第四十四話 沈んだ船の意味
薩摩へ帰り着いた義弘は、すぐに国元の防備を固め始めた。
徳川家康は、島津家当主・義久の上洛を求めたが、島津方はこれを拒み続けた。
慶長五年九月末。
関ヶ原で西軍に属した島津を討つため、家康は、九州諸大名に出兵の準備を命じた。
黒田、加藤、鍋島らの諸大名にも、その動きが伝わっていた。
「関ヶ原を生き延びて、此度は、国元で滅ぼされるのか」
蔵人が、苦い顔で呟いた。
義誠は、それに答えず、静かに絵図を見つめていた。
史実の通りなら、この討伐軍は、実際には大規模な進軍には至らず、島津と徳川の間で、長い交渉が続くことになる。
だが、それを、ただ待つだけでは足りぬ。
義誠の頭の中には、一つの絵図が、すでに描かれ始めていた。
「明との交易に関わる船が、坊津沖で、何者かに襲われ、沈められたそうです」
朝が、そう告げたのは、討伐の動きが伝わってきた、まさにその頃だった。
「明側では、島津の仕業ではないかとの噂まで出ておるとか」
義誠は、その報せに、静かに頷いた。
史実にある出来事ではない。
これは、義誠が、この世界で仕掛けた一手だった。
「有村様。この噂、まことに、島津とは無縁のことでございましょうか」
朝の問いに、義誠は、しばし黙り込んだ。
「……分からぬ、ということにしておこう」
「はい」
「だが、もし本当に、島津の手の者が動いたと思われれば、その意味は、一つしかない」
「意味、とは」
「島津を武力で滅ぼせば、旧臣や敗残兵が、海へ流れる。その者たちが海賊となり、この地の交易を脅かすかもしれぬ。そう思わせるのだ」
朝は、義誠の言葉に、しばし目を見開いた。
「有村様が、その手筈を」
義誠は、それには、はっきりとは答えなかった。
坊津の交易網に連なる、幾人かの荒くれ者たちに、以前から、密かに繋ぎをつけておいたことだけは、事実だった。
直接、手を下したわけではない。
だが、綻びを見つけ、そこに指を添える。
それが、私のやり方だ。
刃を交えずとも、これもまた、戦の一つの形だ。
家康は、島津討伐の動きを強めながらも、容易には兵を進められなかった。
九州の諸大名を動員したところで、薩摩を攻めるには、それ相応の兵糧と兵力が必要になる。
さらに、朝鮮出兵を終えたばかりの島津を武力で潰せば、九州の情勢そのものが不安定になる。
武力で島津を潰せば、益より損の方が大きい。
その勘定を、家康にさせることができればよい。
だが、事はそれだけでは終わらなかった。
討伐の動きが鈍った後も、島津と徳川の間には、長い睨み合いが続いた。
義久は島津家の重鎮としてなお大きな影響力を持ち、義弘もまた、関ヶ原を生き抜いた将として、国元で重きをなしていた。
そして、次代を担う忠恒もまた、少しずつ表舞台へと進み始めていた。
やがて忠恒が正式に家督を継ぐことになる。
その後、徳川との交渉の窓口として、島津は、徳川方との水面下でのやり取りを重ねていくことになる。
その中で、重要な役割を果たしたのが、関ヶ原で島津と刃を交えた井伊直政だった。
「井伊殿は、関ヶ原で、殿の退き口を、身をもって受け止めた御方」
義誠は、集めた情報を前に、静かに語った。
「此度の交渉、単なる敵味方の駆け引き以上の、何かがあるように思われます」
忠恒は、興味深そうな顔をした。
「有村殿は、井伊殿が、我らに味方すると申すか」
「味方、とまでは申せませぬ」
義誠は、首を横に振った。
「ですが、あれほどの猛将であればこそ、島津の意地と覚悟を、誰よりも肌で知っておられましょう。その理解が、この交渉の行方を、良い方向へ導くやもしれませぬ」
忠恒は、黙って義誠の言葉を聞いていた。
「ならば、我らにできることは」
「急がぬことにございます」
義誠は、静かに答えた。
「時を味方につけるのです」
半年が過ぎ、一年が過ぎても、交渉は、遅々として進まなかった。
だが、義誠は、焦ることはなかった。
時をかけることそのものが、島津にとって、悪いことではない。
長引くほど、家康にとっても、この一件を穏便に収める理由が、積み重なっていく。
戦を起こせば、九州に新たな火種が生まれる。
島津を討てば、薩摩だけでなく、海上交易にも影響が及ぶ。
ならば、わざわざ多くの血を流してまで、島津を滅ぼす必要があるのか。
その疑問を、徳川の中に根付かせる。
それこそが、義誠の狙いだった。
夜、坊津の屋敷で、義誠は、朝と共に、静かな時を過ごしていた。
「この先、島津は、生き延びられましょうか」
朝の問いに、義誠は、静かに頷いた。
「生き延びる」
その声に、迷いはなかった。
「これまでの、あらゆる犠牲と、粘り強さがあってこそ、その道は、すでに半ば開かれておる」
義誠は、遠く、鹿児島湾の向こうを見やった。
豊久様、盛淳殿、そして、名も知らぬ多くの兵の犠牲。
それらを、決して無駄にはしない。
雌伏の時は、まだ、終わってはいなかった。
だが、その先に、確かな光が、見え始めていた。
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あとがき
関ヶ原後の島津が、徳川の討伐を受けながらも、武力ではなく、時間と交渉によって生き残る道を探っていく過程を描きました。
今回は、義誠が坊津の交易網を利用して、島津を武力で滅ぼした場合の危険を徳川側に意識させるという、この作品独自の展開を加えています。
直接、刃を交えるのではなく、相手に「戦わない方が得だ」と思わせる。
これもまた、義誠にとっては戦の一つの形です。
関ヶ原で敵として刃を交えた井伊直政との縁が、この後の島津の運命にどのような影響を与えるのか。
雌伏の時は、まだ続きます。
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