第四十七話 萩の遺恨
慶長十六年。
義誠は、坊津の交易網を通じて、防長二国に押し込められた毛利家の内情を、静かに探らせていた。
「毛利輝元公、萩の地に新たな城を築き、表向きは徳川への忠勤に励んでおられる様子。ですが……」
朝が、集めた文を、義誠の前に広げた。
「家中では、関ヶ原で総大将に祭り上げられながら、一戦も交えず領国の大半を失ったことへの遺恨が、今なお、深く燻っておるとの由」
義誠は、その報せに、静かに頷いた。
毛利は、島津と同じような境遇にある。
徳川の世で耐え忍びながら、いつか来る機を、静かに待っているのかもしれない。
「有村様。この毛利家に、繋ぎをつけるおつもりですか」
「ああ。すぐに何かが動くわけではない。だが、いつか大きな機が訪れた時、島津だけが動いても、事は成らぬ。同じような思いを抱く家と、水面下で、繋がりを持っておくべきだろう」
義誠は、坊津の商人を装った密使を、幾度か萩へと送った。
表向きは、瀬戸内の交易に関わる話し合いという名目だった。
「毛利家中の者と、じかに言葉を交わすことは、叶いませなんだ。ですが、輝元公の側近に近い立場の者と、密かに文を交わすことができましてございます」
密使からの報せに、義誠は、その文に目を通した。
遠回しな物言いだが、言わんとするところは、明らかだった。
毛利もまた、この徳川の世に、心から屈してはいない。
少なくとも、そう受け取れるだけの言葉が、そこには並んでいた。
義誠は、返す文に、こう認めた。
「島津もまた、雌伏の時を過ごしており申す。いつか、共に立つべき時が来れば、互いに力を貸し合う——そのような日が来ることを、密かに願っており申す」
直接の同盟を結ぶわけではない。
ただ、互いの胸の内を、そっと確かめ合うだけの、細い糸だった。
だが、義誠は、こうした細い糸を、幾つも張り巡らせることこそが、この先の大きな絵図に繋がると、確信していた。
「有村殿は、随分と気の長いことをなさる」
忠恒が、その報告を聞いて、そう漏らした。
義誠は、静かに頭を下げた。
「木崎原の頃から、私のやり方は、変わっており申さぬ。綻びを見つけ、そこに、そっと指を添える。ただし、此度の綻びは、一つの家の中にあるものではなく、徳川の天下そのものに、静かに広がりつつあるものにございます」
「徳川の天下に、綻びがあると申すか」
「豊臣秀頼公は、いまだ大坂城において、健在にございます。徳川殿と豊臣家、この両者の間には、いずれ、避けようのない対立が生まれましょう。その時、毛利のような、徳川に含むところのある家が、いかに動くか——それを、今のうちから見定めておくことは、決して無駄にはなりますまい」
忠恒は、しばし考え込んだ後、頷いた。
「お主に、任せる。ただし、事を急ぎ過ぎるな。今はまだ、時ではない」
「肝に銘じまする」
その夜、義誠は、坊津の屋敷で、朝と共に、静かな時を過ごしていた。
「萩の家中では、徳川の世が、いつまで続くのか。それとなく探るような言葉が、時折、交わされているそうにございます」
朝の言葉に、義誠は、僅かに笑みを浮かべた。
「そうか」
義誠は、静かに、杯を置いた。
「だが、まだ早い」
「まだ、でございますか」
「ああ。徳川の力は、今なお強い。焦れば、こちらが先に潰される」
義誠は、遠く、西の空を見やった。
「だが、その『まだ早い』が、いつか『今だ』に変わる日が、必ず来る」
毛利だけではない。
この徳川の世に、静かな不満を抱く家は、他にも数多くあるはずだ。
一つ一つ、細い糸を紡ぎながら、いずれ来る大きな機に備える。
雌伏の時は、まだ、続いていた。
だが、その水面下では、これまでのどの戦にも似ぬ、静かで、しかし、確かな戦いが、すでに始まっていた。
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あとがき
毛利家との水面下の繋がり作りを描きました。
関ヶ原での大幅減封という史実を踏まえ、義誠が毛利家の内情を探り、将来の大きな機に備えて、細い繋がりを築いていく回です。
この章のテーマである「根回しと布石」を、じっくりと積み重ねていくことを意識しました。
派手な合戦のない回ですが、この先の大きな流れに繋がる、重要な一手です。
義誠は、毛利を今すぐ動かそうとはしない。
ただ、その時が来た時に、互いの存在を思い出せるように、細い糸を結んでおく。
次話以降も、こうした水面下の動きを、少しずつ描いていきます。
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