしていくだけだった。
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あとがき
今回は初めて、伊東方の視点を短く挟んでみました。義誠自身が知らないところで、彼の名と異名が敵陣に広まっていく様子を描くことで、「悪鬼録」というタイトルに、少しずつ実質を持たせていければと思います。
間者を斬らずに帰す場面は、彼の「無駄な殺しはしない」という信条と、「恐怖を利用する」という冷徹さを、両方同時に見せられる場面として書きました。次郎太との掛け合いも、彼への評価が少しずつ変化していく過程として、引き続き大事にしていきたいです。
次話以降も、味方内での評価の揺れと、敵方からの恐れを、交互に積み重ねていく予定です。楽しみにしていただければ幸いです。
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