第五十七話 綻びゆく同盟
摂津での激戦から、半月が過ぎた。
連合軍は、なおも徳川方の圧に押され続け、当初、九州から進み出た地点よりも、大きく後退を余儀なくされていた。
義誠は、この間、幾度も策を練り直したが、徳川方の綿密な備えは、そのどれをも、事前に封じ込めてきた。
「筑後の国人衆、幾家かが、すでに戦線を離れ、地元へ引き返したとの由」
蔵人の報せに、義誠は、重く目を閉じた。
想定していたことだ。
だが、いざ、その通りになると、堪えるものがある。
快進撃の勢いに乗って参じた家々の中には、劣勢と見るや、早々に手を引く家も、少なからずあった。
義誠が積み上げてきた、幾十年にも及ぶ根回しが、この一戦の情勢一つで、脆くも崩れかねない現実を、義誠は、目の当たりにしていた。
「有村殿。上杉、佐竹も、動きが鈍っておるとの由。日和見に転じたのではないか」
忠恒の問いに、義誠は、静かに頷いた。
「恐らくは。彼らにとって、此度の一件は、あくまで、勝ち馬に乗るための賭けにございました。旗色が悪いと見れば、深入りを避けるのは、当然の判断にございます」
「毛利は、どうか」
「毛利は、今のところ、変わらず、我らと共に。ですが、輝元公も、この歳。萩の家中にも、これ以上の深追いを危ぶむ声が、出始めておるやもしれませぬ」
義誠は、そう答えながらも、内心では、これまでにない焦りを、確かに感じ取っていた。
木崎原、関ヶ原、そして、これまで幾度も潜り抜けてきた戦場。
あの頃の私は、常に、味方の綻びよりも、敵の綻びを、先に見つけることができた。
だが、此度は。
義誠は、夜を徹して、坊津から届く畿内、そして江戸の情勢を、幾度も読み解いていた。
徳川方にも、必ず、綻びはあるはずだ。
これほどの大軍を、これほど急に動かしておるのだ。兵站に、何らかの無理が生じておらぬはずがない。
その読みは、僅かながら、実を結び始めていた。
「徳川方の兵站、江戸からの補給が、思いのほか、細っておるとの報せがございます。急な動員のため、兵糧の手配にも、無理が生じておる様子」
朝からの報せに、義誠は、僅かに、目に光を取り戻した。
「これだ。徳川方も、決して、盤石なわけではない」
だが、その綻びを衝くだけの兵力と、時が、今の連合軍に、果たしてどれだけ残されているか。
それは、まだ、分からなかった。
義弘は、この頃、急速に、体力を落としていた。
八十を超える老齢の体に、幾月にも及ぶ行軍と、緊張の連続が、確実に、重くのしかかっていた。
「義弘公、どうか、後方にて、お休みを」
義誠が、そう進言しても、義弘は、頑として、首を縦に振らなかった。
「儂が退けば、皆の心が、揺らぐ。儂は、最後まで、ここにおる」
義誠は、その言葉に、深く頭を下げるしかなかった。
だが、義弘の顔色が、日に日に、青白くなっていくのを、義誠は、誰よりも近くで、見つめ続けていた。
義弘公。
あなたの覚悟が、この同盟を、辛うじて繋ぎ止めておる。
だが、その覚悟に、これ以上、甘えるわけには参りませぬ。
義誠は、この劣勢を覆すための、最後の一手を、練り上げねばならなかった。
時は、刻一刻と、失われていく。
連合軍の陣中には、これまでにない、重苦しい沈黙が、静かに広がりつつあった。
その夜、義誠は、一人、陣幕の中で、これまでの、すべての戦を、思い返していた。
木崎原から関ヶ原、そして、退き口。
そのすべてが、この日のための、道のりだったはずだ。
だが、今、義誠は、これまでにない種類の恐れを、初めて、はっきりと自覚していた。
負けるかもしれない。
その思いを、義誠は、これまで、決して口には出さなかった。
だが、心の奥底で、その可能性が、確かに、頭をもたげ始めていた。
それでも。
義誠は、静かに、目を開いた。
それでも、諦めるという選択肢は、初めから持ち合わせておらぬ。
窮地の中でこそ、これまで積み上げてきたすべてを賭け、次の一手を、絞り出す時だった。
────────────────────
あとがき
戦況の悪化と、同盟の綻びを描きました。
快進撃の勢いに乗って集まった家々が、劣勢と見るや、次々と手を引いていく。これまで義誠が積み上げてきた根回しの脆さを、正面から描く回です。
義弘公の衰えていく体力も、これまでとは違う種類の緊張感として、丁寧に描きました。
義誠が、初めて「負けるかもしれない」という思いを、自覚する場面は、この物語の中でも、特に重い一幕です。
それでも、諦めないという彼の芯だけは、揺るがせたくありませんでした。
次話、いよいよ、この物語の最大の転機を描いていきます。
感想、レビューお待ちしております。




