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島津悪鬼録 ~敵味方に恐れられた男、島津に天下を獲らせる~  作者: 春野ケイ
関ヶ原改変

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第五十二話 落城の影で

慶長二十年五月。


堀を失った大坂城は、もはや、かつての堅城ではなかった。


徳川方十五万を超える大軍を前に、真田信繁ら、豊臣方の将兵は、なお勇猛に戦ったが、衆寡敵せず、戦況は、日を追うごとに悪化していった。


義誠は、この決戦の直前、密かに、大坂へと人を送り込んでいた。


「毛利家中の、内藤元盛という御仁が、佐野道可と名を変え、大坂城に入っておるとの由。萩からの繋ぎで、この者と、接触できましてございます」


密使からの報せに、義誠は、静かに頷いた。


毛利もまた、豊臣に、密かに、心を寄せておったか。


義誠は、この内藤——佐野道可を通じ、城内の混乱の只中で、一つの企てを、静かに進めていた。


「秀頼公を、落ち延びさせる道筋を、探れぬか」


義誠の言葉に、佐野道可は、しばし絶句した。


「それは……あまりに、危うい企てにございます」


「分かっておる。だが、豊臣という名そのものを、完全に絶やしてしまうのは、あまりに惜しい。徳川の天下に、いつか綻びが生まれた時、この名が、一つの旗印になり得る」


義誠は、その企てを、島津の名を一切表に出さぬ形で、慎重に進めさせた。万が一にも露見すれば、島津そのものが、根こそぎ滅ぼされかねない。


木崎原の頃から、変わらぬやり方だ。


刃を交えずとも、綻びに指を添える。


此度は、その綻びが、この乱世そのものの、大きな行く末に関わっている。


五月七日、天王寺・岡山の決戦にて、真田信繁は、徳川本陣近くまで攻め込み、家康を一時、窮地に追い込んだと伝えられる。


だが、衆寡敵せず、信繁は、この戦いで討ち死にした。


翌八日、大坂城は、ついに落城した。


「秀頼公、淀殿、城中にて、自害なされたとの由」


その報せが、義誠の元に届いたのは、落城から数日後のことだった。


義誠は、その報せを、静かに受け止めた。


表向きは、そういうことになっておる。


だが。


坊津の朝を通じて届いた、もう一つの報せには、こう記されていた。


「落城の混乱の最中、女、子供に紛れた一団が、密かに城を脱し、南へ向かったとの噂がございます。真偽のほどは、定かではございませぬが……」


義誠は、その文を、何度も読み返した。


「有村様。あの一団の中に、本当に、秀頼公が」


朝の問いに、義誠は、静かに首を振った。


「分からぬ。私が手を貸したのは、あくまで、脱出の道筋を、幾つか用意しただけのこと。誰が、その道を選び、どこへ辿り着いたのかは、私にも、確かなことは分からぬ」


それは、正直な答えだった。


義誠は、確証を求めなかった。確証を求めれば、それだけ、露見の危うさが増す。


曖昧なまま、噂として、この一件を、歴史の片隅に留めておくことこそが、最も安全な道だった。


薩摩の山深くに、豊臣の血を引く者が、ひっそりと暮らしておるという噂。


それが、いつか、真実であってもなくとも、島津にとっては、一つの意味を持つ。


義誠は、遠く、大坂の方角を見やった。


秀頼公。


あなたが、まことに、この乱世を生き延びられたのであれば。


それもまた、私が積み上げてきた、幾つもの布石の、一つになるだろう。


豊臣家の滅亡をもって、徳川の天下は、いよいよ、盤石なものとなったかに見えた。


だが、義誠は、この勝利の裏で、徳川方もまた、決して軽くない代償を払ったことを、正しく見て取っていた。


二度にわたる大坂の陣で、多くの将兵が失われ、諸大名の財も、大きく費やされている。


徳川の天下を揺るがすほどではない。


だが、勝利した側にも、少なからぬ傷が残った。


「今すぐに動く時ではない。だが、これで、次の一手を考えるための条件は、揃いつつある」


義誠は、静かに、そう呟いた。


義誠は、鹿児島へ戻る道すがら、これまでの三十年余りの歳月を、静かに振り返っていた。


木崎原の谷での、初めての策。


九州統一の夢。


関ヶ原の敗北と、退き口。


そして、雌伏の時。


長い年月をかけて、積み上げてきたものが、今、ようやく、一つの形を持ち始めている。


だが、まだ終わりではない。


天下統一という、遠い誓いへ進むために、ここから先は、これまで以上に慎重に、そして大胆に動かなければならない。


義誠は、遠く、鹿児島の空を見やった。


雌伏の時は、終わった。


これより先は、積み上げてきた力を、いかに使うか。


その答えを探す、新たな時代が始まろうとしていた。


────────────────────


あとがき


大坂夏の陣、豊臣家滅亡という、史実上の大きな節目を描きました。


今回は、公式の記録では秀頼公・淀殿が自害したとされる一方で、その裏側に、義誠が密かに脱出の道を用意していたというIF要素を加えています。


ただし、秀頼公が実際に生き延びたのかどうかは、義誠自身にも分からない形にしました。


史実として残る記録と、後世に伝わる伝承。その境目に義誠の策を置くことで、この先の物語に繋げています。


そして、関ヶ原以後、長きにわたって続いた「雌伏の時」は、ここで一つの区切りを迎えます。


これまで蓄えてきた富、人脈、情報、そして島津の軍事力。


それらを、これからどのように使うのか。


義誠の本当の勝負は、ここから始まります。


感想、レビューお待ちしております。

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