第五十五話 雪崩れる旗
元和二年七月、島津義弘・忠恒父子は、正式に兵を挙げた。
掲げた旗印は、「豊臣家再興」。
秀頼の血を引くとされる若君を奉じ、徳川による理不尽な戦後処置と、豊臣家滅亡の非を鳴らすという大義を、義誠自らが起草した檄文に込め、九州、そして中国、畿内の諸大名へと、一斉に送り出した。
檄文には、こう記されていた。
「関ヶ原以来、多くの家が、故なき仕置きにより、家を削られ、あるいは滅ぼされた。豊臣家もまた、理不尽な言いがかりの末、滅ぼされるに至った。この乱世の理不尽を正し、真に義ある世を取り戻さんがため、島津義弘、ここに義兵を挙げる」
義誠は、この一文一文を、幾度も練り直した。
誉れを語らぬ自分が、この檄文でだけは、誉れという言葉を、惜しみなく使っていた。
結果のためなら、旗印すら、道具として使う。
それもまた、これまでの私のやり方だ。
「まずは、九州を固めまする」
義誠は、忠恒の御前で、そう告げた。
「肥後の加藤家、細川家をはじめ、九州の諸大名の多くは、徳川恩顧の家。真っ向から従うとは思えませぬが、我らが一気に勢いを示せば、日和見に回る家は、少なからず出ましょう」
義誠の見立ては、義誠自身の予想を、大きく超える形で的中した。
肥後、日向、豊後——島津軍が北上を始めると、これまで水面下で繋ぎをつけていた家々だけでなく、これまで何の接触もなかった、小規模な国人衆までもが、次々と島津方に馳せ参じてきた。
「有村様、これは……」
蔵人が、日々膨れ上がっていく軍勢の数を前に、驚きを隠せずにいた。
「関ヶ原、大坂と、二度の大戦で改易・減封された家々の恨みは、思うておった以上に深かったのやもしれぬ」
義誠は、その光景を、複雑な思いで見つめていた。
徳川の世が、これほどまでに、多くの遺恨を、この日ノ本に積み重ねていたとは。
九州を発する頃には、島津の軍勢は、当初の一万五千から、三万を超える規模にまで膨れ上がっていた。
瀬戸内では、毛利輝元が、約定通り、水軍を挙げて呼応した。
「防長二国に押し込められて、十六年。この日を、儂は、正月の度に、心待ちにしておった」
毛利からの使者は、そう語ったという。
義誠は、その報せに、静かに頷いた。
正月の問答が、ついに、実を結んだか。
毛利の水軍は、瀬戸内の主要な海路を押さえ、島津軍の進軍を支えた。
これにより、島津本隊は、陸路だけでなく、海路も使って、畿内を目指すことが可能になった。
さらに、上杉、佐竹といった、関ヶ原以来、徳川に含むところのあった東国の家々からも、続々と、呼応の報せが届いた。
すべてが、すぐさま兵を挙げたわけではない。
だが、幕府方に完全には与しない家が、これほど多く現れたこと自体が、義誠の想像を超える結果だった。
「有村殿。これほどまでに、うまくいくとは、正直、思うておらなんだ」
忠恒が、行軍の合間、義誠にそう漏らした。
義誠は、しかし、その言葉に、素直には頷かなかった。
「忠恒様。ここで、浮かれてはなりませぬ」
「なぜだ。この勢い、まさに、天が我らに味方しておるようではないか」
「勢いのある時ほど、油断が生まれまする。徳川は、まだ、その本当の力を、何一つ見せてはおりませぬ。旗本、譜代大名、そして、江戸に蓄えられた膨大な財と兵。これらが、本気で動けば、此度の快進撃など、瞬く間に押し返されましょう」
義誠は、自らに言い聞かせるように、続けた。
「木崎原の頃から、私は、幾度も、大軍の脆さを利用して勝ってきた。だが、それは同時に、大軍の恐ろしさを、誰よりも知っておるということでもある」
忠恒は、その言葉に、表情を引き締めた。
「肝に銘じよう」
行軍の途上、義誠は、坊津の朝から届く、畿内の情勢を、逐一確かめていた。
「江戸では、二代将軍・秀忠公が、この報せを受け、直ちに、諸大名へ召集をかけたとの由。旗本・御家人をはじめ、東国の譜代大名たちが、続々と、集結しつつあるようです」
その報せに、義誠は、静かに目を閉じた。
ここからが、本当の戦いだ。
義弘は、この頃、輿に乗りながらも、自ら軍の後方に控え、皆の心の支えであり続けていた。
「義誠、儂の目の黒いうちに、もう一度、大きな戦を、見届けさせてくれ」
義弘の言葉に、義誠は、深く頭を下げた。
「必ず、義弘公に、その戦の行方を、しかと見届けていただきまする」
夜、陣中で、義誠は、久方ぶりに、次郎太と顔を合わせた。
今では、老いた体に鞭打ちながらも、後方の兵站を差配する役目を担っている。
「お主が、天下を賭けた戦を率いる日が来るとはな。木崎原の谷で、初めて策を口にしたあの日から、随分と、遠くまで来たものよ」
「お主がおらねば、この兵站は、支えきれなんだ。感謝しておる」
「柄にもないことを言う。お主らしくないぞ」
次郎太は、そう言って、豪快に笑った。
義誠もまた、久しぶりに、肩の力を抜いて、笑みを浮かべた。
薩摩の悪鬼と呼ばれた男が率いる軍勢は、瀬戸内を渡り、いよいよ、畿内へと迫りつつあった。
だが、義誠の胸には、この快進撃の裏で、これから訪れるであろう、より大きな試練への、静かな予感が、確かに宿り始めていた。
徳川の底力は、これしきのものではない。
本当の戦いは、まだ、始まってすらいない。
夏の陽が照りつける中、島津の旗は、なおも西から東へと、その数を増しながら、進み続けていた。
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あとがき
決起後、予想を超える多くの大名が島津方に呼応する、快進撃の始まりを描きました。
関ヶ原・大坂の陣で積み重なった徳川への遺恨の深さを、義誠自身が改めて実感する回にしています。
毛利の水軍がついに動く場面は、これまで長く温めてきた伏線の、大きな回収の一つです。
ただし、この回では、義誠にあえて「浮かれるな」と言わせることで、この先、必ず訪れるであろう反撃——徳川の底力への警戒を、読者の方にも共有していただきたいと思いました。
次話以降、いよいよ、徳川方の本格的な反撃が始まります。
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